鶴八鶴次郎(1938)のレビュー・感想・評価
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ベルちゃん!
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私の世代の人間にとって山田五十鈴は「必殺」シリーズのおば(あ)さんである。
その彼女がまだ若手女優で、東宝へ移籍して初めて出た作品が本作である。
冒頭の参詣のシークエンスで見せる可憐な笑顔。往年のファンが「ベルちゃん」と敬愛したことが十分に頷けるショットである。
一緒に歩いている長谷川一夫とのふたりは恋仲であることはこの笑顔で誰の目にも明らかになる。映画はこれを一切の台詞なしに観客に説得するのだ。
しかし、続く電車の中で並んで座るシーンでは、二人の間に交わされる先代の法要の話に、観客のこの確信が揺らぐ。
まだ始まったばかりのここまでで、これから素晴らしい映画体験が始まるという確信は固まる。
この後は、時にサスペンスフルでときにコミカルな男と女の関係を、成瀬巳喜男の映画がいつもそうであるように、スムースなつなぎによって心地良く語っていく。
あまりの心地良さにうっとりとしたので、途中で眠ってしまった。山田が芝居小屋の開業資金を大店の旦那に出してもらい、それが長谷川に知れてしまった前後から記憶がない。
気がつけば、山田は大店の奥様になっており、長谷川は場末の芝居小屋で小銭を稼ぎながら酒浸りの生活をしている。
素晴らしいショットを見逃したのかも知れない。しかし、そんなことは大した問題ではないと思わせる最後の口論の「嘘」。
その「嘘」を藤原釜足に語る長谷川に、銚子からガラスコップへ持ち替えさせる演出がいつまでも心に残る。
劇場から家までの電車の中。次の日。1週間たっても、この時の長谷川の顔が瞼から消えない。
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