泥の河のレビュー・感想・評価
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川べりの食堂
原作は1977年に書かれた宮本輝のデビュー作で、映画も小栗康平の初監督作。初見の記憶をだぶらせながら見た。
話は戦後。太平洋戦争によってもたらされた貧しさとトラウマのような暗い気分と社会の変容が物語をつらぬいている。
ヴィットリオデシーカの自転車泥棒(1948)という映画をごぞんじでしょう。デシーカ/ロッセリーニ/初期のヴィスコンティはネオレアリズモ(現実生活の記録的描写を特徴とする写実的映画手法)と言われているが、泥の河もそんな印象をうける映画。日本のインディペンデント映画の金字塔といえる。と思う。
1956年大阪。信雄(のぶお)の両親(田村高廣と藤田弓子)は川べりで食堂をやっている。あるとき対岸に屋形船がきて停泊する。その船には信雄と同じ年格好の喜一(9歳)と銀子(11歳)が不就学のまま暮らしており、母親のしょう子(加賀まりこ)が客をとって細々と生きている。船は居住と郭(くるわ)の部分が仕切られて、別の橋が渡されている。
喜一と銀子は、信雄の食堂へあそびに行き、両親の温かな歓待をうける。喜一は「戦友」を歌ってみせる。一番を歌ったが晋平(信雄の父:田村高廣)にほめられ全部歌えると言って二番も歌う。
ここはお国を何百里
離れてとおき満州の
赤い夕日にてらされて
友は野末の石の下
思えばかなし昨日まで
真先かけて突進し
敵を散々懲らしたる
勇士はここに眠れるか
喜一は無邪気だが銀子は母親の商売が忌むべきものであることを知っていて、じぶんらが享受できる幸せの限度のようなものを知っている。
すでに大人の諦観をもっている銀子は帰り道、信雄の境遇への羨望を込めて「せっけんのにおいがするなあ、のぶちゃんのおかあちゃん・・・」とひとりごとを言う。
子供の頃米櫃(こめびつ)へ手を入れて遊びませんでしたか?わたしの両親は飲食店をやっていたので厨房の大きな米櫃へ手をザクザクと入れて遊んだ。むろん一般家庭でも米の中へ手を突っ込んで遊んだ──という経験を持っている人は大勢居ると思う。その感触を表現するなら「ひんやりして気持ちがいい」という感じで「あたたかい」という感じではないが、貧しい銀子がそれを「温い」(ぬくい)と言ったのはよく理解できる話だった。
信雄と喜一はお金をもらって天神の縁日にでかけるが喜一はやぶれたポケットからお金を落としてしまう。罪滅ぼしに「宝物みせたる」と言われ、沢ガニに灯油をかけて燃やすという無惨な遊びを見せる。信雄は燃えるカニを追っていき、ふと船窓から中を見て、背中に鬼の刺青が入った男に抱かれているしょう子と目が合う。
泥の河は、言うなれば信雄がじぶんと相容れない世界に住む者ら(屋形船に住む喜一と銀子としょう子)との関係を清算する話だが、それらがすべて戦後風景のなかにある。信雄もその両親も貧しく倹しい暮らしをしている。それよりも底辺を覗き見た信雄が、憐憫というより激しい寂寥のようなトラウマに囚われる──という話になっていて、それが時代の哀切を浮かび上がらせる。
喜一がカニを燃やすのは信雄をもてなす手段が何もないからで、やがて喜一も童心を忘れて銀子と過酷な現実を生きることになるだろう。いずれにせよ毎夜客をとる母親のあえぎ声を聞きながら育つ環境の先にどのような修羅が待っているのか解らない。そういう悲劇を描いている。
貧しさと哀切が内外で高い評価を得た。モスクワ映画祭銀賞とアカデミー外国語映画賞ノミネート、IMdb7.9。
現代の日本映画に慣れていると哀切の深度がちがって見える。
基本的に日本映画は不幸に着目して拡大解釈してみせる。が、むりやりつくりだした不幸な状況を描こうとする。たとえばこの哀切を荻上直子とか三島有紀子とか園子温とかと比較してみることができるのか。
そのことと(当然だが)時代のちがいがある。大岡昇平の武蔵野夫人に「事故によらなければ悲劇が起らない。それが二十世紀である」という文がある。文学の偉い人たちによく取り上げられる一節だが、昔からじぶんもこの文の意味を考えることがあった。戦争がなくなってみると、わたしたちは悲劇をこしらえるしかない。それが二十世紀である。と解釈するならば、たとえば火垂るの墓と現代の不幸を比べられるか・・・というより比べるものではない。だいたい悲劇が起こらないならば起こらなくていい。悲劇がなければ悲劇を描かなくていい。
結局どうしても悲劇自慢に見えてしまう現代日本映画と哀切の深度(とでもいうべきもの)の違いを感じざるをえない。しかし悲劇をつくらなくても映画に翻案できる原作はいくらでもある。にもかかわらず、平和で安楽な暮らしを生きている人が悲劇を描いてみせるのが今の日本映画なわけである。
(おそらくそれはクリエイターが苦しい時代を生きているという自己顕示をしたいからであり、じっさいに苦しい時代を生きていないのにそれをすることで日本映画がますますいんちきくさくなっている、たとえばとちくるった新聞記者の原案した与太話が賞をそうなめするというような)
自転車泥棒のような印象の現代日本映画なんてないでしょう──という話。とはいえ木下恵介の映画レビューをしているわけではなく、これはあえて白黒でつくられた1981年の映画なわけであって。
ちなみに1956年は経済白書にて「もはや戦後ではない」という言葉が使われた年だそうで、終戦の1945年から11年目だが、晋平はシベリアに抑留されていた。シベリアからの日本兵の帰還は1947年から1956年までかかったそうだ。映画には「わいらが帰ったあの港(舞鶴)から興安丸(復員船)が中国へ出て行きよった、遺骨受け取りにな」という台詞がある。
水底に潜む泥の河〜〜
昭和20年の終戦から10年経った昭和30年のお話。
何よりも、子供たちが素晴らしい〜〜。
公開当時、浜村淳氏の解説で
「屈折した子供心がひしひしと伝わってくる」と評された
火をつけられた小さな泥蟹が船縁を走るシーン。
そこに詰まったモノのやるせ無さが堪らなかった。
劇中のセリフにもあるけど
戦争から必死で生きて帰ってきたのにフトしたことで
呆気なく死んでしまう人の悲しさや、残された家族の悲哀。
優しいお父さんの心に潜む戦争で生き残ったことや
捨てて来た過去への後ろめたさ。
昭和30年の朝鮮戦争特需の神武景気の最中、
戦争は嫌だと身にしみているのに、
今はよその国の戦争のおかげでなんとか生きている現実。
そしてそれに乗る人と乗れない人との間に開いてゆく格差。
河の流れは表面上は汚れたものを運んで流れているけれど、
水底には取り残されたものが分厚く暗く沈殿している〜泥の河〜
なんという、切ないお話〜〜
主人公夫婦や、加賀まり子演じる未亡人や
その他、出てくる大人たちがほぼ皆、
子供たちに優しく接しているところは救いだと思う。
子供は分け隔てなくこの世の宝だもの〜〜。
出番は僅かながら、
画面が白黒であることを忘れさせるほどの
美しく色っぽい加賀まりこさんと
心の奥深くに悲しみを抱えた田村高廣さんの
さすがの演技に唸らされる。
高度成長期前の日本の姿を見たくて視聴。今から約70年前の当時にタイ...
高度成長期前の日本の姿を見たくて視聴。今から約70年前の当時にタイムスリップしたかのような感覚を体験出来て良かった。リアルな感じがした。
視聴後、良い映画だと思った自分はレアかと思っていたが勘違いだった。周りを見たら高評価レビューが多い。
カメラワークも落ち着いていて、内容もわかりやすかった。
本作は加賀まりこさんの圧倒的な存在感が印象深い。
まだ戦争の傷を背負っている人々の想い。名作だ。
原作は数年前に読んでいる。名作だ。あらかたは忘れてはいるが、切ない物語だったことは記憶している。地元の図書館にたまたまDVDがあったので、鑑賞する気になった。公開時、評判が高かったが、今まで観たことはなかった。
蟹をいたずらで燃やす場面は、すっかり記憶から落ちている。また、最後の別れの場面で、原作では送別の挨拶があったような気がしたけれど。映画ではくどいなと感じた。
どちらにしても、まだ敗戦の影を引きずっている高度経済成長前の庶民の生活が良く描けている。白黒映画での撮影が成功している。
おばけみたいなデッカい鯉に食べられてしもた
内容。舞台は戦後11年頃まだ敗戦の色濃い大阪に突如宿船とよばれる船が少年の家の対岸につき川を挟んで宿船の子供二人と母親の3人家族同士の軋轢と主人公ノブオ【両親とノブオの3人家族】の大人への成長物語。オバケみたいなデッカい鯉は日本にとってのアメリカ🇺🇸で大人も子供も混乱から傷を治そう皆必死で生きていこうとする姿が痛い。台詞でノブオは水に生える木かぁという言葉が1番印象に残った。廓船が🚢ノブオを子供意識から大人意識へ成長させた甘くて苦い誰しも感じたが忘れた気持ちを思い出させてくれる様な作品。ETにも似た作家性のある素晴らしい作品である。生と死また性と私の対比が静かにも重く描かれて子供視点が臨場感あり胸に詰まる作品で何せ優しさが痛い!!自身の子供の頃を思い出して一度は見てみてはどうでしょうか?
映画でよくある子どもの雑な扱い方のない、暖かすぎて尊い傑作
今観終わりました。おいおい泣きました、こんなに胸打つ素晴らしい名作と出会えたことが嬉しいです。なぜ戦後の香り残る痛ましい風景の小さなお話がこんなにも温かく美しいのでしょうか。
「子どもはなぁ、産まれてきとうて産まれてきたんやない。親選ぶわけにはいかんのや。」
子どもの心情を理解して描ける人こそ世の中や人間を最も達観しているのだと感じさせられました。
どんなに豊かで便利になろうともこんな優しさの中で育つ方が幸せだ。
「のぶちゃんはええ男やなぁ。 賢い子やなぁ。」
なぜだか子どもに暖かい人を見ると最近泣けてきます。こんな優しい声かけをする大人は、決まって傷ついた大人だからでしょうか。
どれだけさり気ない言葉でもそれは、人生経験の少ない子どもの人生を間違いなく左右する言葉なんです。
心の中に生き続ける作品に出会えました。
本当の主題は主人公たる板倉信雄9歳の成長の物語なのだ
泥の河
日本映画のオールタイムベストの上位に、必ずリストされる名作
これほどの傑作はそうない
昭和31年の大阪、それも安治川河口
つまり底辺も底辺
戦争が終わってまだ11年そこそこ
泥の河
それは両岸をコンクリートの堤防に挟まれた運河のような河
題名どおりヘドロが深く溜まり、いやな臭いのあぶくが吹き上がる
そんな泥の河を舞台に、6月半ばから7月の末頃までの9歳の少年の物語だ
題名や舞台、時代、そして白黒撮影
それらから下層貧民の苦しい暮らしぶりを社会主義的な視線で描く
戦争の癒えない傷跡を見つめて反戦メッセージを放つ
そのような映画のイメージがあるだろう
もちろん本作にはそのような側面もある
しかしそれはその時代の物語が共通に含むものでしか無い
それは本作の主題ではないのだ
本作の本当の主題は主人公たる板倉信雄9歳の成長の物語なのだ
あどけない児童に過ぎなかった男児が、宿船の家族と知り合ったことで成長し大人になろうとしている
その苦しみ、もがき、自我が目覚めた自己嫌悪
大人の世界への嫌悪
そのような様々なものが9歳の少年の中で渦巻いていく
その過程を丁寧に活写する事に監督は全精力を注ぎ込んでいるのだ
僅か1ヵ月半そこそこ
外見には何も成長はない
しかしラストシーンで、艀に曳かれていく宿船を見送る彼の内面は大きく成長を遂げているのだ
その前のシーン
まとめようにもまとまらない考えで、悶々と苦しむ彼を、ただ不機嫌なだけかと田村高廣が演じる父が見下ろしている
しかしやがて父は息子が何に悶々としているのかに思い当たり表情が変わる
そして、ただの子供だとばかり思っていた息子が大人になろうとして苦しんでいる
そのことに気がつくのだ
ついこの間までは、馬車に轢かれて死ぬ男、ゴカイ穫りで誤って河に転落して行方不明になった老人
二つの死を間近に目撃しても、その重大な意味に衝撃を受けないほどの子供であったのに
そのきっかけは息子にとり残酷であったかも知れない
しかし宿船の一家のこと、そして父母の過去のこと
京大病院で死間近な病床にある、かって父が母と知り合う以前に、父と関係のあった女性のもとに連れていかされて、信雄は初めて複雑な大人の世界を感じる
人の生死、運命、性
様々な事がまいまぜになって一斉に、9歳の少年に襲いかかったのだ
今彼は大人になろうとしている
その事に父は気がついているのだ
宿船が石造りの二重アーチの石橋をくぐって去って行った時、彼の顔はもはや児童ではなくなっているのだ
観終わった後に残される感動の涙
ネオリアリズモの名作「自転車泥棒」にも似ている
しかし本作ではより純粋に少年に焦点が最初から最後まで当てられているのだ
宿船の一家
同い年で友達になる松本喜一、その姉11歳の銀子、二人の母を加賀まりこが演じる
加賀まりこと藤田弓子との強烈な対比
銀子が主人公の母は「石鹸の匂い」がすると言う
しかし自分の母のことは言葉を飲み込む
喜一に火を着けられる小蟹は、彼らの家族と同じ三匹
最後の一匹は火に苦しんで船べりを横に走る
その蟹が彼ら一家の本当の姿を主人公に教えてくれるのだ
薄々感じていた疑念は、少年の心に衝撃を持って真実の姿の焦点が合うのだ
逃げ帰る彼を喜一は追わない
彼は敢えて小蟹を燃やす事で、自分達家族を否定したかったのだ
信雄を羨ましく思う感情が、自分達一家の悲惨さを蟹に火を着けるこてで見せようとしたのだ
せっかくもらった天神祭りのお小遣いをポケットの穴のせいで落としてしまう
二人で祭りの人出でごった返す道を散々這いつくばって二枚の50円硬貨を探し回るのだが見つかる訳もない
そのあまりの惨めさ
繕いものをしてくれなくなった母と、小遣いをくれた信雄の母
その違いが喜一を苛立たせていたのだ
許せない程に惨めだったのだ
信雄の家の夕食に姉と一緒に招かれたとき、彼は死んだ父が酔った時に良く歌ったという軍歌の「戦友」を一生懸命に直立不動で歌う
父を誇らしく今も慕っているのだ
しかしその母はどうか
それでも姉と自分が生きて行けるのはその母が体を売っているからなのだ
帰り道、橋の上で銀子と出会う
銀子は信雄の表情から、彼が一家の本当の姿を理解してしまったことを感じ取っている
そして彼との交流の全てが終わったことも
銀子は米に手を突っ込んで暖かいと幸せそうに言う
夏なのに?と不思議そうに信雄は問う
母が体を売って得た金で買う米とは信雄は無邪気にも何も分かってはいない
銀子はその米で自分と弟は生きている
その米に手を埋めることだけが、母の愛を感じる術になっていたことを、その時の信雄は知らない
しかしもう知ってしまったのだ
銀子はこの現実の悲惨さによって、もはや子供をとっくに強制的に終わらされていたのだ
喜一ももう分かっている
そして信雄も分かってしまった
その諦めが彼女の全身から立ち上っているのだ
信雄の母から貰ってワンピースを返したのは、自分達には貰う資格が無いと卑下していたからだ
宿船が去っていく
それは銀子が母に頼んだに違いない
そういうことも、去って行く宿船を見送る信雄にはもう理解できるようになっている
何故なら、そのときもう彼は大人になっていたのだから
宿船を見送る彼の後ろ姿は大人のそれだ
こうした三人の子供達の心
取り巻く大人達、特に父の心
それらが圧倒的な重量で胸にのしかかる
涙が自然に流れていました
大学時代の思い出
昭和50年代の地方国立大学は、あまり出席しなくても単位がもらえるため、暇な時間は映画に行くことが多かった。
どういうタイミングでこの映画を観に行ったかは覚えていないが、当時は友人と「悲しい映画だな」位に話していた記憶がある。
改めて、ネトフリで観たが、田村高廣さんが若い、加賀まり子さんはこんなに色っぽかったのか、内容も一周回って、コロナで苦しむ現代に重なった。
何たるベタ。
何たるベタ。
原作小説に全く敵わぬ。
田村高廣の演技演技した古典的名演技、藤田加賀の律儀な滑舌の良さ、所謂感動を盛り上げてしまう泣かせBGMに引きに引いた。
インディーズでも名作然と感動作を撮れると当時は沸いたか。
修行の為に観た、とした。
【昭和31年、”最早、戦後ではない”と言う社会認識に対し、小栗康平監督が強烈なアンチテーゼを映像化した作品。】
ー 舞台は昭和31年の大阪安治川河口。川沿いのうどんやに住む少年ノブオと両親と、対岸に繋がれた廓舟の姉弟(キッチャン)との出会いと別れを描いた作品。ー
■感想
・宮本輝の小説は、文壇デビュー後、かなり後に読み込んだ。「青が散る」を”友人”に贈られたことが切っ掛けである。今作は、文庫で読んだが、余り記憶に残っていなかった・・・。
・映画を観るのは初めてである。昭和31年と言う時代、日本は戦後高度経済成長期の前であったと学んだ記憶があるが、今作でも彼の大戦の傷を引きずった人々が多数出てくる。
それは、ノブオの両親であり、キッチャン一家の生計を自らの春を鬻ぐ事で支える母(加賀まりこ:2度しか、画面には現れないが着物姿の余りの美しさに、驚く。)である。
<淡々としたトーンで物語は進むが、世間の目を気にせずに、ノブオの両親がキッチャンたち姉弟を精一杯もてなすシーンなど、印象的なシーンが、彼の大戦で傷ついた人々の姿を、リアリティ溢れる姿で描き出した作品。>
■最近、想う事
・ハリウッド大作及び邦画でも公開延期になる作品が増える中、映画は映画館で観るモノである・・、と言う想いはありつつ、配信を利用するようになり、そろそろ一年が経つ。
有難いのは、今作の様な年齢的に観ることが出来なかった映画が、配信されていることである。(最近、増えている気がする。)
とともに、”え、この映画もう配信するの・・”という映画もチラホラ出てきている。
痛し痒しであろうか・・。
生きて帰ってきた日本の地
個人評価:3.8
戦後の日本。陸に住む人と、川に住む人。敗戦によって根無草になった日本人のメタファーの様にも感じ、深いテーマが根底に流れているのが感じる。
夜の廓舟で子供達がカニをイタズラに焼くシーン。無意味な死を無表情で扱う少年と、それを見る事が出来ない少年との対比が忘れられない。
若き加賀まりこには息をのむ
昭和30年代の日本は大阪。戦後10年くらいのまだ貧困が残る社会。食堂を営む夫婦の一人息子、9歳の男児の視点から描く。母子家庭で貧しく船上生活を営む姉弟と仲良くなるも、母親は糊口をしのぐため売春をしている。全編、モノクロ。当時のにおいまで伝わってきそうなリアルな描写。様々な視点からのカット割り。出演では、若き加賀まりこはぞくっとするほど妖艶。
子供心(“子供の頃”ではない)を思い出す。ラスト、必死で船を追いか...
子供心(“子供の頃”ではない)を思い出す。ラスト、必死で船を追いかける男の子の気持ちが思いっきりデジャブ。加賀まりこの色気ハンパない。
泥舟の上の姉弟の行方
戦後の大阪の川端周辺で 暮らす人々の浮沈を、うどん屋の一家を中心に描かれる
また、戦争を生き延びても 日常に訪れる「不幸」で倒れてゆく人々(荷車の男、川に転落したゴカイ取りの爺、信雄の父親の元妻)と 静かに崩壊しつつある喜一の家庭を、 詩情豊かに 淡々と描いている
こんな日常に、疲れを感じながらも 精神的に豊かであろうとする信雄の父親を、田村高廣が好演している
喜一とその姉にとって うどん屋一家とのつかの間の交流は幸福であり、そのうち訪れる不幸の序章の様にも見え、哀しい
泥の河に浮かぶ船は まるで泥舟の様に思える
これに暮らす姉弟は、幼いながらも覚悟の様なものが感じられ、それを察知した信雄の心も痛み、皆 可哀想である
春をひさぐ彼等の母親(加賀まりこ)は 妖しい美しさで、(健康的な信雄の母親とは対極にあり)これまた不吉である
戦争や貧困や虐めは この世からは 無くなりはしないが、(信雄の父親が語るように)あの姉弟の様な子供達は 救済されなければならない
それが国家というものだろうし、大人の罪滅ぼしだと思う
戦後、日本人は頑張ったが あんまり人間(日本人)を大切にして来なかった
経済成長に夢中になり、思想とか哲学的なことを後回しにした結果が 今の内部分裂的思考に繋がっている
総ての日本人を救済出来はしないが、子供は優先されなければならない、と思う
これを日本人の普遍的な価値観に加えていくことが、急務であろう
バブルで 日本人がオカシクなる前の 映画だったが(1981年制作)、今 思うと警告の様でもある
豊かさの意味についても、再考させられた
色々 考えさせられる いい映画
小栗康平監督の鮮やかな デビュー 作品!
静かな映画です
戦後10年しか経過していない大阪を舞台とし、粗末なうどん屋の家族と船上生活者の貧しい子ども交流を描いた映画。公開当時、日本における各種映画賞を総なめにしたばかりか、海外でも高い評価を得えた。大学2年であった私は、大の映画ファンである友人から見ることを強く勧められたが、邦画のクオリティーは低いという偏見ゆえに公開時には、ついに見ずじまいだった。
まだまだ戦後の残滓に浸からざるを得ない様な生活者が大勢いた時代の雰囲気が、モノクロームフィルムにより強調され伝わる。そして、予算の関係による美術のチープさもモノクロが幸いしあまり気にならない。
この作品でえがかれた、戦後の復興や高度成長の緒にあっても、それに取り残された者たちが織りなす世界は、観る者に感動よりは哀切を感じさせるだろう。
それは、物語の中心である子どもたちの交流もそうであるが、うどん屋夫婦が過ぎるくらいに優しいことや船上生活者の母親のアンニィ感など、大人たちの切なさも観る者にもの悲しさを与える。
社会の底辺で近いところで暮らす、うどん屋の家族と船上生活の親子であるが、この二組の家族間にも決して越えられない格差が生じている。
貧しくても、うどん屋という表の商売で生活をする家族と、春をひさぐことで露命をつなぐ家族の差は大きい。しなし、なぜその様な立場に陥ったのかは、必然がない。偶有性、つまり本人たちの人間性ではなく時代に翻弄され、今は偶然にもこっちにいるが場合によってはあちら側になったかもしれない、そしてそれは単に運の良さ悪さに過ぎないということも静かに伝わってくる。
水底に潜む泥の河〜〜
昭和20年の終戦から10年経った昭和30年のお話。
何よりも、子供たちが素晴らしい〜〜。
公開当時、浜村淳氏の解説で
「屈折した子供心がひしひしと伝わってくる」と評された
あのシーンを実際に目にすることができて本当に良かったです。
劇中のセリフにもあるけど
戦争から必死で生きて帰ってきたのにフトしたことで
呆気なく死んでしまう人の悲しさや、残された家族の悲哀。
優しいお父さんの心に潜む戦争で生き残ったことや
捨てて来た過去への後ろめたさ。
昭和30年の朝鮮戦争特需の神武景気の最中、
戦争は嫌だと身にしみているのに、
今はよその国の戦争のおかげでなんとか生きている現実。
そしてそれに乗る人と乗れない人との間に開いてゆく格差。
それらは皆、表面上は汚れたものを運んで流れているけれど、
水底には取り残されたものが分厚く暗く沈殿している〜泥の河〜
なんという、切ないお話〜〜
主人公夫婦や、加賀まり子演じる未亡人や
その他、出てくる大人たちがほぼ皆、
子供たちに優しさいのだけは救いだと思う。
子供は分け隔てなくこの世の宝だもの〜〜。
出番は僅かながら、
画面が白黒であることを忘れさせるほどの
美しく色っぽい加賀まりこさんと
心の奥深くに悲しみを抱えた田村高廣さんの
さすがの演技に唸らされる。
時代に翻弄される家族の物語
午前十時の映画祭にて鑑賞。
舞台は第二次世界大戦から十年程経過した大阪。
貧乏ながら店を開いている家族の元に、一隻の船がやってくる。
船にはまた一つの家族。
その交流を描いた映画です。
たった十年程の時の中で、時代に乗って行ける人、反対に置いていかれる人が描かれており、これに関しては今の時代でも言える事。
悲しいけどそれが性(さが)なのよね展開もある。
逆に現代では描けないだろうなと思う部分。
それは境遇に負けない子供達の純粋さ。
本編にて「子供は親を選んで生まれてくる事は出来ない」と言うセリフが心に沁みました。
出てくる子役、田村高廣さん、藤田弓子さん、加賀まり子さん、良かった。。。
昔の映画で有名で無くても良い映画がまだまだ有る。
そう実感させてくれた映画でした。
とてもいい映画です
第二次世界大戦が終わり、復興しつつある大阪の片隅に、まだまだ戦後を引きずって、ひっそりと生きている人たちの物語です。
田村高廣の、飯屋の親父が素晴らしい。戦後のドサクサをどうやって生き延びて来たか明確には知らされませんが、子供たちに見せる手品なども、彼が生きるためにどっかでやっていたイカサマ芸のようにも見え、今の家族も、一体どんないきさつで家族になったのかと、いろんなことを考えさせられます。
廓舟で家族を養う加賀まりこの姿も、哀れさと色っぽさが同居します。こんな時代もあって、今の日本があるんだよねと、しみじみ思わせる名作です。今のこのおかしな時代に、この映画をリバイバル上映された方々の見識に、拍手を送りたいです。
昭和50年代の映画ですが、舞台となる30年代に撮られたとしか思えな...
昭和50年代の映画ですが、舞台となる30年代に撮られたとしか思えないリアルな質感の有る映画でした。
貧しかった時代の更に底辺に居る姉弟の悲哀も田村高廣さんに癒されました。
全23件中、1~20件目を表示