「ジェンガのように・・・」ドゥ・ザ・ライト・シング ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
ジェンガのように・・・
「マルコムX」などで常に刺激的な社会派作品を発表し、観客の好奇心を揺り動かす気鋭の監督、スパイク・リーが初期に手がけた傑作。
様々な人種が混合して生活し、絶妙なバランスをもって平穏を保っている一つの町。しかし、何でもない会話が、行動が、偏見がじわじわと安定した世界を揺らし、崩し、修復できない決別へと向かっていく。
開幕当初、何の脈絡の無いレストランの会話、英語の通じにくいアジア人と住民の食い違い、そして町を面白可笑しく俯瞰し、観察するラジオDJの番組などの言葉達が洪水の如く、溢れだして来る。それは、普段から交わされているはずのものであり、普段なら何の問題も無いはずだ。だが、その日のうだるような暑さの中で、会話は姿無き凶器へと姿を変え、静かに、町を侵していく。
ジェンガのように、言葉が積み重なっていく。少しずつ、少しずつ、それは斜めになり、傾き、崩れる。その緊迫した空気に、観客は物語当初に浮かべていた笑いを忘れ、崩壊までのカウントダウンにのめり込んでいく。この息苦しさであったり、興奮は、その場しのぎの会話で埋め尽くされた作劇では作り出せない。ぐらぐら、ぐらぐら・・もう、私達は目を背けることができない。
と、同時に観客は気付く。偏見は、差別は、そして衝突は、何か大きな事件であったり、きっかけが生み出すものではない。毎日のありきたりな言葉が、会話が積み重なる中で生じる小さな歪みが、作り出すのだ。「安定」という名の私達のジェンガは、いつ、どんなきっかけで崩れ去るか分からない。それは、事件か、事故か、はては、争いか。スパイク・リー監督の私達への鋭い警告は、人種問題という皮を被った、平和というぬるま湯への不信感である。
勢いのままに突き動かされた作品のように見えて、極めて確信を持って作られた端正な一品。この作品を見た者は、もう目の前の安静が不動でないことを知ってしまう。それは、慌しく揺れるジェンガのように、私達をあざ笑う。