劇場公開日 1962年1月14日

「映画館で一緒に笑いが起こる幸福感」女の座 talismanさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5映画館で一緒に笑いが起こる幸福感

2025年4月4日
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鑑賞方法:映画館

笑える

悲しい

幸せ

この映画の笑いは素晴らしい俳優が後から後から出てきてそれぞれの人物の個性を見事に表わす脚本(松山善三)と俳優の演技の賜物だ。前半、主役の芳子(高峰秀子)は後景に溶け込んで目立たない。家の長男である夫に先立たれた嫁の芳子は、寡黙に家事と荒物屋を切り盛りし中学生の息子に「勉強しなさい」と何度も言う。大家族の嫁ぎ先でただ一人他人の芳子にとって家との接点は息子のみ。

芳子の舅(笠智衆)が死ぬ?でみんなが集まる所から映画が始まる。だけど、なあ~んだ、無事だ、命に全く別状ないことがわかって一安心。来るに及ばぬと博多の娘夫婦(淡路恵子&三橋達也)に電報送るが、何やらあるようで上京してからずーっと実家に居ることになる。

小津監督の「東京物語」と異なり、両親(笠智衆&杉村春子)は孤独ではない。娘や息子や婿達の言動を面白がったり楽しんだり心配したりと忙しい。そこに六角谷甲(宝田明)という変わった名前の男が登場することで、一旦落ち着いた大家族に小石が投げられる。その男は長女(三益愛子)が営む下宿に住まうようになったばかり。実は母親(杉村春子)の前夫との間の子どもで、母は息子を置いてきたことを済まなく思いつつも彼に胡散臭さを感じている。だが娘の一人(笠智衆役の前妻の子)で、実家の離れでお花とお茶を教える梅子(草笛光子)はその男に夢中になり初めて結婚を意識し、経済的にも精神的にも自立している梅子と、「嫁」という昔ながらの立場の芳子(高峰秀子)が対立する構図が生まれる。梅子は彼を慕い、美しい芳子を勝手にライバル視する。芳子は姑からの依頼を聞き入れ、自分に言い寄る彼をぴしゃりと突き放し下宿からも出ていけと言う。

最後は老夫婦と芳子が東京郊外を散歩するシーン。舅は今の大きな家を出て三人一緒に住む家を探そうと思ってな、とさりげなく芳子に言う。夫も息子も失い両親もない嫁にとって有り難い話なのだ。そんな芳子を思い「みんな自分のことばかり!お姉さんが行き場がないことを知っているのに!」と現実を正しく見る夏子(司葉子)の存在が光っていた。

成瀬監督版「東京物語」と言われるこの映画は、生命力と賢明な優しさに満ちている。基本的に仲のよいきょうだい達、お金の問題もあるし社会が変わる中でそれぞれに胸算用もある。そんなきょうだいの中では夏子に、「きょうだい」の外では芳子の義理の親への親愛の気持ちにとても共感できる。高峰秀子の泣き顔も家事と仕事をする姿も自然、何より素晴らしいのは笑顔が自然なこと。だから小津の「東京物語」より成瀬のこの作品が私はずっと好きだ。

talisman
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