「出来合いの人道主義」煙突の見える場所 因果さんの映画レビュー(感想・評価)
出来合いの人道主義
「お化け煙突」こと千住火力発電所と、その根元に広がる下町人情模様を描いた作品。心温まるヒューマンドラマではあるものの、ところどころで手緩いアレゴリーや説教じみた人間論が目立つ。
自己認識と他者認識の乖離状態を見る場所によって本数を変えるお化け煙突になぞらえてみせるという発想は確かに力強いが、両者の関連性があまりにも饒舌に語られすぎていて興醒めだった。
また捨て子の赤ちゃんをめぐる中年夫婦と下宿人カップルの人道的懊悩シーンも、赤ちゃんの「無垢なる弱者性」をことさら強調しすぎなのではないかと感じた。
一番残念だったのは捨て子の父親の自殺が明らかになるシーンだ。そのことを知った下宿人の仙子(高峰秀子)は「どんなに苦しいことだって耐えられないことはないんだから自殺なんかしちゃダメ」的なことを言うのだが、これはあんまりにも無遠慮が過ぎると思う。
作中で誰よりも人間存在を深く見つめていた雰囲気のある彼女からこういう言葉が発せられたことで、それまで丹念に積み上げられてきたヒューマンドラマが実のところ上辺をなぞった虚構に過ぎないことが露呈してしまった。自分が立っている地点によって認識なり物の見え方なりに差異が生じるのであれば、他者の死というセンシティビティに対して断言口調でズカズカ踏み込むことがいかに暴力的な行為であるかは容易に想像できるはずだ。にもかかわらず仙子は特に何の留保もなく自殺が悪だと断じてしまった。
おそらくこのシーン自体は物語上それほど重要ではないのだと思う。しかしだからこそ、何気なく発された仙子の言葉には、人道主義的物語の裏側に流れる冷淡さがうっかり垣間見えてしまっていた。
ヒューマニズム映画というのは一歩間違えればただのお説教ビデオに堕してしまう。それだけならまだしも、細部で思慮の浅さを露呈させてしまっているのを発見したときなどはその作品を見たという経験そのものが否定されたかのような無念ささえ覚える。本作がそこまで酷かったかと言われればそんなことはないのだが、では手放しに「ヨッ!下町人情!」と喝采を送れるかと問われれば、それはできないと答えざるを得ない。