「中国映画の歴史的傑作」紅いコーリャン バラージさんの映画レビュー(感想・評価)
中国映画の歴史的傑作
公開時に初めて観た時は途方もないホラ話を含む寓話的な語り口と、赤を基調とした鮮烈な色彩感覚の映像美、原初的な音楽の数々にとにかく圧倒された。それまで観ていた米国映画とも香港映画とも日本映画とも違う映画の質感が強く印象に残り、興奮しながら帰ったことをよく覚えている。理屈抜きの凄まじいパワーを持った作品だった。
それまで撮影監督だったチャン・イーモウの監督デビュー作で、まだ中央戯劇学院演劇学科の学生でこれがデビュー作だった主演のコン・リーは歯並びを治す前だし、今ではすっかり恰幅の良くなったチアン・ウェンもまだこの頃は細かった。原作は後にノーベル文学賞を取る莫言の『赤い高粱』で、莫言自身も脚本に参加している。今になって改めて振り返ると皆まだほんとに若かったんだな。莫言はフォークナーやガルシア・マルケスに影響を受けたマジック・リアリズムの手法を使う小説家とのことだが映画も同様で、泥酔した輿担ぎが嫌がらせで新しいコーリャン酒の甕に小便をしたら、一晩経つとどういうわけかそれまでにない美酒になっていたなどという人を食ったようなエピソードが挿入される。しかしあくまで昔の人から聞いた昔話という外枠が、そのようなホラ話をウソかホントかわからない話として面白く語ることを可能にしているのだ。
真っ赤なコーリャン酒も印象的だがどうやらこれも創作のようで、実際には無色透明らしい。大地の紅、衣服や布の紅、太陽の紅、血の紅などと対比する映像表現としてコーリャン酒の色も紅く染められたんだろう。かなり長くコーリャン酒というのは紅いものなんだと思っていたのだが、すっかり騙されていたわけだ(いい意味で)。チャン・イーモウはその後も『菊豆(チュイトウ)』や『紅夢』でもいかにもホントっぽいウソで楽しく騙してくれた。風にたなびく大量のコーリャン群や夜空に浮かぶ満月、唐突に始まる日食などの映像も美しく、ある意味表現主義的とも言える映画であり、そんな映画の中では終盤に登場する日本軍もリアリズムというよりおとぎ話に出てくる鬼のような存在に近い。今観れば隊長以外のその他大勢の日本兵は日本語が片言だが、それさえも「お話」として受け入れられる構造になっている。やはり何度観ても圧倒的な力を持った映画だと思う。
また公開時は映画そのものの力に圧倒されて、映画の構成要素の一部という記憶だったコン・リー。今になって改めて観ると、やはり彼女の存在感はこのデビュー作から出色である。1920~30年代の田舎の造り酒屋の女性を演じてるからか、今となっては珍しく日焼けしてるのも眩しい。芸術学校の学生たちからこの輝きを見出だしたチャン・イーモウの目はやはり確かだったのだ。以後、90年代前半の2人は公私ともに二人三脚となって中国映画を世界へと押し上げていく。
今振り返ってもデビュー作にしてチャン・イーモウの代表作であり最高傑作というばかりでなく、中国映画の歴史に残る記念碑的な作品と言っていいだろう。