「ストーリーテリングが巧み」トニー滝谷 琥珀糖さんの映画レビュー(感想・評価)
ストーリーテリングが巧み
村上春樹の短編が原作です。
この独特のストーリーはやはり天才のもの。
主人公のトニー滝谷。その名の由来を聞いただけで、
掴みは完璧です。
トニー滝谷は日系2世か3世の日本人で、実在する高名な芸術家である。
殆ど信じそうになりました。
トニー滝谷(イッセー尾形)の父親は、渡米もしたことのあるジャズ・トロンボーン奏者。
母親はトニーと名付けられる前、出産後3日で亡くなります。
省三郎の友達の進駐軍の将校がトニーと名付けてくれる。
幼少期、トニーの父親は巡業で殆ど留守です。
孤独な少年を慰めたのは絵を描くこと。
幸い絵の才能があり、トニー滝谷はイラストレーターとして成功します。
孤独癖は相変わらず抜けずに、中年になります。
そんなある日、《風のように洋服をまとう女性》蓉子(宮沢りえ)が編集者として、
トニー滝谷の作品を受け取りに来ます。
トニー滝谷は蓉子に恋をします。
幸運にも結婚に至り、トニー滝谷は孤独をしばし忘れることに・・・。
しかし、妻を失ってまた孤独になったら耐えられるか?と新たな恐怖に駆られます。
蓉子は洋服に精神を蝕まれた女でした。
ブランド物の洋服を際限なく買い漁るのです。
やがて部屋を建て増す程に増えて、蓉子もトニーも、途方に暮れることに。
トニーが、・・・買い物を控えたら・・・と遂に言いました。
洋服を返しに行った蓉子は、返したコートとスーツのことで頭が破裂しそうになります。
そうしてハンドルを切り、車は今来た方向へ急転回します。
事故でした。
蓉子は事故死してしまいます。
2005年。監督:市川準。74分と短いです。
この映画はイッセー尾形と宮沢りえがふた役を演じています。
イッセーはトニーと父親の滝谷省三郎を。
宮沢りえは妻の蓉子と、トニーが妻の身代わりに残した洋服を着る女の、ふた役を。
市川準は宮沢りえの顔を左半分を写すことが多かった。
宮沢りえは佇まいの美しい妻の蓉子と、素朴で心優しいアルバイトに応募する女性を、
見事に変化を付けて演じています。
イッセー尾形は孤独で心を閉ざした中年男性にはピッタリでしたが、
宮沢りえには不釣り合いな夫に見えてしまった。
愛し合っていないから心の隙間を埋めるために、買い物に依存する?
多分それでは普通すぎると思う。
トニー滝谷は妻の衣類を売り払い・・・
2年後に亡くなった父親省三郎の形見の古いジャズレコードも売り払う・・・
その結果としてどうしようもない喪失感と孤独に襲われるのだった。
自分がすっからかんの空っぽに思える。
洋服、レコード(着物、本、靴、バッグ、宝石などなど・・・コーヒーカップのコレクションや、
その他、茶道や華道のお道具など心を砕いた品々)
物質とは心の隙間を埋める《なにか》かもしれない。
あまり断捨離などを進めると心も空っぽになるのかも知れない。
不思議な余韻の映画でした。
よく分からないけれど、トニー滝谷の孤独が、身に染みました。