五十年目の俺たちの旅のレビュー・感想・評価
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老いを認める。俳優も脚本家も、共に旅した“俺たち”も
始まりは1975年から76年にかけて放映されたドラマ「俺たちの旅」。この連ドラを観たかどうか、観た人でも何歳頃に視聴したかによって、本作「五十年目の俺たちの旅」の感想も違ってくるだろう。
自分は小学校高学年の頃に「俺たちの旅」を毎週楽しみに観ていて、カースケやオメダが青春を謳歌する日常、生き方や恋愛に悩む姿も含めて単純に憧れた。オメダの妹の高校生・真弓役の岡田奈々は可憐で(出演時の実年齢も16歳くらいだったのを後から知った)、その母親役の八千草薫も美しい大人の女性だと子供心に思った。
当時の社会情勢や若者文化といった背景事情を知るのはずっと後だが、世界の潮流に呼応するように日本でも60年代後半に盛り上がった学生運動が69年にピークを迎えるも、71年の内ゲバ殺人事件や72年のあさま山荘事件を経て、左翼思想やその運動が急速に冷めていったのが70年代前半。今思うに、大学を卒業する頃になっても自由な生き方を貫こうとするカースケと、サラリーマンになり保守的な社会に適合しようとするオメダとグズ六は、学生運動の理想が挫折して熱い想いを持て余した若者たちの相半ばする感情をそれぞれ象徴するキャラクターとして描かれていた。
日本テレビが劇場版の公開に先駆け、2025年10月からBS日テレで「俺たちの旅」全話と10年目、20年目、30年目のスペシャル版3本を再放送したのは粋な計らいだった。その2年前にもドラマシリーズは再放送されていたが、BS日テレ版のほうがリマスタリングを施されたのか画質が大幅に改善していた。スペシャル版3本で語られたストーリーを踏まえての「五十年目」なので、当然事前に観ていたほうが劇場版の話に入りやすいが、回想として過去作のシーンが適宜挿入されるので未見でも分からないことはないだろう。
連ドラのメイン脚本家で、スペシャル版3本でも脚本を担った鎌田敏夫が劇場版でもシナリオを執筆。ドラマ46話のうち半数近くとスペシャル版3本で監督を務めた斎藤光正が2012年に死去したため、鎌田が中村雅俊にメガホンをとるよう打診し、中村の映画初監督が実現したという。
ドラマ版から50年を経て、中村雅俊、秋野太作、田中健、岡田奈々ら主要キャストは当たり前だが歳を取った。役者として当然キャリアを積んできたわけだが、駆け出しで演技も未熟だった頃のキャラクターの50年後を表現するわけだから、二十歳前後で自ら演じた人物に50年分の年輪を加えるような、単純に70歳くらいの人物を演じるのとはまた違う難しさがあったろう。
脚本も、良くも悪くも昭和を引きずっている印象を受けた。序盤の、これはサスペンス?それともサイコホラー?と疑問だらけになる筋は正直微妙で、以降の展開からも、過去作全体のトーンからも浮いている気がした。終盤の病院のシーンで、カースケとグズ六が順に前進しながら熱弁する演出なども、なんだか昭和時代の演劇みたいで、観ているこちらが気恥ずかしくなるようなアナクロ感に参った。
まあ仕方がない。俳優も脚本家も、そしてオリジナルの連ドラから観てきた私たちも“俺たち”と自称させてもらうなら、みな同じ年月のぶん年老いたのだから。
敷かれたレールを、定められたコースを進むのではなく、どちらの道に進むか悩み、選んだ道がよかったと喜ぶこともあれば、別の道を選ぶべきだったと後悔することもある。でもそれが人生であり、だから人生は“旅”なのだと教えてくれたのが「俺たちの旅」だった。ドラマの内容はあらかた忘れていても、旅するように生きることへの憧れは心の奥底に染みこみ、そうした憧れを抱いたまま、あるいは実践するように生きてきた人も少なからずいるのではないか。「五十年目の俺たちの旅」に、そんな感慨を覚えた。
小椋佳の音楽も素晴らしい
2026年ベストムービー!⭐️⭐️⭐️✨✨
テレビを通して聞いていたカースケの言葉は「いいなぁ、熱いなぁ」ぐらいだったんですが、スクリーンを通して聞くと心に刺さりまくって、劇場で号泣してしまいました笑
このシリーズ全ての物語があまりにも特別過ぎて星5つでも足りないぐらいです。確かに今の時代の目から見ると、とてもマッチョな思想感が色濃いシリーズなんですが、10代20代の時に抱いていたあのモヤモヤした感情や思いをこんなにまではっきりと描写してくれている作品は他にはありません。
*この続きが果たしてあるのかないのか?…神楽坂へ帰ったオメダを中心にまだまだ一波乱も二波乱もありそうな予感です笑
50年経っても変わらない感動
どこまで続く?俺たちの旅
テレビシリーズ終了後、10年おきにスペシャル番組がつくられてこいたが、今回は劇場作品で。前作より20年経過。キャスト、スタッフが鬼籍に入ったため製作が中断されてしまったようで。本作は主人公3人がその20年分飛び火して、それぞれの職務についている。中村雅俊扮するカースケは工場の社長に。このエピソードは中途半端に終わってしまい、オメダ(田中健)が次期知事選の選挙からまた逃避行してしまったのをグズ六(秋野大作)と救出に向かう、いつもの展開に。ここから過去作品にフィードバックしながら展開していく。そこに吹っ切れない過去と今の現実の板挟みになるオメダの苦悩に、ふたりが首を突っ込むが、ここでもまたいつもの言い合い。彼らは50年前に戻っていく。このドラマはなにもことが解決しなくて、互いがぶつかり合いわが主張の正面衝突を描く。同窓会的作品でしかないが、オリジナルを尊重した仕上がりであった。シリーズを見ていない人は理解しにくいかもしれないが、わからないものを見るのも映画の楽しみである。
このような人気シリーズの映画化はオリジナルを損ねるから、やめてくれ!的なことがあるのでが、本作はその水準はクリアしている。年をとったことを卑下しない姿勢には好感をもった。またこの三人の人物像が実によくできていると改めて思った。これは同じ脚本家による「男女七人夏物語」にも生かされている。バディものは3人で~
昭和を感じたくて鑑賞
五十年目の答え合わせ
私は作中のカースケよりほんの少し下の年代で、連続ドラマはリアルタイムで観ました。その後の10年ごとのスペシャルドラマは観ていませんが、出演者の年齢からこれが最後になるであろうと、登場人物たちの50年後の人生の答え合わせを見るつもりで劇場に足を運びました。
途中で挿入された過去のエピソードは、スペシャルドラマを観ていない者には状況が分かりづらいですが、カースケに子供がいたことは意外でした。
そのカースケは町工場の社長で一人暮らしのようですが、全く生活感が感じられず、若い社員とのギャップや後継者問題が語られることもなく、年齢を幾つに設定しても同じようです。新入社員とのエピソードより、一人でご飯を食べるシーンでも入れた方が現実感を持たせられたでしょう。また、どうして洋子を受け入れなかったのかは分かりませんが、砂時計を見つけてから周りともども洋子、洋子と騒ぎ立て、挙句に一人思い煩うシーンには全く共感できませんでした。
知事選進出を前にして、突然家族を捨てて旧家に戻ると言い出すオメダ。何か隠された事情があるのかと思いきや、還暦を過ぎて駄々っ子に戻ってしまいました。認知症を疑うべきでしょう。最初は反対していたカースケたちが鳥取まで出かけ、家族を熱く説得する様には呆れてしまいます。娘がマトモで良かった。
グズ六くらいは子や孫に囲まれて、テンテコマイしていて欲しかった。
オメダの妹役の岡田奈々は還暦過ぎても可愛いかった。役どころとしては色々なところに顔を出すが、存在そのものが疑わしい幽霊のようでした。
老いを感じさせない演出や話しの運びは無理があり過ぎ、演じる役者の衰えが痛々しく見えました。50年目を題材にしながら、どうして老いを避けてしまったのでしょうか。それでも前を向いて生きていく、で良かったのに。
文句ばかりを並べましたが、半世紀前を懐かしみ、感じたことを書いてみようと思わせてくれたんだから、星四つ。
曳航する70年代への憧憬 俺たちの旅あるいは自由への長い旅
まず認識すべきは、これは75年秋から76年秋迄の本放送及び3回の特別編の完全な続編であり、現在の3人の視点を通じて現在から70年代を遠望するセンチメンタルジャーニーにほかならず、その視点を皮膚感覚レベルで共有しない者の中途参加は禁止とは言わないまでも無意味であることを強調すべき極私的映像抒情詩だということである。私自身は本放送、特別編全てを視聴した同時代共有者として、3人と脚本家の同窓会的空間に没入し耽溺することができた。本放送の何回目かで、オメダがカースケとグズ六にぼそっと「俺たち、死ぬまで仲間でいようよ」といったが、その言葉のとおり、50年の後も3人は確かに仲間だった。
今回もオメダの責任放棄を中心に物語が展開する。現在置かれた境遇、仕事の始まり方が本意ではなかったとしても、それが20年30年と続けば、否が応でも職業人、公人として周囲の関係者、家族への責任や義務は抗いがたいほど大きくなる。それが「人生で本当にやりたかったこと」と一致するなど奇跡に近い。大多数の大人はその現実を受け止め「俺の人生もこんなものか」と腹を括り、半ば達観し半ば諦める。それがオメダは「本当にやりたいことは神楽坂の家に帰ることだ」と、公職も家族も放り出す。家族や関係者からすれば無責任理不尽極まりない。50年前、カースケに「お前と仕事したい」と言われ会社をやめ、今度は娘に「ママは私が守る、さよならオメダさん」の一言で仕事も病気の妻からも逃げ出す。なんとも情けないダメ男に思えるが、反面、仕事も家族も人生の自由を奪う頚城であり、自分を理不尽な義務と責任の奴隷とする負債でしかないとの視点も確かにあり、そのピーターパン的情念を否定するほどの道徳観を私は持ち合わせない。50年前、カースケに「俺はお前ほど自由に生きられない、お前ほど強くない」と叫んだオメダが、その表情に苦悩と葛藤を強くにじませつつも、今は3人の中で一番自由を渇望し神楽坂の実家に戻るという自分の願望に拘り、我を押し通してある意味「強く」生きる道を選んでいる。いい加減なようでその実、続編では常にちゃっかり小市民的成功と安寧を獲得しているカースケより遥かに強く生きているようにさえ見える。
カースケも徹頭徹尾洋子の面影を負い続け、彼女との関係性の反芻においてのみ自己の身体性を保っているように見える。更にカースケのオメダの家族へ抱いていた憧憬の告白に至って、カースケとオメダにとって洋子とオメダの家族は救済のメタファーだったと確信した。二人はそれぞれ二つのメタファーを共有し、胸に秘め続けることで50年間の長い旅をかろうじて生き続けてきたのではないだろうか。執拗に繰り返される洋子、オメダ家族の回想により、メタファーが現実に息づいていたあの70年代に行きつ戻りつし続ける50年がより強調される。生きることは淋しく切ないが、秘めたるメタファーによりあの時代に戻る視座を失わなければ、切なく淋しい人生もかろうじて救済される。その思いが強すぎれば今の現実よりもその救済の中に埋没することを選ぶ生き方もありだということかもしれない。
突堤の上にグズ六と二人たたずみ、カースケは気づいたのだろう。オメダ、お前はまだいい、神楽坂の家が残っている。だが俺は洋子に二度と会うことはできない。ならば一緒に帰ろう。お前の望みをかなえれば、お前をあの家に帰してやれれば、それをよすがに俺も一緒に帰ることができるかもしれない。オメダの家族や洋子が確かに息づいていたあの頃に、あの70年代に。お友達ごっこと笑わば笑え。病院内での大声も大袈裟な仕草もかまうものか。俺たちは今ここで俺たちの旅を救済し決着をつける、俺たちの旅に意味と答えを与えるのだ。20年目の続編で家族も仕事も放り出しマジョルカに出奔したカースケ、今まさに家族と仕事を捨てて神楽坂の実家に遁走するオメダ、二人とも人生の救済を求めて彷徨い続けている。それは「自分を殺してでも家族と仕事を守り切るのが大人の男の責任であり義務」という昭和的価値観と常識ではもはや救われない、老境に入ってなお人生の惑いと哀歓に喘いでいる昭和青年のなれの果てに対する脚本家鎌田氏のメッセージなのかもしれない。
そして彼らは帰ってきた。井の頭公園の池に、岡本の坂道に。俺たちの旅はようやく終わり、そして今また新しい旅が始まる。彼らの新しい旅路はどこへ続くのか、旅路の果てに何があるのか、そんなことははわからない。まずは手始めに、オメダが帰った神楽坂の家に真由美を含む4人で共棲し、玄関に大きな看板を掲げるのだろう、「なんとかするシルバー会社」。
76年秋の最終回は、日活最後の青春無頼映画である藤田敏八の「8月の濡れた砂」のラストを彷彿とさせるロングショットで、3人のこれから始まるであろう長い旅について観る者の想像力に委ねたが、今回はそのような曖昧模糊とした情緒的余韻はなく、それでいて何か次への展開を期待させるような終わり方だった。3人の旅は終わりなき青春の彷徨として、これからも確実に続く。それは3人のみならず、私たちひとりひとりの誰もが負っている自由への長い旅の一つの形なのかもしれない。
追記
ドラマ本放送時のオープニング、歌舞伎町旧ミラノ座前の噴水池シーンを真似たわけではないが、私も昔、悪友どもと歌舞伎町で飲んだ際、あの噴水池に放り込まれたことがある。周囲の人たちは呆れただろうが、私には至福の時間だった。
20年間のブランクが
映画が終わっても席を立たないで。
他の方のレビューを見て、期待値は正直、低かったのですが。実際に映画を見て、自分的には、充分満足出来る映画の完成度でした。
脚本が昭和生まれバリバリの鎌田敏夫氏ですので、令和の視点から見ると、違和感を感じる
場面も有りました。それは他の方が指摘されている、病院での大声を出す箇所でした。
でもあくまでフィクションですので、受け入れる事にしました。
「俺たちの旅」の世界に、どっぷり浸かっている熱心なファンは、この映画は、満足出来る
作品では無いと思います。でも私の様に、当時リアルタイムで見て、それ以来殆ど、再放送さえ見ていない、上っ面のファンには、大変楽しめた作品でした。
個人的には、カースケと真弓ちゃんを、一緒にしたかった(笑)。
中村雅俊監督も、おっしゃってましたが、映画が終わっても、映画館の照明が点灯する、最後の最後まで、見て下さい。最後に、俺たちの旅ファンに捧げる、とっておきのシーン有ります。だから、映画が終了しても、席を立たないで下さい。
追伸
俺たちの旅コンサートにも行きました。岡田奈々さんのソロコンサートを開催して下さい。
脚本が正直
この映画を映画館まで行って見る層は当然シリーズを見て10年20年30年と見ている層でしょうから初見には分かりにくいと言った意見は的外れ
オープニングの拳銃シーン真弓の精神崩壊での田舎の物置に隔離されてる設定は正直必要なかった
その後はそんな設定無かったかのような振る舞いだし
それ以外はファンからしたら概ねこんな感じでいいんだよって映画
B26004 ただ中村雅俊がいい
2026年公開
おそらく50年前を知っている者でないと
グズグズグズロクし過ぎているんで
さっぱり進行がわからないでしょうね。
まったく意味不明な拳銃▼10
真弓ちゃんの支離滅裂状態▼10
中途半端な水谷果穂ちゃんのストーリー▼10
オメダも早く言えよ▼10
パンフ¥2,000ふざけてるのか!▼10
あんな高級住宅地の空き家市長の給料で買えるのか?▼10
やたらと過去想い出挿入▼10
岡田晋吉いい土台作ったよなー ↑50
金沢碧やっぱり全盛時は綺麗! ↑50
小椋佳令和の方に理解してほしい! ↑50
井の頭公園行きたいー(妻さんめんどくさい、と)
4:3も悪くない
3人肩車やっぱりキツイかー(笑)
中村雅俊 やっぱりただお前がいい ↑50
80点
鑑賞 2026年1月26日 イオンシネマ近江八幡
パンフ購入 ¥2,000
配給 ナカチカピクチャーズ
初めての『俺たちの旅』 病院は静かに 鳥取は松葉がに
2026年映画館鑑賞3作品目
1月24日(土)イオンシネマ石巻
月1クーポン1200円
主演の中村雅俊の初監督作品
脚本は『戦国自衛隊』『探偵物語(1983)』『里見八犬伝(1983)』『いこかもどろか』『天と地と』の鎌田敏夫
粗筋
米子市長のオメダは鳥取知事選に向けて話が進んでいたが本人はうんざりしていた
かつて3人が住んでいた神楽坂の家が売りに出されていた
オメダは鳥取を捨て神楽坂の家に住みたいと言い出し逃げ出す
親友のカースケとグズ六は連れ戻そうとするが
まさかまさかの映画化
一度も観た事はないがこういう人気ドラマがあったのは知っている
『テレビ探偵団』的な番組でよく取り上げられる青春ドラマ
どストライクなのは自分の世代じゃないし自分の親の世代でもないしその中間の世代
1975年から76年に放送された高視聴率のため予定回が大幅に延長され46回の連続ドラマ
85年95年03年にもスペシャルドラマが放送されている
99年には連ドラとしてV6の若い方3人組主演でリメイクされた
岡田奈々とか左時枝とか名前だけで懐かし感
岡田奈々とか昔は可愛かったんだなあ
オメダと真弓の母親は神楽坂の芸者で八千草薫が演じているのだがそれがまた若くて可愛い
回想シーンの形なのかスクリーンで度々昔のTVドラマを観ることが出来る
世代は全く違うが前田亜希まで懐かし感
スペシャルドラマは一貫として脚本は原作者でもある鎌田敏夫で監督は斎藤光正だが斎藤氏は2012年で他界してる
それを受けての初監督中村雅俊なんだろうか
なにぶんにも自分はTVドラマの方は全く観ていない
そんな人がどうのこうの語るのはファンからすれば無神経で出しゃばりもいい所で気が引ける
しかしそれでもはっきり言って理不尽で説教くさい
脚本的にも演出的にも問題が多い
だが映画化したこと自体に意味がある
映画化したこと自体勝利なのだ
売れる売れないは別としてダチョウ倶楽部がかつて93年に『ダチョウダンス』でCDデビューしたように
しかもわりと劇場版『俺たちの旅』は前期高齢者中心に比較的客入りが良い印象
大勝利である
3人による肩車は圧巻
流石に今は支えが必要だけど
まさしくピース
配役
実家の町工場を継いだ津村浩介(カースケ)に中村雅俊
カースケの地元の先輩で介護施設理事長の熊沢伸六(クズ六)に秋野太作
カースケの大学時代の同期で鳥取県米子市長の中谷隆夫(オメダ)に田中健
オメダの妹の真弓に岡田奈々
オメダの娘に真理に前田亜季
カースケの工場の従業員の紗矢に水谷果穂
オメダの妻に小枝子に左時枝
オメダのかつての浮気相手の連れ子で今では結婚している克史に福士誠治
あなたたち、いつまで友だちごっこしてるのよ
50年後の彼らの変わった姿を見たかったのだ。別に年を取っていくのだから、成長なんか期待していない。
でも、今の彼らは当時とあまり変わらない熱量で、叫び、葛藤し、心情を吐露する。当時の鎌田敏夫の脚本がそのまま流用されている。当時の映像の再現では、女性をひっぱたき、何事にも強引で、名誉も金も地位もいらないとほざく。角が立っていた当時と今を、無理して同じ立ち位置にしようとしている。社会に適応した結果の普通のおじいちゃんを描いたほうが、かえって味が出るはずなのに。
当時はこういう熱血ものが大好きだったのに、今はかえって嫌悪感を感じる。中村雅俊の暴走気味の熱い言葉に耳をふさぎたくなる。実際観客の中に耳をふさいでいた人がいた。初老の女性が、「あーあ」とため息をついていた。男尊女卑的なシーンに辟易したのだろうか。
そういう時代じゃないんだよねって言う気はさらさらない。じいさんいい歳してなに熱くなってるの?とも言いたくない。
そのかわり、次の田中健の役の妻が言ったひとことが、いやけに心に残った。
「あなたたち、いつまで友だちごっこしてるのよ」
生きてるって事は楽しい
生きてるって事は楽しい事なんだよ
それがわからないやつは俺より馬鹿だ
老後年金高市政権いろんな現実があります
でもあの3人はこの言葉通りに生きて行こうとしてます
観てるほうには現実があります
でも若い頃生きてるって楽しい事なんだよとカースケに言われたあの言葉を忘れていました
その言葉をスクリーンで言われた事実
それだけでこの映画は満足です
生きてるって楽しい事なんだよ
その言葉を胸に残りの人生を生きていきます
お友達ごっこの夢(やや長文)
50年前の名作ドラマ『俺たちの旅』は、結局主要キャストの誰もがその後、これを超える作品には巡り会えなかった。そこにさらに陰の主役ヨーコの死があり、そのヨーコを演じた金沢碧が未出演となると、今や『俺たちの旅』は伝説でしかありえない。
そんな状況なのに、五十年目を企画し実現しようとした熱意に対し、私は拍手を惜しまない。ただ映画の出来としては、残念ながらこれは多くの観客が、首を傾げざるをえないというのが正直なところだろう。では手練の脚本家鎌田敏夫が、なぜこんな意味不明と言ってもいいストーリーに仕上げたのか。
ここからは私なりの勝手な解釈。
この映画は結局、全てが夢。だって誰もに、現実感がない。中村雅俊が町工場の社長?秋野太作が介護施設の理事長?田中健が知事を目指す市長?あの3人の誰もが、成功した老年期を迎えるなんて考えられない。
さらにそこに岡田奈々。序盤のピストルもおかしいし、神楽坂の家なんて現存しているわけがない。それは井の頭公園の伝言板もそう。そして岡田奈々自身が、まるで幽霊のように神出鬼没。
この映画は結局、全てが夢。では誰の夢か…たぶん岡田奈々の。勝手な解釈で先走りするが、岡田奈々扮する真弓が、自死を遂げる際に様々なことを思い出す。最近は誰とも連絡をとれなくなったが、あの人はこうなっていてほしいああなっていてほしいと、勝手な夢物語を綴ったのがこの映画…というのが私なりの解釈。
そんなふうに考えれば、伝言板に書かれた「会いたい!」や、主要キャストそれぞれの淋しさが理解できる。また中村雅俊扮するカースケや、秋野太作扮するグズ六の私生活が一切出て来ないことにも、納得できる。
だから私は、何気にこの映画、深いと観た。50年の月日は、人を変えるし重い。だけど心のどこかには、いつまでもお友達ごっこをやっていたかった自分がいる。そんな自分とたまに向き合うことも、長い人生で必要な時間だろう。だからこの映画は、そんな時間を与えてくれる清涼剤として観るべきだと考える。
お友達ごっこって、素敵!
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