「地味な狙撃を映画に仕上げた良作」スターリングラード 永賀だいす樹さんの映画レビュー(感想・評価)
地味な狙撃を映画に仕上げた良作
米独英アイルランド合作の映画ということで、たぶんに偏向があるのだろうけれど、しかし戦争の悲惨さを露骨に表現した序盤はショッキング。
戦場に送り込んだロシア新兵が恐怖の余り逃げ出そうとしたら射殺、ドイツ軍の抵抗にあって撤退しようとしても射殺。物資の不足なのか、ライフルは二人に1丁とか、誇張もいいところだとは思うけれど、当時のソ連軍なら似たようなことをやったのだろうとも思う。
それくらい戦争に対してシビアに描いた。
もちろんメインは狙撃兵ヴァシリ・ザイツェフの物語。
たまたま助けた政治将校に見出され、英雄として持ち上げられる中、狙撃兵としても着実に戦果をあげていく。
作中では明白に示されないけれど、狙撃班の班長くらいはやってそうだ。
この作品鑑賞以前、狙撃といえばポイントから銃口をのぞかせて一点を捕捉しているイメージだった。
ところが本作では、窓から銃口を出すなんてマネはしない。双眼鏡を使った観測をやるし、スコープ越しにも周辺観察を入念にやる。
移動中の警戒もくどいほど丁寧に描き続ける。
あとカモフラージュした上での忍耐強さも徹底的。
ゴルゴ13や007みたいに位置についたら標的がノコノコやってきて、あっさり狙撃なんて場面はない。
戦場では誰がどこにやってくるかなど、正確な情報など手に入りっこない。空爆が続く市街戦ということもあって、環境は日々変化しているのもよく伝わってくる。
銃整備の場面こそないものの、およそ戦場における狙撃のリアリズムは徹底に追求している。
狙撃とはもう一つ別にクローズアップされるのが、「戦場における英雄」という喧伝。
絶望的な戦況下で士気を挙げるため、狙撃兵ヴァシリ・ザイツェフが英雄としてプロパガンダに利用されていく。
当初は「俺、英雄? 英雄だぜ、俺は。ヒャッハー!」な感じで喜んでいたものの、戦況の悪化とライバルの出現により、「俺ダメだよ、死んじゃうかも。勝手に祭り上げるの、やめてくんないかな」状態になっていく姿を見るのは哀れ。
その様子は、オーディションでデビューが決定した少女が歓喜していたものの、スキャンダル報道で転落していくアイドルにも似ている。
よく分からぬままに持ち上げられて喜んだのもつかの間、生き抜くことをあきらめたら悲惨な退場(兵士なら死、アイドルなら芸能界追放)が待っている。
悲惨で陰鬱だからこそ、生きている実感が強烈になる。
劇中でヴァシリが「明日がどうなるかわからないから」と紅茶一杯、タバコ一本が喜びになると言うのだけど、なんとも切ない喜びだ。
東日本大震災でも当地では結婚を急いだカップルがあったと聞くが、それと同じようなものかもしれない。
敵方に現れるドイツ軍高級将校にして狙撃手のケーニッヒ少佐は、ヴァシリとはまったく正反対。
ヴァシリは兵卒、ケーニッヒ少佐は将校。
ヴァシリは装備が貧弱、ケーニッヒ少佐は特別のタバコケースまで持っている。
ヴァシリは直観的、ケーニッヒ少佐は冷酷なまでの軍人気質。
ヴァシリはわりと多弁、ケーニッヒ少佐は必要なこと以外しゃべらない。
共通するのは、神がかり的な狙撃技術を持っているということだけ。それと戦時士気高揚のプロパガンダに深く関与しているということだろうか。
それだけに対照的な二人の対決は見ごたえ十分。
タイプの違う狙撃手による射撃技術だけでなく、心理的にも戦略・戦術的にも緊迫感のある空気を作る。
スコープを通して向き合う二人の関係は、目の前で殴りあうボクサーの試合にも似ている。ただし、こっちは一発当てればほぼ即死。
少しの油断も命取りになってしまう。相手のウラを取るための情報戦をやり、現場に入って位置取りの戦い、位置についてからのだまし合いなどなど。
狙撃という当てたら終わる戦いを、本作くらい緊迫したものに昇華した例はあまりないんじゃないだろうか。
一応、ターニャという教養あふれるロシアン美女も登場して、ヴァシリと政治将校ダニロフと三角関係っぽくなるものの、わりと蛇足気味。
狙撃戦で入り込めなかった人用の保険みたいなものだろう。
だが、ヴァシリとケーニッヒ少佐、二人の対決に関心を持てなかったら、多少のロマンスを足したところで補えるとは思えない。そういう人がたまたま本作を選んでしまったのなら、それはご愁傷様としか言いようがない。
プロパガンダの道具として利用されることで名を上げたヴァシリだが、それゆえに敵方にマークされて最強の狙撃手と対決を余儀なくされる。
万事塞翁が馬。
戦場では何が功を奏するのか分からない。ヴァシリの周囲にいる人たちも含めて戦火に巻き込まれていく。
そしてクライマックス。
必殺の一撃を加えた狙撃手が見た先には何があったか。
勝敗が決したとき、敗者はどうふるまったか。
狙撃手の待機と同じく長尺の作品に付き合った観客は、そのラストをしっかと見届けるべし。
では評価。
キャスティング:9(若々しいロシア狙撃兵ヴァシリ役のジュード・ロウ、冷徹なドイツ人狙撃手ケーニッヒ少佐役のエド・ハリス。二人の空気感がたまらない)
ストーリー:7(比較的長尺の映画ながら、だからこそ詰め込めた狙撃戦における緊迫感は見事)
映像・演出:8(戦場における人の命の軽さ、市街戦における市民らの混乱などが生々しい)
狙撃描写:9(いくぶん劇画調の部分もあるものの、狙撃待機の忍耐、だましの手口、位置取りと移動などリアリティ満点)
ロマンス:7(男臭さ満開の世界観に投げ込まれた一輪の花といったところ。なくてもいいが、あると生の実感が増す)
というわけで総合評価は50点満点中40点。
狙撃という地味かつ一瞬の射撃戦闘という映画にまったく向かない素材を、これだけ丹念に練り上げた作品というだけで見事。遠距離の銃撃戦が好きという人には超オススメ。