劇場公開日 2025年6月21日

「手作り感満載で描かれる、恐ろしくも暖かみのある悪夢の世界」MOON GARDEN ムーンガーデン 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0手作り感満載で描かれる、恐ろしくも暖かみのある悪夢の世界

2025年6月23日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:映画館

興奮

斬新

カワイイ

【イントロダクション】
昏睡状態に陥ってしまった5歳の少女が、両親の元へ帰還する為に幻想的な悪夢の世界を旅するダーク・ファンタジー。

監督・脚本・アニメーション・サウンド等を担当したのは、『ミッドウェイ』(2019)、『ムーンフォール』(2022)等でローランド・エメリッヒ監督作品の編集・サウンドを手掛け、ハリウッド映画の編集で活躍してきたライアン・スティーヴンス・ハリス。

全編使用期限切れの35mmフィルムとヴィンテージレンズを使用して撮影。CG一切なし、プラティカル・エフェクトとストップモーションアニメ、それらを実写と融合させたアナログ手法によって、創造性と独創性に満ちた恐ろしくも暖かさのある悪夢の世界を創り上げた。

【ストーリー】
5歳の少女エマ(ヘイヴン・リー・ハリス)は、両親と3人暮らしをしている。ある夜、母親のサラ(オーギー・デューク)に起こされ、彼女と共にガレージの車に乗り込む。後部座席には沢山の荷物が積まれており、サラは夫に内緒で実家に帰ろうとしていたのだ。車が発進する直前、夫のアレックス(ブリオン・デイビス)が引き留め、エマを自宅へ連れ帰る。

夫婦間の軋轢により、サラとアレックスは激しく口論する。その様子を部屋の外から目撃していたエマは、「パパもママも大嫌い!」とその場から走り去ろうとする。しかし、誤って階段を転げ落ちてしまい、昏睡状態に陥ってしまう。

エマが目を覚ますと、そこは薄暗い不気味な森の中だった。暗闇の中にある窓から覗くと、動揺する両親と救急隊員によって運び出される自分の姿があった。必死に窓を叩くエマだが、両親は気付かない。

絶望するエマの涙が頬から零れ落ち、地面から下水管を通って地下深くへと落ちていく。その涙に反応して、ロングコート姿に鋭い入れ歯をガタガタと鳴らす不気味な怪物“ティース”が出現、エマを執拗に追い掛けるようになる。

淡いオレンジの電気に照らされた不気味な配管通路を進み、井戸の底へと落ちたエマは、その先で壊れかけのピアノを奏でる“ミュージシャン”に出会う。彼は両親の元へ帰りたいエマにトランシーバーを授け、両親の声がする方を目指すよう促す。

トランシーバーから聞こえてくる両親の声を頼りに、エマは幻想的な悪夢の世界を旅する事になる。

【感想】
とにかく独創的でグロテスクな世界観が素晴らしい!登場するクリーチャーやキャラクターが悉く魅力的で、エマの旅路を時に美しく、時に恐ろしく彩っていく。

「子供の見る悪夢」という形を取ることで、支離滅裂な世界観の連続に説得力を持たせる手法は意見が分かれそうだが、個人的には上手いと感じた。また、世界観こそ支離滅裂ながらも、悪夢の根幹にはエマの人形遊びや小説家を夢見る父が紡ぎ出した物語、呼び掛ける両親の声が関わっており、「両親の元へ帰る」という目的と相まってストーリー展開は把握しやすく、物語としてキッチリと成立させている。

物語のテーマにあるのは、「メンタルヘルス問題」だろう。エマの恐怖心をはじめとした喜怒哀楽は勿論だが、サラのヒステリックな性格描写も本作の重要なポイントだ。夫婦生活において、サラとアレックス双方に問題があるのは明らかだが、エマが悪夢の世界で出会った年老いた孤独なお姫様の「愛する前に愛されようとした」という台詞は、まさしくサラの後悔そのものだ。与えるより先に与えてもらおうとしていた事は、エマの過去回想でアレックスの言っていた「相手のことを考えていない」という台詞からも読み取れる。
アレックスもまた、仕事優先で家庭を蔑ろにしがちで、夢である小説家としての成功に苦労し、家族に対して辛く当たっている様子だった。
大人には人生経験の中で積み上げてきた様々ない問題があるだろう。しかし、幼い子供にとっては、まだ両親こそが「世界の全て」である。彼らが互いに争えば、子供の心には冷たく重い雨が降り続ける事になってしまう。だからこそ、彼らは「相手を理解する気持ち」を互いに示すべきなのだ。

悪夢の世界においてエマを導いていたのは、トランシーバーから聞こえてくる両親の声、度重なる窮地を救ったのは“思い出”だった。そして、かつてサラに言われた、「最高の1日を思い浮かべてみて」という台詞は、エマが悪夢の世界から帰還する為の最後の道標、“未来”だったのだ。エマは両親と共にピクニックに訪れて遊び明かすイメージをした。
「お日様が登って、新しい最高の1日がまた始まるんだよ」
それは、両親にいつまで仲良くいてほしいという幼いエマの純粋で美しい願いだ。その純粋さ、愛らしさに目頭が熱くなった。
そして、彼女はその未来と願いを胸に、晴れ渡った空の中、雲を突き破ってどこまでも上昇していき、目を覚ます。エマの長い金色の睫毛と、大きな青い瞳のアップで幕を閉じるスタイリッシュさも最高だった。

エンドロールで提示される、再び一つになれた家族の姿。サラが子守唄として聴かせていた『Without You』と共に映し出される平穏な日常が眩しかった。

そんなエマ役を演じたヘイヴン・リー・ハリスの演技力の高さは、間違いなく本作の白眉。特に、状況が好転しだした際や、面白いものを発見した際に見せる笑顔が非常に愛らしかった。これは、ヘイヴンが監督の女だからというのも大きいだろう。カメラの向こうに見える父親の姿が、彼女に自然な演技を促したに違いない。恐怖や不安に晒された際の困り眉の表情も印象的だった。

ストップモーション・アニメの魅力は、今年日本公開された『ストップモーション』(2023)でも味わったが、やはりホラーというジャンルとの相性は抜群だ。

【独創的で魅力的な、悪夢の世界の登場人物達】
本作には、様々な魅力的な登場人物が出てくる。美しいものから恐ろしいものまで、実に多種多様だ。

《ティース》
中でも特筆すべきは、やはりティースだろう。ロングコートに真っ白な手脚、自ら引きちぎって空洞となった顔の部分には鋭い入れ歯がガタガタと音を立てて浮かんでいる。まるでゲーム『サイレント・ヒル』に登場するクリーチャーのようで、このビジュアルがとにかく素晴らしい。移動方法も、クライマックスまでは突風を巻き上げながら宙を浮いて迫ってくるというのも不気味。

エマの涙に反応し、都度襲い掛かっては他の登場人物を玩具やキーホルダーに変えてしまう。しかし、クライマックスでエマはその顔の中を覗き込んで「空っぽだったんだね」と言う。ティースはエマの恐怖心や絶望の象徴なのだ。だから、彼はエマの涙でパワーアップ出来るし、執拗に追い掛けてくる。だが、エマがそれを自覚し受け入れてしまえば、彼は“空虚な存在”でしかなかった。朝日の照らされる灯台の中で、コートのみを残してエマを包み込んで消えていたのは、エマの中に還っていったように受け止められた。

《泥の魔女》
序盤のみの登場だったが、森の中で出会った彼女も強烈。パンクサウンドに合わせて踊りのような歪な動きを示す姿は、まるでミュージック・ビデオを観ているかのような感覚だった。その正体は、エマが人形遊びの際に作り出した悪役である。

《ミュージシャン》
壊れたピアノを逆再生風のストップモーションで直している姿が印象的だった。エマにトランシーバーを与える、所謂案内人の役割でもあるが、エマの中にはモデルがいるのだろうか?

《サイ》
エマのお気に入りのぬいぐるみが元になっていると思われる。角が折れているのは、元のぬいぐるみの角が恐らく子供の目に入らないように丸みを帯びて折られているデザインだからだろうか。このサイを中で操縦しているエマが楽しそうだった。

《グルーム》
タキシードにブーツ姿、何処か吸血鬼やビジュアル系バンドマンを彷彿とさせる風貌。アレックスが語った「(エマが)大人になって、ミュージシャンの男でも連れてくるんじゃないかと思っていたのに。それも夢に終わるのか」という台詞が重なっていた事から、エマのイメージするミュージシャンなのだろうか。

《ブライト》
グルームとテーブルの上で楽しく踊る花嫁姿の女性。同じくアレックスの言葉通りなら、彼女は大人になったエマの姿なのかもしれない。

《首なし人形》
首なしで編み物をする人形だが、部屋にある3つの画面に顔が映し出され、エマにある国の孤独なお姫様の話を聞かせる。自らの肉体も縫われており、独特な風貌が印象に残るが、悪役ではない様子。

【総評】
実写とプラクティカル・エフェクト、ストップモーションアニメの融合によって紡ぎ出される独特な世界観が非常に魅力的だった。手作り感満載の世界観は、恐ろしさの中にも独特な暖かさを感じさせ、それが本作の魅力に繋がっている。

ヘイヴン・リー・ハリスの演技も可愛らしく、今後役者としてどのように成長していくのか楽しみである。

6月21日現在、上映館は渋谷の『シアター・イメージフォーラム』1館のみだが、今後拡大公開される事を切に願う。
入場者特典のヒグチユウコ氏によるビジュアルアートのポストカードの質感も良く、パンフレットの内容も充実していた。

緋里阿 純