劇場公開日 2007年8月18日

長江哀歌(エレジー) : インタビュー

2007年8月22日更新

「プラットホーム」「青の稲妻」の中国人映画作家ジャ・ジャンクー監督が、中国の国家プロジェクト、三峡ダム建設により水没する運命を余儀なくされた古都・奉節(フォンジェ)を舞台に、名もない市井の人々の人生を詩情豊かに謳った「長江哀歌(エレジー)」(現在公開中)。06年のベネチア国際映画祭金獅子賞、07年の第1回アジア映画賞監督賞に輝く同作品について、ジャンクー監督自ら語ってもらった。(聞き手:佐藤睦雄)

ジャ・ジャンクー監督インタビュー

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──オープニングで主人公は船に乗って三峡ダムにやって来ます。大河に浮かぶ船は何かのメタファーなのですか?

ジャ・ジャンクー監督
ジャ・ジャンクー監督

「川を意識して使っているのは確かです。今度は長江でしたが、僕も黄河のそばで育っている。中国の文明って川のほとりから拓けてきたじゃないですか! ところが、皮肉なことに、文明の発祥地は今悲惨な運命にあって……人間も、つらい目に遭っている。三峡ダム周辺に住んでいた人々は、川とともに生きている。上海あたりに出稼ぎに出る人も多かった。主体的に自分から出て行ったんだけど、今度は国家的プロジェクトの三峡ダム建設により、客体的に出て行かざるを得なくなった。唐の李白の時代から、人々が漂白するような内容の詩が残っているように、移動する手段として川を使ってきましたから、川は重要な要素だと思いました」

──川というのは上流から下流まで綿々と続いていますものね。

「ロケ地を探して三峡から重慶まで移動した時、ある地点では“山水画の世界”が広がっていた。いにしえの人々がそれを見ていたと思うと、感慨深かったですね。ところが船が岸に着くと現実が待っていて、取り壊しをやっている。だから僕の映画にも、川のゆったりとした流れを映す静かな画面と、取り壊しの工事をしてガタガタとうるさい画面が、同居していますね」

──中国国内での人口の移動の現実はどんなふうですか?

ダム建設によって多くを失った人々がいる
ダム建設によって多くを失った人々がいる

「特に、三峡ダムのあの辺は貧しい地区で、あそこの人間は出稼ぎに出ないと生きていけないので、政府もあまりケアしなかった。彼らは雑草みたいに生きていたんですよ。そうした経済格差が、移民が生まれた最大の理由ですね。あの地域が長江に沈むとなると、100万人の方々が生まれ育った地域を離れて、新しい生活を始めなければならない。それに適応できるかが大きな問題になります。

2600年の歴史がある建造物が取り壊されることにみんな感傷的なんだけど、人間の営みのほうにもっと不具合が出てくると思うんです。上海郊外に崇明島(ソンミンダオ)という島があるんです。そこは三峡ダム建設によって移民する人々の移住地に選ばれた場所で、劇中でもそこへ引っ越す家族が苗木を持って行く場面があります。あれは、三峡特産のオレンジの木なんですね。たまたま撮れたシーンなんですけどね。上海で本作の上映会をした時、すでに崇明島へ移転した農民たちを招きました。上映後、映画を見て目をはらした三峡出身の方がこう言ってくれました。『私もオレンジの苗木を持って来たんだが、2年で枯れてしまった。住む場所をもらってある程度は生活を保障されても、故郷の気候は持って来られない』と。彼らが“失ったもの”は数多くあると思います」

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インタビュー2 ~ジャ・ジャンクー監督インタビュー(2)
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