終点のあの子のレビュー・感想・評価
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奥田瑛二は知ってるけどオクサワエイジは知らない
小田急線のホームから学校とは反対方向の片瀬江ノ島行きの下り電車に飛び乗ってしまう女子高生。
だけれども、その学校は小田急線ではなくて、六義園の隣にある女子高だった。文京女子。レンガ塀でわかってしまった!気になって仕方なかった。
當真あみちゃんは大人びた中島セナちゃんや深川麻衣、小西桜子に影響されて、高校生なのに頭が混乱してか、やらかしてしまう。
窃盗罪に器物破損罪だ、敵前逃亡罪だとかいわないであげてちょうだいね。
女子高は怖い。
マリー・アントワネット カフェ。
大学の学園祭なら、トマトハイが売りのブラッディーギロチン居酒屋マリー・アントワネットか。
マンモス女子高の生徒の6人に1人は生理中で、トイレにはおびただしい血が!と考えるとホラーでしかない。
小西桜子の出番がほんのちょっとで、しかもほとんどうしろ姿なのが、すごく不満😎
大人になると忘れている学校の教室の空気感を思い出す作品
羨望、嫉妬、愛憎
予定してた回が監督と深川麻衣の舞台挨拶付きと気付かず、ギリギリで席を確保。
導入が雰囲気映画っぽく、序盤は物語というより日常の断片にしか見えず、不安に。
全体を通しても、関係と感情の変化を見せる作品だったように思う。
冒頭から一歩引いて周りに合わせる希代子が印象的。
それ故に、朱里が彼女を選んだ理由が掴めないのだが、きっと何かがあったのだろう。
希代子の方は分かり易く、自分にはないものを持つ朱里に憧れ、声をかけられた喜びがまずある。
しかし瑠璃子とアッサリ打ち解ける姿に嫉妬が燻りだし、日記によって愛憎が反転した。
(ついでに奈津子も希代子に同じ感情を抱く)
確かこのあたりでスカートが短くなるのが上手い。
人って自分と違う人を羨むし、仲良くなれたらなんて思うけど、やっぱり違うからズレが生じる。
上手くいくことも勿論あるけど、基本は同類の方が円滑だ。
希代子にとって、瑠璃子も憧れ側だったのだろう。
中盤からは女性的な陰湿さが溢れ、その解像度の高さから腹のあたりが重くなる。
朱里を含めた全員がズルいコです。
マリー・アントワネットカフェを提案した時の當真あみの複雑な表情は、本作の白眉。
ただ、時系列が飛び飛びで描かれることもあり、空白を読むのは困難。
特に裁判から逃げた希代子と恭子や、希代子を取られた奈津子と朱里が繋がってた点は疑問。
全体の音を拾ってメインが聞き取りづらいのも苦手。
それまでリアルな機微を描いてたのに、最後の最後にアート系の演出で締めたのも微妙。
しかし、青春の痛みはよく表れていたように思う。
【”For get me not blue.勿忘草。一緒に居たかっただけなのに。”今作は自由思想の帰国子女女子高生と、周囲の目を気にしながら生きる日本人女子高生との友情と別れを描いた儚い作品である。】
■私立高校に通う、実家が呉服店のキヨコ(當真あみ)。目立たない真面目な子。ある日、帰国子女のアカリ(中島セナ)が編入してくる。青い私服で屈託なく学校にやって来た彼女は、海外暮らしが長く著名なカメラマンの父を持つが、現在は一人暮らしである。
そんなアカリはキヨコに興味を持ち、キヨコも自分にはないモノを持っているアカリに惹かれて行くのである。
◆感想<Caution!内容に触れています。鑑賞後にお読みください。)
・観ているとアカリの行動パターンは、独りでいる事を苦にせずに、思う通りに行動している。(立ち入り禁止の屋上に、キヨコを誘ったり、学校に行かずに江ノ電の終点まで良く行っている。)
・一方、キヨコは典型的な日本人として描かれる。周囲との軋轢を避け、雰囲気に合わせながら生きている。仲間外れにされないように・・。
・そんなキヨコにアカリは江ノ島に行こうと誘い、彼女も”うん”と答えるが、通学の際に二人は学校に行かずに江ノ電に乗るが、キヨコは”ヤッパリ、学校へ行く。”と言って一人降りてしまうのである。
・それが、切っ掛けだろう。アカリとキヨコの間に微妙な距離感が出る。そして、或る日キヨコはアカリの家に招かれるが、彼女の部屋に有った青いノートを見つけ、自分や、クラスメイトや先生の事を否定的に書いた内容を読んでしまうのである。
ー 自由思想の帰国子女女子高生から見た”和を持って貴しとなす。”日本的思想で枠の中で生きる人達へのシニカルな見方が横溢しているのである。
そのきっかけは間違いなく、自分と約束した江ノ電の終点まで行く事を守らなかったキヨコの一件である。-
・キヨコは、それを見て怒りに駆られ、且つ文化祭でアカリが言っていた”マリーアントワネットの恰好でカフェを開く案"を出し、初めてクラスで脚光を浴びるのである。
そして、キヨコはアカリのノートをカッターで切り裂き、文化祭が終わった会場にそのノートを置くのである。
・クラスの雰囲気は、アカリに対し阻害する動きとなるが、そのためにアカリは学校に来なくなる。
先生はそれを問題視し、キヨコは後ろめたさを感じながらも、アカリと出会うまで仲が良かった女子に無理に明るく話しかけるが、逆に”ズルいよ、キヨコ。アカリと会ってから、私のことを気にした事がある?”と問いつめられるのである。
■そして、時は流れ、皆は大学に進学している。
が、アカリとは連絡が取れない。蟠りを持つキヨコは美大に進んだアカリと漸く出会う。且つての”江の島の海岸を描いた青い絵”の前で・・。
二人は、そこで”マリーアントワネットの恰好でのカフェで、キヨコが先輩のルリコ(深川麻衣)と踊ったように”踊るのである。
だが、二人の溝は埋まる事はなく、そのまま別れるのである。
<今作は自由思想の帰国子女女性高生と、周囲の目を気にしながら生きる純正日本人女子高生との友情と別れを描いた儚い作品である。>
當真あみに★★★★★😍😍😍😍😍
自分が今一番注目している女優、當真あみ目当ての鑑賞。
彼女の演技が見られて満足したが、映画そのものは自分には
合わなかった。
原作がどうなのかは知らないが、何を伝えたいのかが今一つ
伝わってこなかった。
希代子(當真あみ)、朱里(中島セナ)の2人を中心とした話。
2人の性格の違いとかは割と分かりやすいが他のクラスメートや
交際相手など周囲の人間があまりにも普通過ぎて印象に残らない。
カメラワークが好みではない。どうしてこういう画面の切り取り方を
する?というのが分からないカットがあったり、常に手持ちカメラで
手ブレさせながら撮る手法に最後まで馴染めなかった。
音、音楽がうるさい。電車内・教室・体育館・居酒屋などその場の
臨場感を強調した音にしたかったのかも知れないが、環境音に
かき消されて台詞が聞き取りにくくなるのはいかがなものか。
音楽も自己主張が強い。やはり音楽のせいで台詞が聞き取れない
場面があった。
全体的に監督の自己満足で終わっている印象だった。
物語の中で意見交換や本音を言い合う絶好のチャンスかもしれない
場面をあえて省いて時間を飛ばしてしまう意味も分からなかった。
當真あみを愛でる映画としてはまあまあではある。コスプレさせたり
着物を着せたりして絵的に様々な姿を狙っていたのは良かった。
ポスターにあるマリー・アントワネットのコスプレは見物。
他にも何人かがコスプレをしているのに彼女だけ別格のオーラで
輝いて見えた。
演出に関しては別に感心しなかったが、やはり當真あみという素材が
良いので見ていられる。
「ストロベリームーン 余命半年の恋」の時は純粋・天真爛漫・儚い
という絵に描いたような分かりやすいキャラクターだったが、本作は
もっと複雑。クラスメートとの距離感や自分自身がどうありたいかとか、
人からどう思われたいかとか、正解が分からないこの年代の女子高校生
らしい心の機微や悩みなどが良く表現できていたと思う。
當真あみに興味がある人はきっと観に行くだろうし観て損はない。
しかしそれほど関心がない人には薦めにくい作品だ。
観たかった部分
女子高ならではだろうか?この生徒同しの緊迫感は引き込まれる。主演の當真あみさんの本来イジメに関わらない様に見える見た目と細やかな表情が、余計に深刻さを増す。
数年後、未だソレを引きずって生きているのも良い。
ただ、この映画も最近多い、観客が観たいと思う部分をバッサリ抜いているのが特徴。
特に学級裁判のくだりが丸々描かれず、生徒達が何を話したのか?そして希代子はどうクラスに迎え入れられたのか?3年後の会話から想像するに、希代子も朱里も卒業したと思える。なら、それまでどんな日々を送ったのか?
1番観たい部分を想像にお任せします、では、やはり逃げにならないか?
残念。
#終点の彼女
全く良さが見えてこない監督の“こだわり(?)”
迷いに迷った挙句に対抗作品が次々と候補から落ちて、やや消極的に劇場鑑賞を決めた本作。そもそも、この作品に興味を持ったのは「原作・柚木麻子」。正直、彼女については本業の作品は全くの未購読で、むしろ本業以外の活動でご本人による話を聞くことばかり。Audibleのライブラリーにも数冊が積読状態で、最近(1/16)、本作の公開に合わせて原作が追加されたため劇場鑑賞する気持ちに後押しが。ただ、「原作原理主義」とは言わないまでも、原作がある作品の映像化には巧くいっていないものも多いため、ガッカリする気持ちを軽めに抑えるためにも“敢えて”先に映画を鑑賞です。
高校に進級した初日の登校時、中学からの友人たちとのおしゃべりに突如、後ろからその会話に参加するように話しかけてくる声。振り返るとそこには、鮮やかな青一色のワンピースを着た少女が。あっけにとられながらも教室に着くと、なんとそこにあのワンピースの少女がやってくる。それが、希代子(當真あみ)と朱里(中島セナ)の出会いだった。
『かがみの孤城』で初めて知ることとなった當真あみさん。最近はドラマも含め、立て続けに主演作品が発表されていますが、私にとっては『水は海に向かって流れる』以来の出演作。流石にまだ「上手いか下手か」を問うレベルではないかな、とは思いますが、コンスタントに出演作品が続いている今こそ頑張り時だと思います。本作では、序盤こそ引っ込み思案で本心を表に出さないタイプの希代子が、朱里と付き合ううちに突如自我が刺激され、思い切った行動や激しい感情に揺れ動く様を演じています。華奢で童顔なこともあり、しばらくは本作のように「学生役」が続くような気もしますが、容貌から思われがちなイメージを裏切る本作の“希代子”は大変チャレンジングな役でありつつ、しっかり表現できていたように感じます。今後も注目させていただきます。
でもって、、、冒頭で触れた「迷いに迷った」理由は監督・脚本(おそらく編集も)の吉田浩太氏。フィルモグラフィーを確認すると6作品ほど鑑賞記録がありましたが、いずれも“傑作”と言うには程遠く、、そう言った意味ではハードルを下げていたつもりだったのですが。。。全般アップが多く、まるで素人の手持ちカメラのようにガチャガチャした映像、周りの音に埋もれ気味で聞き取りずらい音声、そして、役者の演技に一切浸せるつもりがないような編集などなど、恐らくご本人にとっては大変なこだわりなのかもしれませんが、少なくとも私には良さが解らないというか、ズバリ、全くもって良くない。原作未読のためどのように脚色されているのか判りませんが、本作を観る限りは単に時系列を追った学生時代のダイジェストに見えてしまい、作品やキャラクターたちに対する愛が感じられない仕上がり。少なくともストーリーは理解できるし、ちゃんと雰囲気も感じる。そしてどのキャラクターの気持ちにも寄り添えないことはない。それだけに、若さと言う残酷さで傷を負いながら、逃れようのない“あの頃”を生き延びた3年とその後の対峙に、苦々しく感じながらどっぷり浸かりたかったのに、、
下げたはずのハードルすら越えてこず、吉田監督、もう次はないかな。よし!明日にでも原作を読み始め、作品に対する印象を“洗い替え”するぞ!
希代子はよくいる、典型的な人間だと思う。孤立になりたくない気持ちか...
流れ動く乙女の心理描写を描いた秀作
結構鋭利だったねー。 キャラクターはあるあるとまでは言えない設定だ...
モヤっとするけど…
嫉み、妬み、自己顕示欲、注目されたいけど目立ちすぎたくない…思春期の女性特有の感情(特に未熟な感情)が教室に入った時から感じられる。あの独特の淀んだ空気が映像になってて、かなりモヤっとするけど…それが凄いと思う。自由奔放に見える朱里と、周囲の目を気にする希代子の正反対な2人とクラスメイトの人間関係がじっとりしてて、学生時代の息苦しさが蘇る映画。私はラストシーンが…ん?となったので★控えめに3つ
もやもや感、爽やかに見せかけた描写
爽やかな青春系の物語を期待して見に行った方、多かったと思います。ポスターや色使いから感じられるエモーショナルな雰囲気は序盤のみ、ほぼ女子高のねっとりしたいじめの話で見ていて辛くなりました。最後歩み寄って行った希代子に対し、精神的成長のない朱里ももやもやしますし、全員結局孤立して終わるというエンドです。勿忘草色をキーにしたいのかと思えばそうでもなく、本当は忘れないでという意味でもないようだし、何が描きたかったのかよくわかりませんでした。
映画の終点は片瀬江ノ島ではなく西高島平だった
2026年映画館鑑賞4作品目
1月24日(土)109シネマズ富谷
通常料金2000円
監督と脚本は『お姉ちゃん、弟といく』『象のなみだ』『うそつきパラドクス』『女の穴』『ちょっとかわいいアイアンメイデン』の吉田浩太
吉田浩太監督作品だとちょっとエッチなやつが多いきらいがあるがこれは全くそれはない
甘くて苦いガールズ青春物語
文化祭のマリーアントワネットカフェが良い
ドレス姿の當真あみが良い
着物姿の當真あみも良い
若くて可愛い女子が多いなかやはり主演の當真あみに尽きる
小顔でスリムのせいかお尻が大きく見える錯覚
それも良い
中島セナがなんとなく遠目で見ると江口のりこっぽい
モブキャラのクラスメイトで眼鏡女子がいたが可愛かった
着地に失敗してる
えっ終わり?
配役
急速に親しくなった朱里の自宅に招かれ朱里の日記帳を勝手に読んでしまいその内容にショックを受ける中高一貫の私立女子高の内部生の立花希代子に當真あみ
青いワンピースで登場した外部生で海外暮らしが長く父親は美大出身の著名なカメラマンの奥沢朱里に中島セナ
希代子と朱里のクラスメイトで仲が良かった希代子が朱里と親しくなった事がきっかけで疎遠になったので憤っている森奈津子に平澤宏々路
希代子と朱里のクラスメイトで彼氏持ちのイケてる女子グループのリーダー的存在の菊池恭子に南琴奈
希代子と朱里のクラスメイトに陣野小和
希代子と朱里のクラスメイトの早坂友花に八木美樹
希代子や朱里のクラスの担任教師の名村洋子に野村麻純
希代子の母であり老舗の呉服屋を経営する立花美恵子に石田ひかり
美恵子の店でバイトしている美大生の瑠璃子に深川麻衣
ドイツで暮らす朱里の父親の恋人で日本に住む朱里のお目付役のメイコに小西桜子
恭子の恋人の楠木卓也に新原泰佑
感情の色彩
ハリボテのあの子
中高一貫の女子高で、高校から入学してきた自由奔放な同級生とつるむ様になり翻弄される話。
友達との通学途中、背後から青い服の女性に勝手に会話に入って来られて、誰あの人?からの、学校に着いたらえっ?同級生?そして制服じゃなきゃダメなこと知らないってそんなアホな話しあるわけねーだろ!と脚本の安さっぽを感じる序盤。
更には、自由奔放というよりも、挨拶もまともにできない自己中にしか見えませんが…な流れに、NOと言えない主人公が振り回される展開だけど、これは演出なのか演技力なのか、2人とも顔の表情が乏しく、特に朱里は狙いなんですかね?
デスノートからの流れも、まあ言いたいことはわからなくはないけれど、すぐに父親の名前を使って誰も彼も見下して勘違いしている様にしかみえないヤツに拘ることが???という感じでハマらず。
もうちょい登場人物の設定を魅力的な感じに出来なかったのかな…。
ガラス越しに見た海は美しく、足元に迫る波は不快だった
2026.1.26 イオンシネマ久御山
2026年の日本映画(125分、G)
原作は柚木麻子の同名小説
中高一貫の女子校にてヒエラルキーの中心にいたがる女子高生を描いた青春映画
監督&脚本は吉田浩太
英題は「A Girl at the End of the Line」で「列の最後尾の少女」と言う意味
物語の舞台は、都内某所の中高一貫の私立女子校
内部生として高校に進学することになった立花希代子(當真あみ)は、登校途中にて、青い服を着た見知らぬ女性(のちに外部生としてクラスメイトになる奥澤朱里、演:中島セナ)に声を掛けられた
その後、クラス分けを経て、中学校からのクラスメイトの森奈津子(平澤宏々路)と再会した希代子は、青い服の女がクラスメイトだと知って驚きを隠せなかった
その後、慣れ親しんだ奈津子たちと行動を共にするようになった希代子だったが、朱里がいろんなクラスメイトたちと仲良くなっていくのを横目で見ていた
ある日のこと、朱里は希代子に声を掛け、昼食の交換をしようと言った
そして、そのまま2人きりで屋上にて食事をすることになり、その日から奈津子よりも朱里と過ごす日々が増えていった
朱里は絵が上手く、担任の名取先生(野村麻純)の似顔絵や漫画などを描いていた
クラスメイトに、は朱里とクラス委員で中心的な存在の菊池恭子(南琴奈)を頂点とした輪が出来上がりつつあった
希代子は朱里との交流が増え、さらに恭子と朱里のことについて話したことで、そのグループへと近づいていく
だが、ある日を境にして、その関係は一瞬で崩壊してしまうのである
映画は、朱里の自宅に招かれた希代子が、そこで彼女の日記帳を見つけてしまうところから動き出す
そこには担任の先生の似顔絵や漫画などが描かれていたが、そこに希代子や奈津子、恭子などの似顔絵も描かれていた
そして、それぞれに対する悪口のようなものも書かれていて、希代子は咄嗟にそれをカバンの中にしまい込んでしまった
帰宅後に読み進めると、そこには「学校もクラスメイトも退屈」と書かれていて、「パパのように自由に行きたい」と綴られていたのである
物語は、希代子が朱里の本心を知ったことで距離を置く様子が描かれ、さらにその本音をそれとなくクラスメイトに開示していき、朱里がクラスからハブられる過程を描いていく
文化祭の出し物に敢えて朱里が嫌いそうなカフェを提案したり、クラスメイトと仲良く踊ると言った内容を提案していく
希代子は恭子と共にクラスの中心的な存在になっていくのだが、それも束の間のことだった
恭子は無視しても朱里が気に留めないことを指摘し、希代子は彼女に気に入られようとさらに朱里を攻撃するようになる
そして、彼女の日記帳をズタズタに切り裂いて、彼女の机の上に放置してしまう
さらに気遣っているふりをしながら優しい声を掛けるものの、朱里は「そんなに嫌いなら近づかなければいい」と希代子の感情を切り捨てるのである
個人的には女子校には全く縁のない人生なのだが、思春期の女子高生の世界はこんなにホラーなのかと驚いてしまった
ヒエラルキーの下層にいることに耐えられないのに、自分の意思は隠したまま他人を動かそうとする希代子は、かなり卑劣な人物であり、この状態を変えないまま、朱里と仲直りをしようと画策したりもする
再会を果たした時も、自分の意思ではないことを仄めかしながら行動を起こしていて、常に人目を気にしている様子が窺える
とにかく見ていてキツい内容で、どこかの時点で誰かが自殺でもするんじゃないかとハラハラしてしまう
映画のラストでは、希代子と朱里が文化祭のダンスをする映像が流れるのだが、あれは希代子の心象風景なのだろう
そして、そこには朱里が描いた海の絵だけが飾られていた
この絵は朱里が高校時代から描き始めていたもので、それが大学の展示会で飾られることになった
絵をよく見るとわかるのだが、あれは列車内から海を眺めたものとなっていて、エンドロール中にも電車の音が響き渡っていた
あの瞬間は希代子が海にいくのを辞めた瞬間であり、それは朱里の日記にも書かれていた瞬間でもあった
あの時に終点まで行かなかったことで道を違えることになり、朱里の中ではあの瞬間が最高の時間だったのかもしれない
希代子には、弾劾裁判を欠席し、全ての責任から逃げつつも、朱里との仲直りをしたいみたいな軽薄な感情があって、それはきちんと拒否されると言う結末になっている
この希代子の類まれなる自己中心的な思考と行動がホラーであり、それを純真無垢に見える女優が演じているところが怖くもある
外面と内面は一致するともしないとも言えるが、それにしても強烈な内容だなあ、と思った
いずれにせよ、女性が見たらもっと違う感想になると思うし、女子校出身だとさらに捉え方も違うように思う
自分の感情を平静に保つために他人を利用したり、貶めたりすることに対して良心の呵責があるかは個人差があると思うが、希代子は自覚症状のないモンスターなのだろう
それを思春期の感情の揺らぎと言って良いのかはわからないが、現実だと何人か死んでもおかしくない案件だと思うので、映画の中の人たちは随分とタフだなあと思ってしまった
説明不足感は否めない
結局、あの日記に書いたのは第一印象で今はそう思っていない・・・ってことではなくて、ずっとそう思っていたのでしょうか。
だとしたら「そんなに嫌いならほっといて」というのはブーメランな気がする。
まあ、女子高なんてこんな感じのいじめはあるんだろうなって。
都合のいい友達関係とか、原作者が女性なのでリアルに描けているのかな?と思った。
自分は男なので、本当の意味でのわかる部分はないと思うけど。
弾劾裁判の内容はどうだったのか、その後の2年間がどうだったのか。
そこがわからないから、いきなり3年後・・・ううむ。
朱里が結婚する瑠璃子に安定を求めてって言っているけど、すごい偏見だな。
まあ主婦になって芸術活動をやめるのかどうか、そういう所も何も説明されないからわからないんだけど。
そんなこと言ったら、結婚している芸術家はすべてつまらんのかね?朱里からすると。
踊っていたのはイメージなのか何なのか。
最後別々の方向に行くから、所詮立場が違うってことなのだろうか・・・。
自分の読解力ではこのあたりまででした。
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