劇場公開日 2025年3月7日

「あまりにも経済的なロベール・ブレッソンのモンタージュ美学」白夜(1971) 因果さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5あまりにも経済的なロベール・ブレッソンのモンタージュ美学

2025年3月10日
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男がおもむろに手を挙げるショットに切り返す形でこちらへ向かってくるタクシーのショット。しかしタクシーが停車せぬうちにカットが切り替わり、次の瞬間には男が完全に停車したタクシーのドアノブを握っている。

タクシーが男に気づいて停車したことは、わざわざ説明せずとも直後のドアノブのショットによって完全に説明される。それゆえの省略。結果、この一連のシークエンスは類稀なる軽妙なリズムを獲得している。

その後、タクシーはすぐさま画面左の闇の中に消えていき、空港の荷物ベルトコンベアを画面右に向かって流れていく荷物の群が映し出される。次いで男が画面右上に伸びるエスカレーターを登っていくショット。そこにオーバーラップするジェット機の轟音。わずか10秒ほどで男が女のもとを去り、異国の地へ旅立ってしまったことが説明される。

あまりにも経済的なロベール・ブレッソンのモンタージュ美学はこうしたほんの些細なシークエンスにおいても力強く発揮されている。

中でも最も瞠目すべきは男と女のドア越しの攻防戦だ。目まぐるしいカット変更にもかかわらず、その部屋の間取りを、男と女の関係値の変容を、我々はいとも容易に想像することができる。そういう意味では『スリ』と並んでブレッソン入門に相応しい映画だといえるだろう。

脚本は至極単純。孤独な画家ジャックは夜のポンヌフでマルトという女と出会う。マルトは一年前に、ある橋の上で恋人と落ち合い、結婚する約束をしていた。しかし恋人は現れず、マルトは悲嘆に暮れる。他方ジャックは彼女を毎夜慰めているうちに彼女のことが好きになってしまう。マルトのほうも恋人への執着をかなぐり捨て「今日が終わったらあなたと一緒になる」と決意を固めるが、まさにその晩、マルトの前に恋人が現れてしまう。

まあ、ロベール・ブレッソンを物語的境位において観るということは、身も蓋もない悲劇を観ることと同義なので不思議はない。それでも、恋人と肩を組んで雑踏の中に消えていくマルトを呆然と見つめるジャックのやりきれない佇まいには思わず感涙を誘われた。

時代柄なのか、ヒッピースタイルの若者が多々登場する。しかし彼らこそが本作の音楽を担う重要人物たちであることは言うまでもない。ジャックとマルトの恋を盛り上げる船上の音楽隊、あるいはマルトに去られてしまったジャックの絶望をセンチメンタルになぞる路上のフォークシンガー。

あとはやっぱり手ですね。ブレッソンは世界で一番手を撮るのが上手い。ドアノブを回し、テープレコーダーを押し、女の脚を愛撫する手。そこには形容し難い神聖さが確かに宿っている。

因果