「ワンカットで魅せる、時空を超えた会話劇」三谷幸喜「おい、太宰」劇場版 おじゃるさんの映画レビュー(感想・評価)
ワンカットで魅せる、時空を超えた会話劇
■作品情報
監督・脚本は三谷幸喜。主要キャストは田中圭、小池栄子、宮澤エマ、梶原善、松山ケンイチ。WOWOWで放送されたドラマの劇場版であり、全編ワンシーンワンカットで撮影されたタイムスリップコメディ作品。
■あらすじ
太宰治を深く敬愛する平凡な男、小室健作は、妻・美代子との結婚披露宴の帰り道、偶然にも太宰が心中未遂を起こしたとされる海辺に迷い込む。そこで彼は時空を超え、若き日の太宰治と、その恋人である矢部トミ子と出会う。歴史の悲劇を知る健作は、トミ子に好意を抱いたこともあり、彼女と太宰の心中を阻止しようと奔走する。しかし、そこへ現代から妻の美代子まで現れ、健作は過去と現在、そして二人の女性の間で右往左往することになる。
■感想
「おい、太宰」を観て、まず度肝を抜かれたのは、その撮影手法です。約100分間にも及ぶ全編をワンシーンワンカットで描くという試みは、まさに驚異的です。カメラが一度も止まることなく、現在と過去がシームレスに行き来する様は、主人公・小室健作の混乱と葛藤を浮き彫りにしているようです。まるで舞台を観ているかのように、途切れない時間の流れに心地よく身を委ねることができます。
この常軌を逸した長回しを成立させているのは、ひとえに俳優陣の圧倒的な力量に他なりません。三谷幸喜監督作品ならではの、緻密に練られた会話劇が淀みなく繰り広げられ、その一言一句、間合いの全てが計算され尽くしているかのように感じられます。なかでも、ほぼ出ずっぱりで物語の軸となる田中圭さんの演技は圧巻でした。あまりにもタイムリーで現実の彼の姿とリンクしてしまうところもありますが、過去と現在を行き来し、太宰とその恋人、そして自身の妻に翻弄される姿は、彼の持つユニークなコメディセンスと人間味が最大限に引き出されているように感じます。
そして、脇を固める俳優陣の奮闘も忘れてはいけません。特に印象的だったのは、小池栄子さんの挙動不審なダンス!? その演技に思わず頬が緩みます。それと、終盤で魅せる宮澤エマさんの妖艶な変化!太宰に翻弄されながらも、妻から一人の女性へとみるみる表情を変えていくその様に、彼女の新たな魅力を発見できます。コメディでありながら爆笑の連続というわけではありませんが、随所に散りばめられたユーモラスなやり取りや、役者たちの機転が利いたアドリブのような応酬のおかげで、最後まで楽しく鑑賞できます。
WOWOWで放送されたドラマ版の劇場版ということで、そのラストが異なるというのも興味深い点です。史実にとらわれないドタバタとした結末は、この作品全体の軽妙なトーンにとてもよく合致しており、観終わった後もほのぼのとした余韻を残してくれます。確かに映画館で観るべき内容や映像とまでは言えないかもしれませんが、ワンカットという挑戦と、それを支える役者たちの熱演を間近で体験できるという点では、そこそこ満足できる作品でした。