「色々とおかしいと思えることが多くて、「核抑止」に関する問題提起が心に響かない」ハウス・オブ・ダイナマイト tomatoさんの映画レビュー(感想・評価)
色々とおかしいと思えることが多くて、「核抑止」に関する問題提起が心に響かない
極東から米本土に向けて発射された弾道ミサイルに、米国政府と米軍がどのように対応するのかが、ほぼリアルタイムで描かれる。弾道ミサイルが米本土に到達するまでの時間が約20分なので、上映時間を考えると、当然、弾着後の状況も描かれるのだろうと思っていると、同じ出来事が、それぞれ主観を変えて、繰り返して3回描かれるので、結局、シカゴで核爆発があったのか、米国が核兵器による報復攻撃を行ったのかは、最後まで分からないようになっている。
それでは、この「同じ状況の繰り返し」に、効果があったのかと言えば、あまりそうとは思えなかった。
1回目の状況では、ホワイトハウスの危機管理室の直長とミサイル迎撃部隊の直員に、2回目の状況では、米軍の核兵器を統合運用する戦略軍の司令官と大統領副補佐官に、3回目の状況では、大統領と国防長官に、それぞれスポットライトが当たるのだが、最初こそ、手に汗握る緊迫感に引き込まれたものの、観ているうちに慣れてきて、緊張感が薄れたように感じてしまった。確かに、あの時、聞こえていた声は、こういうことだったのかという発見はあるものの、国防長官が投身自殺をする以外は、特に驚くべき展開がある訳ではなく、これだったら、それぞれに焦点を当てた1回の描写で十分だったように思えてならない。
こうした構成で描きたかったことは、冒頭で示されるように、「核抑止が機能しない世界の恐怖」なのだろうが、色々と気になるところが多いせいで、そうした危機感が実感として伝わってこなかった。
まず、弾道ミサイルに対しては、何段階にも渡って縦深的な防御態勢が構築されているはずなのに、陸上発射型の迎撃ミサイルを2発撃っただけで対処を諦めてしまうのは、余りにもお粗末なのではないだろうか?特に、シカゴのような大都市の周辺には、終末段階の弾道ミサイルにも対処可能なTHAADやPAC−3の部隊が、間違いなく配備されているのに、そのことを完全に無視しているのは、故意に、弾道ミサイル防衛を「無用の長物」と決め付けているとしか思えない。
次に、大統領は、核兵器による報復攻撃を行うかどうかで悩み苦しむのだが、どの国が弾道ミサイルを発射したのかが分からず、自国が核攻撃を受けたのかどうかも分からないような段階で、核による報復を行うなど、あり得ないことだろう。弾道ミサイルが飛来していることは事実だとしても、通常弾頭や不発弾の可能性もあるのだし、万が一、関係のない国に核攻撃を行ったりしたら、それこそ取り返しのつかない大問題となるに違いない。ここは、悩むようなところではなく、シカゴで核爆発が起きたのか、弾道ミサイルを発射したのはどの国なのか、あるいは、第2弾や第3弾の攻撃はないのかといったことを確認することが、政府の職員や軍人がやるべきことだろう。報復するかどうかということは、その結果によって自ずと決まるものであって、弾道ミサイルが到達する前に、慌てて判断する必要性などないと考えられるのである。
ここで、さらに、腑に落ちないのは、極東から飛来する弾道ミサイルの発射地点を、どうして韓国や日本に確認しないのかということである。仮に、早期警戒衛星で発射地点を見落としたとしても、韓国や日本に配備されているレーダーならば探知できていた可能性は高いので、実際には、「発射地点が不明」ということはあり得ないのではないだろうか?
と、このように、おかしいと思えることが多過ぎて、折角の問題提起が「絵空事」のように思えてしまったのは、残念としか言いようがない。
むしろ、核抑止は、核による報復を前提として成り立っている理論なので、米国が核攻撃を受けた(例えば、ロシアがシカゴに核ミサイルを撃ち込んだ)ことが明らかな場合に、米国はロシアに対して、世界が全面核戦争に突入するリスクを犯してまで、本当に核兵器による報復攻撃を行うのかという局面を描いた方が、よほどリアリティのある問題提起になったのではないかと思えるのである。

