「抜群のバランス感覚」旅立ちの時 因果さんの映画レビュー(感想・評価)
抜群のバランス感覚
長らく警察からの逃亡生活を送ってきたとある家族。しかし息子の進学と恋を転機に家族離散の危機が訪れる。
家族の連帯と自分の未来の狭間で揺れる息子のダニー、ダニーの自立をどうしても許せない父親、親としての責任意識に苛まれる母親、家族より自分を大切にしろとダニーに諭すガールフレンドのローナ。それぞれが己の言い分を互いにぶつけ合う。
しかしそこに序列のようなものはなく、すべての言い分が同じくらいの正しさと誤りを有した人間的なものとして等価値に描かれているように見える。
細かく見ていけば「これはちょっと酷すぎるんじゃないか」という言動もけっこう見受けられるのだが、登場人物がみんな人間臭いせいで「でもまあ仕方ないよな…」という納得のほうが先行してしまう。
たとえば進学を希望するダニーに対して父親が「家族の絆」を盾に反対するシーンなんかは、そこだけ切り取れば毒親の論理そのものだが、前後の振る舞いを鑑みると、それが最愛の息子を繋ぎ止めるための苦肉の最終手段だったことが窺えると何とも言えない気持ちになる。
時にこういう過熱的な描写が随所にありながらも、誰か一人だけが正義あるいは悪にならないよううまくバランス調整されているあたりはさすがのシドニー・ルメットと言ったところか。『十二人の怒れる男』にもそういうバランス感覚が抜群にあった。
最終的には父親がダニーの進学を認め、これによって家族離散(これは単なる離別ではなく、より精神的な繋がりの消失だ)の危機は乗り越えられた。
彼が折れたことには複合的な理由があるだろうが、彼の活動家仲間の男の死はとりわけ大きかっただろう。
男は周囲を省みることなくいつまでも暴力革命の幻想に固執し続けていたが、その結果警察によって無惨に射殺されてしまう。
父親もまた周囲の意見にも耳を貸さず、家族の絆という幻想を保つことにひどく固執していたが、男の末路をラジオで耳にしたことで、この固執が息子にとって良い結果をもたらさないことを察したのではないかと思う。