うつせみ : 映画評論・批評
2006年3月7日更新
2006年3月11日より恵比寿ガーデンシネマにてロードショー
鬼才キム・ギドクの向かうところ、敵なし
映画「魚と寝る女」で客に恋する釣り屋の女、「悪い男」で一目惚れした女性を自分のシマである娼婦宿で働かせるヤクザ、「サマリア」で娘かわいさに殺人を犯す父……と、一方的な愛を描いてきたキム・ギドク監督が、孤独な男女の“寄り添う愛”を描いた。と言っても、普通のラブストーリーで収まらないところが、鬼才のスゴイところ。何せ主演の2人は、最後まで一切セリフがないのだから。
留守宅に侵入しては普通の生活を楽しむ青年が、偶然出会ってしまった、独占欲の強い夫に疲れ果てている人妻。青年は人妻を連れ去り、留守宅巡りの旅に誘う。最初は距離のある2人だったが、人妻が警戒心を解き徐々に青年の行動を真似ていく。留守宅に飾ってあった家族写真の前に立ち、一緒にカメラに収まる2人。留守宅に残されていた洗濯物を洗う2人。そして自然に一つのベッドで体を寄せ合うようになる2人……。誰にも邪魔されない時間を楽しむ2人が愛らしくて、見ているこちらの頬もつい緩んでしまう。もっともその日々は、人妻の夫の怒りに触れて危機を迎えるのだが……。
映画後半の、凡人の想像を遙かに超える展開は見てのお楽しみ。住む家は立派だが、内実は寂しい裕福層への皮肉もチラリ。鬼才の向かうところ、敵なし。
(中山治美)