「ヨルダン西岸地区における「壁の外側と内側」を拡張したとして」壁の外側と内側 パレスチナ・イスラエル取材記 てつさんの映画レビュー(感想・評価)
ヨルダン西岸地区における「壁の外側と内側」を拡張したとして
「壁の外側」は、ガザではなく、ヨルダン川西岸地区だった。境界検問所の通過場面は、『歌声にのった少年』でも出ていた。『ガザ 素顔の日常』よりも荒野を行き、羊飼いの仕事をしているパレスチナ人たちを迫害するイスラエル軍人たちやユダヤ人入植者たちの姿が悍ましい。ガザのようにハマスという武装勢力がない分、ヨルダン川西岸地区の人々は、イスラエルに抵抗もできずに一方的に収奪されていると言えるのかもしれない。ただし、『ガザの美容室』に描かれていたような一般住民とハマスとの間の実情を明示した場面はない。
「壁の内側」のユダヤ人たちが、集団で国旗を掲げてデモをしているのは、ハマス撃滅のアピールかと思って失望しかけたが、むしろ、人質返還のために停戦協定の遵守をイスラエル政府に求める動きだというのは意外であった。しかしそれでも、ガザの実情を知らされていないからこその動きだという。アメリカから来たユダヤ人、本作を制作した川上氏の疑問に答えるユダヤ人ジャーナリスト、そしてそのジャーナリストと同じく高校生にして兵役召集を拒否する意思表明をした人たち、ユダヤ人入植者たちによる迫害を受けた人々へのケアや交流をする平和運動家たちは、「愛国者」による非難にもかかわらずに信念を貫いている。『クレッシェンド』というパレスチナとイスラエルそれぞれの若者たちから編成されたオーケストラが、時には衝突しながら心を一つにしていく過程を描いた架空の物語があったものの、実現性に悲観的だったところ、本作は現実に進行中の実態を示してくれたとも言える。
上映後のトークで、監督の川上泰徳氏から、アラビア語を第2志望で入学した大阪外語大学で学び、中東通になり、悲惨な実態ではなく、報道されない子どもたちの日常を伝えようとして、懇意のジャーナリストと連絡を取った他は、現地で偶発的に取材したこと、普段はメモを取るところを、アイフォンカメラで撮影して映画作品にまとめたことが説明され、「壁の外側と内側」の分断は、パレスチナだけでなく、到るところにあると指摘された。観客の一人から、自分にはどのような関わり方ができるか、という問いかけがなされ、自分が知った真実をまた他人に伝えていくこともその一つだとの答えがあった。しかし、外国人排斥の信念を SNS で拡散していく現状に鑑みると、そういう対応で良いのか疑問に思うところもある。「壁の外側と内側」の権力者の情報操作による分断については、まさに自分の身近な組織にも同じことを感じている。
