「夢と現実と」萌の朱雀 TSさんの映画レビュー(感想・評価)
夢と現実と
この1週間、立て続けに「静かで台詞の少ない映画」を観ている。特に理由はないのだが。この映画も無駄な演出を極限まで削ぎ落とした静かな作品だった。
尾野真千子デビュー作であることやカンヌで新人監督賞を受賞したことも含め、もう随分昔から知っていた作品だが、河瀬直美監督に関心がなかったので今まで観ていなかった。
映画は、NHKのドキュメンタリーをナレーション抜きで観るような印象である。本職の俳優は國村隼だけで、尾野真千子を含めその他の出演者は素人だというから、これだけナチュラルな仕上がりになっているのかと納得するが、一方でそれは驚きでもある。
映画は変わらない緑溢れる吉野の自然と、変わりゆく山村の暮らしを描く。ノンフィクションのように淡々と現実を切り取っていく。一方でそこには、鉄道新線という叶わなかった夢とともに、どこか幻想的な夢のようなシーンが紛れこんでいるように思われる。
幼いみちると母と栄介が手を繋いで木漏れ日の中を歩く後ろ姿。
無言で家を出、山道を下り、閉鎖されたトンネルを前に立ち尽くす父。
何かに取り憑かれたように雨の中を歩き回る母とそれを追う栄介が雨宿りする場面。
最後にかくれんぼの歌を口ずさみながら静かに目を閉じる祖母とその後に響くみちるの声。
見方によっては非常に退屈な映画という評価になりそうだが、じわじわと情感が沸き起こる仕掛けが組み込まれているように感じるのは私だけだろうか。これを若干27歳で計算して撮ったのであれば、監督はただ者ではないと思う。
そして、尾野真千子。控えめだが、微妙な心の移ろいをしっかりと演じている。栄介の心が母に向かっていることを感じ取り、嫉妬のような複雑な表情を見せる場面があった。素人で出来る演技ではない。彼女はただ者ではない。
万人受けする映画ではない。しかし、美しい山村の在りし日の記録として、名女優の衝撃的デビュー作として、後世に残る作品になるだろう。