劇場公開日 2008年6月14日

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「天使も描けたクローネンバーグの新境地」イースタン・プロミス こもねこさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0天使も描けたクローネンバーグの新境地

2009年3月29日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

悪魔的な世界にこだわりをもち続けているクローネンバーグ監督の今回の作品は、ふたたび、ロシアン・マフィアという人の命など何とも思わない悪魔のような世界を描いている。ところがいつもと違ってクローネンバーグ監督は、悪魔の世界の落とし子のような赤ん坊の世話をする助産師の女性という天使を悪魔の世界に登場させるだけでなく、観客に、天使と悪魔の両方の視点を提供するという試みをやってみせていた。クローネンバーグ監督にとっては、ある意味では実験的な手法だったのかもしれないが、その手法によって監督の新境地開拓となったばかりでなく、この作品がクローネンバーグ久々の成功作につながった要因になったように思う。
 マフィアの仲間としての証となる気味の悪いタトゥー、「ゴッドファーザー」のような結束力の強い悪のファミリーぶりなど、見るからに悪魔的なロシアン・マフィアばかりにこだわる、いつものクローネンバーグの演出だと、ただでさえ残酷な物語がさらに残酷になって、観客の共感を得られない作品になっていたかもしれない。しかし、ナオミ・ワッツ演じる赤ん坊の世話をする天使のような存在を置くことによって、悪魔の世界の中に優しさが感じられ、しかも天使に肩入れしがちな観客の共感を得られたのは、今までのクローネンバーグにはなかった良さだと思う。クローネンバーグの映画は、いつも独特の悪魔的世界感を描いていて、公開されるたびに興味深く観ているのだが、普通の人間が入り込めない世界に固執しすぎるものが多く、面白いと思える作品は少ない。今回、天使の役割を担うキャラクターを画面に置くことで悪魔的世界を描いた内容が面白くなることがわかったのだから、この作品をステップとなって今後のクローネンバーグの作品にはさらなる大きな期待が望めそうだ。
 そして、この作品が見ごたえあるものにしたのは、スタイリッシュで恐ろしい悪魔であるマフィアを演じた、ヴィゴ・モーテンセンとヴァンサン・カッセルの役者としての力量の大きさだ。特に、ヴィゴの迫力ある演技には、上映時間の間、圧倒されつづけてしまった。ヴィゴのこれからにも大いに期待を高めた今回の作品は、映画好きにはとても収穫の多い一本になったと思う。

こもねこ