「是非本作と第32作をセットでご覧下さい」男はつらいよ 寅次郎恋歌 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)
是非本作と第32作をセットでご覧下さい
第8作 男はつらいよ 寅次郎恋歌
1971年年末公開
寅さんが結婚して家庭を持ちたくなるというお話です
博の母の葬儀をきっかけにして、大学を定年退職後、郷里の岡山県は備中高梁のお屋敷に1人で孤独に暮らす博の父と寅さんの交流が始まります
10年ほど前、安曇野の庭一杯にりんどうが咲く一軒家の農家の開け放した縁側から明かりのついた茶の間で食事をしているのが見えたとき、これが本当の人間の生活というものかと涙した
その思い出をしみじみと語る博の父の言葉に寅さんはいたく感化されてしまいます
人間は絶対に一人では生きてはいけない
逆らってはいかん
人間は人間の運命に逆らってはいかん
そこに早く気がつかないと不幸な一生を送ることになる
志村喬だからこその説得力を持つ名シーンでした
それで寅さんは結婚して家庭を持ちたくなったのです
今回のマドンナは池内淳子
出演時38歳
上品で清楚で着物姿が美しい
広くて形のよい丸い額が高い知性を感じさせます
なのに色気が匂い立っているのです
そしてその額の下の大きな目が見つめて話すその言葉遣いが姿形と同じほどに美しいのです
でもイントネーションは江戸っ子だとわかるものです
柴又にはいないタイプ
あの御前様でさえすれ違った際に、つい二度見してしまうほど
池内淳子は長い芸歴でその演技は群を抜いた安定感があります
この当時はテレビ女優ナンバーワンで、出演すれば高視聴率間違いなしと言われたのも当然だと思えます
この彼女が帝釈天の脇に新しくできた喫茶店のママさん役
しかもお誂え向きに未亡人
小学3年生の男の子がいますが、寅さんにすぐなついてしまう
もう展開がいつも通りと分かってしまいます
結局、寅さんから身を引く形で旅にでて終わります
冒頭の惨めな旅の一座とのパートは、貴子が昔から旅の一座になりたかったことを寅さんが聞いて我に返る為にあった訳です
こんな俺や旅の一座のような人間の運命にこの人を引きずり込んではいけない
だってりんどうの花言葉は「誠実」なんです
彼女を自分のような稼業の世界に引き込んではいけない
自分の欲望の為に女性を不幸にはできない、それが寅さんの誠実なんです
これが俺の人間の運命なんだ
これに逆らってはいけない
不幸な一生にこの人もなってしまう
そんなことはできないんだという思いを噛みしめながら、寅さんは秋晴れの朝日を浴びています
寅さんが昨晩泊めてもらった農家は婆さんの独り住まいのようです
きっと、寅さんはりんどうが庭一杯に咲いて開け放した縁側から見える明々とした茶の間で子供たちと食卓を囲む一軒家の農家はないものかと探していたに違いありません
でもいくら探しても見つからずここに泊めてもらったのでしょう
りんどうは一本もない畑の中の一軒家です
まあ俺はやっぱりこういう運命なんだよなあと諦めの顔で朝日を見上げています
そこに冒頭の旅の一座が通りかかって再会をよろこび、トラックの荷台に載せてもらって一緒に今晩の宿をとるようです
一座もなんとか巡業を続けているようだ、俺も身ひとつでなんとか生きていけらあ
「ね、先生、これが寅次郎って人間の運命なんですよ」
「人間は人間の運命って奴に逆らっちゃあ、いけないんでしょ、先生」
そんな寅さんの心の声が聞こえてきます
そこでエンドマークとなり映画は終わります
ところがこのお話、続きがあります
それは1983年の第32作「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎」です
本作からから12年後の超ロングパスになります
舞台は今回と同じ備中高梁
あれから博の父はどうなったのか
それが語られます
本作でチラリと写った白神食品店がその作品では主要人物の家として登場したり、本作では博の母の通夜と葬儀をした屋敷も登場します
踏切近くの小川に架かる小さな石橋もドラマチックなシーンの舞台になります
その作品で寅さんはまたも人間の運命について考えるのです
今度はりんどうの咲く農家の食卓ではなく、取り込み忘れた家族の洗濯物の形となって、寅さんに人間の運命についてもう一度考えさせるのです
この第32作で、自分には本作の物語がやっと完全に閉じられたと実感する事ができました
是非本作と第32作をセットでご覧下さい
タイトルの寅次郎恋歌とは?
終盤の寅次郎のハガキの事だと思います
汚い字でハガキ一杯に書いてありました
寅さんに学があったなら、きっと「りんどうの‥…」てな感じの和歌を書いて送ってたんだろうと言うことだと思います
自分も学がないので探してみたらこんなのがありました
「りんだうの 花とも人を 見てしかな かれやははつる 霜がくれつつ」
和泉式部
(あの人を)りんどうの花であると見たいものです
りんどうは霜が降りても枯れはしないのですから
寅さんがハガキに書きたかったのはこういうことだったと思います