シテール島への船出のレビュー・感想・評価
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孤独の曳航
遠き凍土にて30年もの間故郷を想い続けてきた男を待ち受けていたのは根無草の孤独だった。
故郷の山村に戻ってきた彼は自分たちの土地がある事業者に売り飛ばされることを知り、売却の是非を決する住民投票で彼一人だけが「否」に投票する。結局交渉は決裂し、それによって彼は周囲の村人たちから冷たい視線を向けられる。せっかく帰ってきたというのにこの仕打ちである。さらに追い討ちをかけるように、突として彼に国外追放の命が下される。
彼は妻とともに6時出発のロシア行きの船に乗り込もうとするが、すんでのところで間に合わない。かといって国外追放を言い渡された身であるため、今更本土に戻すわけにもいかない。結果、彼は海上に浮かぶ浮橋の上に一人取り残される。文字通り彼は根を張るべき大地を失った孤独者となってしまった。
その日、港町では港湾労働者たちの宴が開かれていた。雨天や警察の介入といったアクシデントを跳ね除け、人々は年に一度のイベントに自分の心身を重ね合わせる。そのダイナミズムに同期するように、先ほどまで夫の身を案じて生気を失っていた妻がステージの上に立ち上がる。そして真っ暗な岸に向かって「そっちへ行ってもいいですか」と問いかける。
夜明け、妻は浮橋の上の夫と邂逅する。夫はすべてを押しのけて自分を抱擁する大いなる愛の存在をそのとき知る。彼には、彼らにはもはや、歴史と政治によってあちらこちらに不可視の線が引かれた歪な大地などは必要がなかった。夫は浮橋の留め具を外す。浮橋は霧の立った朝の海をゆっくりと遠ざかり、そして消える。
愛は2人を救ってくれたのだろうか?真相は立ち込める霧の中に秘匿されたままだ。ただ一つわかるのは、あの浮橋もいつかはどこかに辿り着くということだ。幾星霜の年月ののち、彼らを乗せた小さな浮橋が次なる大地に足をつけたとき、どうか彼らがそこへ根を張ることができますように。
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