「日本喜劇映画の白眉。宇野重吉と大地喜和子に渥美清の演技合戦の、完成された人情譚」男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
日本喜劇映画の白眉。宇野重吉と大地喜和子に渥美清の演技合戦の、完成された人情譚
日本喜劇映画の歴史に残る”寅さんシリーズ”の中で、その範疇を越えた傑作である。まずストーリーの構築度が高い脚本の巧みさ、次に円熟し安定した山田洋次監督の演出の見事さ、そして名優宇野重吉、女優大地喜和子の演技と互角に対決する渥美清の真剣な演技があった。ここには、マンネリに陥った山田監督も渥美清の寅さんもいない。枯淡の自然体に到達した演技で魅せる宇野重吉と寅さん。メリハリの効いた演技と天真爛漫な個性を輝かせる大地喜和子と寅さん。その演技比べの面白さと見応えが、日本映画としてとても貴重と思えて感慨深く、感動的でさえあった。
宇野重吉の役は日本画壇の第一人者池ノ内青観であるが、どうも奥さんの尻に敷かれて家にいるのが嫌そうで、またその風体で家庭で浮いているようだ。だから夜は場末の酒場で独り寂しく酒に酔うことでしか息抜きがない。しかも、みすぼらしい格好をして酔い潰れているので店の者に手荒く扱われている。それを目にした寅さんが情けを掛ける発端から、物語は意外な展開を見せる。
とらやに来た青観は、とらやの人たちに遠慮なく注文を付けて困らせ、見かねた寅さんが注意する。ここのところの脚本の引き付け方の上手さ。そして、旅館と勘違いしていた青観が紙に絵をかいて寅さんに手渡すところの謎掛けの面白さ。神田の大雅堂という古本屋で換金するのだが、大滝秀治演じる店主と寅さんのちぐはぐな駆け引きがいい。7万円に驚く寅さんと、この金額で謎の老人の正体を明かす脚本の上手さは特筆ものだ。観客は、寅さんと一緒になって、それからの話を楽しむことが出来る。一見うらぶれた風体の青観と面白可笑しく付き合う寅さんとの妙味は、青観の生まれ故郷で続けられる。そこに現れる観光課長桜井センリと係員寺尾聡との定番のバカ騒ぎが面白い。それが、青観の初恋に纏わるエピソードを更に味わい深くするテクニックになっている。数奇な運命をたどってきた女優岡田嘉子の存在感が映像美に昇華されている。この晩秋の趣を帯びた宇野重吉と岡田嘉子の場面の感傷に、他には比較できない特質を感じてしまった。それは、日本映画そのものの郷愁と言っていいかも知れない。短いシーンだが印象に残る名場面だ。
それに対して、芸者ぼたんを演じる大地喜和子の生命力溢れる、溌剌として女性の色気を健康的に溢れ出す演技と存在感も素晴らしい。寅さんの存在を危うくするほどの明るさ。この貴重さも指摘したい。
物語の後半は、芸者ぼたんが悪い男に200万円騙し取られた事件の顛末を描き、寅さんと青観とぼたん三人の人としての在り方を浮き彫りにする。いつもの様に親身になって心配するとらやの人たちの優しさと、金銭問題に詳しい社長の珍しい出番。最後の頼みの綱として青観の家を訪ねる寅さんが、ぼたんの為に今度はキチンとした絵を描いてくれと懇願する場面の緊張感。お金の為に芸術を売ることは出来ない青観と、それを一応理解はするが情に厚く脆い寅さんとの仲たがい。そして、ラストは、人の世の本当の優しさを一枚の絵で見せる映画演出の大団円。人それぞれの立場や性格を物語の起承転結に上手に絡ませて、大きくは世代の違いも入れながら人情譚を完結する脚本の見事さは、名落語に匹敵する面白さと技の冴えを思わせる。味わい深い名演の宇野重吉と豪快な笑いで間を与えない女傑大地喜和子の存在感により、日本喜劇映画の傑作として後世に語り継がれるべき作品である。
1978年 4月3日 郡山松竹