劇場公開日 1979年8月11日

「流浪、翻弄」旅芸人の記録 因果さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5流浪、翻弄

2022年11月24日
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旅芸人の本質は流浪だ。街を流れ、文化を流れ、歴史を流れる。どこにも定住することがない。アンゲロプロスは彼らのその流浪性を通して戦中〜戦後のギリシャが辿った政治的変遷をフラットに眼差す。人民軍と王党派が夜の市街地で一進一退の攻防を繰り広げる傍らでいそいそと逃げ支度に勤しむ旅芸人たちの姿は、政治という大きな主題が常に取りこぼしてきた声なき人々の存在を表象している。しかし第二次世界大戦が終わってもなお止むことのない政治の嵐は、永遠の流浪者である旅芸人たちをもその渦中に巻き込んでいく。地下ゲリラ活動に励む座員や、それを秘密警察に密告する座員。裏切りに次ぐ裏切り。一座は次第に人数を減じていく。それでも旅芸人は興行をやめない。あるときはギリシャの小さな街の人々の前で、あるときはミサイルの降り注ぐ戦火の教会で、あるときは海辺にたむろする横柄なイギリス兵の前で、彼らは滑稽な演目を披露し続ける。何者でもない彼らが二元論的政治世界を乗り切るためには、バッグの中の衣裳道具を引っ張り出して「私たちはしがない芸人なんです!」と必死の釈明を垂れるほかに生存の手立てがないのだ。

アンゲロプロス作品の醍醐味である超ロングショットはキャリア3本目の本作にして既に境地に達している。そこでは時空の境界は緩やかに融解し、じっと目を凝らせば数多の歴史的オブジェクトが幽霊のように画面を揺蕩しているのが見える。また、長回し以外にも、人民軍派の女がカメラに向かって王党派の悪辣を7分にもわたって告発する擬似ドキュメンタリー演出や、最後のシーンが最初のシーンと円環的に繋がるループ演出などは、昨今の映画界のモードを予示したかのように明敏で鮮烈だ。私が個人的に好きだったのは、旅芸人たちが海辺でイギリス兵たちと緊張感溢れる文化交流に及ぶシーンと、親族がイギリス人と結婚することを嫌悪した少年が大テーブルのクロスを引っ張ってそのままどこかへ歩き去っていくシーンだ。このように、一生に一度拝めるかどうかというレベルで素晴らしいショットが次から次へと展開されるものだから、アンゲロプロス映画を見るときはかなりの体力と精神力が要る。4時間の長丁場ともなれば視聴後の疲れはひとしおだ。しかしまあどうしてこんなに長い作品に仕上がったのだろうと思っていたところ、ギリシャ文化に精通している(というかほとんどのアンゲロプロス作品の翻訳字幕を手がけている)池澤夏樹が本作の長さについて以下のように述べていた。

『旅芸人の記録』の時間は激烈で暴力的な歴史の時間である。個人の時間はすべて歴史の中へ引きずりこまれ、分断され、ねじまげられている。もう個人の生涯を通じて歴史を辿るような悠長なことはできない。時間は物語の枠組ではなく、最も横暴な主人公となる。あの映画の複雑きわまる時間処理の意味はここにある。

(池澤夏樹『シネ・シティー鳥瞰図』所収「メロドラマの長さについて」より抜粋)

因果