「主人公イーヨーを演じ、本作で世に出た渡部篤郎氏の熱演を観るだけでも価値はありますね。」静かな生活 矢萩久登さんの映画レビュー(感想・評価)
主人公イーヨーを演じ、本作で世に出た渡部篤郎氏の熱演を観るだけでも価値はありますね。
2月21日(金)からTOHOシネマズ日比谷さんで開催されている「日本映画専門チャンネル presents 伊丹十三 4K映画祭」(監督作品を毎週1作品、計10作品上映)も残り3作品、8週目。本日は『静かな生活』(1995)。
『静かな生活』(1995/121分)
監督にとっては高校の同窓で妹の夫でもあるノーベル文学賞受賞者大江健三郎氏の原作を映画化した本作。
高尚な印象で公開当時鑑賞をスルーしておりましたが、今回の4K映画祭で初鑑賞。
生まれつき知的ハンディキャップを負いながらも「絶対音感」はじめ音楽の才能に富む天使のような佇まいの兄・イーヨー(演:渡部篤郎氏)と、兄を献身的に支える妹・マーちゃん(演:佐伯日菜子氏)を中心とした家族や周りの人々の心なごむ日常を優しく描く作品、またはバリー・レヴィンソン監督『レインマン』(1988)のサヴァン症候群の兄レイモンド(演:ダスティン・ホフマン)のようなイーヨーの特殊な才能にフィーチャーした作品かとずっと思っておりましたが、然にあらずでした。
実際はイーヨーに親切に水泳指導する新井君(演:今井雅之氏)が保険金殺人の容疑者としての疑惑を晴らすため相談したイーヨーの父(演:山崎努氏)に逆に小説の登場人物としてさらに悪く描かれたことに恨み、マーちゃんを襲うなど、かなりセクシャルでサスペンス風、娯楽大作というよりはATG(アート・シアター・ギルド)のような作品ですね。
たぶん従前の伊丹映画の娯楽性を求めて劇場に足を運んだ観客は相当面を食らったことでしょう。
公開時の1995年はバブルも完全に弾けて世の中の空気もがらりと変わった時期、前作『大病人』(1993)で死生観や宗教観を描いて作家性を強めた時期でもあるので、今となれば本作を制作した事由も何となく理解はできます。
イーヨーを演じ、本作で世に出た渡部篤郎氏の熱演を観るだけでも価値はありますね。