「松竹初のグランドスコープ作品。SLと大高原が映える。」張込み(1958) 抹茶さんの映画レビュー(感想・評価)
松竹初のグランドスコープ作品。SLと大高原が映える。
前半は刑事が女の生活を見張る描写が続く。
女は必要最低限を除いて、外へ出かけることもなくいつも家にいて、継子3人の面倒を見つつ、神経質な夫から小言を言われながらも淡々と家事をこなしている。女の生活は単調かつ空虚で、外へ出かける子どもに声を掛けることもなく無関心・無感情に描かれている。
張込みの間中は結局何事も起こらないのだが、男からの連絡を臭わせる時に使われる現代音楽のような響き、女が外出する時に使われるハイハットの刻みから始まるジャズが、緊迫感とサスペンスの雰囲気を醸していた。
1週間の張りこみも虚しく帰ろうかという段になって物語はようやく動き出す。
バスで移動した男と女を刑事は車で追うのだが、途中、工事の発破作業に出くわし足止めをくらってしまう。導火線に火を着け岩が爆発する様子は、女の情念がかつての男との逢引きによって着火し噴出したことをあからさまに表していて、恋路の邪魔をするなと言わんばかりのこのストレートな演出は心憎かった。
田園地帯を車が走り抜けるのを上空から写したショットや、曲がりくねった山道をSLと並んで疾駆するシーンは迫力満点で、音楽も交響曲のようなもの(銅鑼も鳴る)に変わり、追いかける刑事の焦りと女の情念の奔流、いよいよ佳境に入る物語の盛り上がりが伝わってくる。画と音楽とストーリーが三拍子見事に揃い圧巻だった。
狭い生活圏から抜け出し、広い高原でかつて愛した男と二人っきりになった女は子供の様に無邪気にはしゃいで、男と抱き合いキスを交わす。その様子を草葉の陰から見ている刑事が心内で「あの控えめな、あの物静かな女が…」とこぼす。二人を見つけるまでに何度も見当を外して、汗だくになりながら山林の中を走り回っていた描写が利いていて、滑稽さがあり可笑しかった。
その後、二人は温泉宿に入るが、先に湯から上がってきた所を挟みうちにされ、男は御用となる。男の逮捕を告げられ、女(高峰秀子)が泣き崩れるシーンは前半の生気のない単調な生活の描写が利いていて、もうかなりグッときてしまうのだが、「この女は数時間の命を燃やしたに過ぎなかった」という刑事の心内語りで、センチメンタルな気分を一気に覚めさせられてしまう。そして、「今晩からまたあのけちな夫と繊細な子ども達の生活に戻らねばならない」と語り、残酷な現実を突きつける。その語りをなぞるように、衣桁に掛けられたブラウスとスカートを手に取り浴衣の帯を解く高峰秀子の姿はあまりにも悲しく惨めだった。