劇場公開日 1962年4月8日

「(私さ、勉強しなくても高校行けるうちの子に負けたくないんだ)を信条に人生を切り開くジュンと時代の映画」キューポラのある街 Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0(私さ、勉強しなくても高校行けるうちの子に負けたくないんだ)を信条に人生を切り開くジュンと時代の映画

2020年7月28日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル、TV地上波

原作は、1959年から´60年に雑誌「母と子」に連載され´61年に出版された児童文学者早船ちよの同名本。31歳の新人浦山桐郎監督の第一作品目。岩戸景気(作中では、天照景気)の戦後高度成長期にあった鋳物の街埼玉県川口市を舞台にした、川口市立第二中学校に通う中学三年生の少女が主人公の青春ドラマ。貧しい家庭にめげず進路に悩み打ちひしがれても、常に果敢に立ち向かう主人公のひた向きな生き方が感動を呼ぶ。その石黒ジュンを演じる16歳の吉永小百合の瑞々しく快活な演技と晴朗な美しさが、一際輝きを放つ。それは、日本の未来を担う戦後生まれの第一世代を象徴するかのようで、”自己中心主義”の時代からお互いが助け合う”組合”の時代への変化を託されたメッセージが込められている。しかし、それ以上に興味深く関心を抱くのは、昭和30年代の世相と風俗が随所に散りばめられた脚本の構成力の高さと省略と伏線の映画的表現をさり気無く施した演出の巧さだ。

例えば冒頭の、弟タカユキたち悪ガキが、川原で遭遇した同級生の女の子にスカート捲りの悪戯をするところで、金山サンキチだけはしていない。それが、後半のジュール・ルナールの「にんじん」を演目とした学芸会の場面で分かる。憧れのマドンナ カオリと共演するも、”朝鮮にんじん”と野次を飛ばされ委縮してしまうサンキチの繊細さが、最後のクライマックスに繋がる。
ジュンは父辰五郎が漸く就いた職を自分勝手に辞めたショックで修学旅行を断念するが、そこまでの過程が丁寧に描かれている。進学の為に内緒で月3000円になるパチンコ店のアルバイトをするジュンの事情を知る塚本克己は、担任の野田先生が彼女を咎めようとパチンコ店を訪れたのを知って、話があると飲みに誘う。説得がうまくいった克己は、上機嫌でジュンのところへ来てスーパーマン(野田先生のあだ名)が褒めていたと、自分の気持ちを込めて言う。野田先生はジュンがお金に困っていることを知って、旅行代を集金する前日に市の補助金制度を使うことを勧める。そんな紆余曲折に疲れて川べりで貸付書を破り捨てるシーンに、ジュンの気持ちが見事に表現されている。そして志望校の浦和第一高等学校に行くのだが、偶然ハトを放つ為に電車に乗るタカユキも浦和に向かう。タカユキは、浦和少年鑑別所の前で、こう叫ぶ(しっかりやれよ!ちゃんと帰るんだぞー!)と。興味本位で中を覗いたタカユキのこの言葉は、姉ジュンにも呼びかける意図を加えて三つの意味が込められている。だが、夜になり帰ろうとするジュンだったが、飲み屋で客と戯れる酌婦の母をみて嫌悪感を抱く。それは、その日の川原での自分に起こった体の変化が大きく影響している。

常に前の場面の意図を受けた展開を見せ自然な流れを作る脚本は、今村昌平と浦山桐郎の映画的な話術の洗練さであり、説明と暗示のバランスの良い演出と見事に溶け合っている。最も素晴らしいのは、友人リスに誘われて投げやりな気持ちで酒場に行き、不良たちの暴行から逃れるシーンだ。足に怪我を負いひとり蹲っていると、遠くから心配してジュンの名前を叫ぶ克己の声が聞こえてくる。彼女はその声で我に返り、自分の不甲斐なさに泣き崩れるのだが、このカットの吉永小百合の表情演技が素晴らしい。ライティングを生かした姫田真佐久のカメラワークも秀逸だ。これに呼応するタカユキの場面が次に来るが、ラストシーンが象徴するように、この映画はジュンの物語であり、ジュンとタカユキの物語でもある。それまで自分を親分と慕うサンキチと散々悪さをしてきたタカユキたちだったが、牛乳配達の少年の可哀そうな事情を知って一気に消沈するところが可笑しい。少年は、病気の母の薬を買うために牛乳配達をしているのに、盗まれた分の代金が引かれてしまうと泣きながら訴えるのだ。もうこの場面だけで、この映画を絶賛したくなってしまう。少年に同情したサンキチとまだ反省の色を見せないタカユキは、このことで喧嘩別れするのだが、これが最初の別れの駅前場面になって、待ちわびるサンキチと考えを改めたタカユキの友情を熱く描くことになる。

この時代を記録する意味で、在日朝鮮人の帰還事業が描かれている希少価値がある。今となっては朝鮮総連と北鮮を”地上の楽園”と称賛したマスコミに騙されてしまった人々の嘆きを、母恋しさに一度戻ってしまい会えずに号泣するサンキチが代弁している様に見えて、複雑な気持ちになってしまう。真実を伝えること、真実を知ることの大切さを改めて考えされてくれる日本映画の名作でもある。

両親を演じた東野英治郎と杉山徳子から生まれた子供にしては、余りにもかけ離れた可愛らしさを溌剌と演じる吉永小百合。タカユキの借金返済交渉で、不良たちのたまり場のビリヤード場のトイレで大人ぶって口紅を付けるショットの吉永小百合が、16歳にして完璧な美しさを魅せてくれる。

Gustav