劇場公開日 1961年1月15日

「現実を受け入れ真摯に生きる夫婦とその家族に心打たれた」名もなく貧しく美しく M.Joeさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0現実を受け入れ真摯に生きる夫婦とその家族に心打たれた

2021年6月6日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

初回
2021/06/06 CS/BS鑑賞
高峰秀子、小林佳樹、母親の原泉。この三人の俳優の心象を滲ませる表情や言葉にとても感動した。互いに幸せになろう、普通の人より頑張ろうと辛くても力を合わせて生きおうとする二人。そしてそれを力強く支える母。
「騙されても損しても、こうやって皆無事にご飯いただければいいじゃないか。」そのひた向きさ、他者を責めることなく、真の思いやりと心の強さ。辛いこと貧しさをすべてを受け入れながらも、しっかりと家族で支え合うこの映画は、現在の我々にも何を糧に生きていくべきなのかを教えてくれる。

2回目
2023/12/27 映像文化ライブラリーにて鑑賞
 映画は戦時中の大空襲で逃げまどうところから始まる。聾唖の女性・秋子(高峰秀子)とのちに結婚する同じく聾唖の道夫(小林桂樹)。戦後の貧しい環境の中、子どもも授かるが聾唖であるが故のさまざまな困難を乗り越え、二人が互いを認め合い子どもと成長していく慎ましやかな家庭の十数年の物語。手話での会話のため、サイレント映画のように字幕が出る。高峰秀子は言葉が少し出せるがそれはギリギリ絞り出しているよう。この夫婦二人の演技がとても心を打つ。

 母親役のたま(原泉)は自分が苦労したことから子を持つことを反対するが、一緒に暮らすようになり何とか生活が安定してくる。子も小学生になると両親が聾唖であることでいじめを受け、特に母親に反発する。秋子の姉弟が酷い人間として登場し、彼らに裏切られ、ものを盗まれても、母親は「仕方がないじゃないか。また頑張ればいい、また買えばいい。こうして皆無事にいられるだけでいいじゃないか。」と明るく皆を励ます。

 この映画の良さは、映画評論家の佐藤忠男氏が書いているように「手話で二人は世間一般の夫婦が、むしろ照れたり、面倒くさがったりして滅多にやらないような会話を、懸命になってするのである。・・・愛情をはっきり伝えるため、一生懸命、言葉を捕まえようとする努力こそが、世間一般の人々より、ずっとずっと美しく、生き生きとさせているのである。」ということにあるのかもしれない。

 この映画は、兵庫県新温泉町出身で、耳が不自由ながら日本画家、教育者として活躍した藤田威(たけし)さん(1917〜1972)夫婦がモデルになったという。その後、島根県浜田市で暮らす一家は映画公開の3年前に、雑誌『暮(くら)しの手帖(てちょう)』に取り上げられた。創刊者の花森安治さんが取材、執筆した企画「ある日本人の暮し」。それを初の監督作品として脚本も手掛けた- 松山善三氏がこれほどまでに感動的な映画にして昭和36年まだ戦後が残る日本人に大切なものは何かを示してくれたのだと思う。

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M.Joe