「酒造りをきちんと見せるのは良いが、微妙な点もいくつか」種まく旅人 醪のささやき 高森郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
酒造りをきちんと見せるのは良いが、微妙な点もいくつか
農林水産省が後援する「種まく旅人」シリーズの第5作だそうで、農水省職員が地場産業の現場視察でしばらく滞在し、生産者と一緒に課題を解決して格好よく去っていく……というのがお決まりのパターン。題の「旅人」とは、視察に訪れる役人の詩的表現ですね(苦笑)。
1作目から順に、大分県臼杵市のお茶、淡路島の玉ねぎ、岡山県赤磐市の桃、金沢市のれんこんと来て、本作は再びの淡路島で日本酒造り。ん?酒類製造業は加工業だから第2次産業だし、管轄は財務省のようだけれど、シリーズで扱う産業を拡大して1次産業に近い伝統的な製造業も含めることにしたのか。一応、酒米で有名な山田錦の生産の話も少しからんではくる。
題に含まれる「醪(もろみ)のささやき」とは、蒸した米や麹菌などを合わせて発酵させる段階の「もろみ」から、アルコールと二酸化炭素の微細な泡が生じてはじけるときの音のこと。このタイトルが示唆するように、職人たちが伝統的な方法で日本酒を造る過程を、丁寧に細やかに描写しており、そこは篠原哲雄監督の誠実さの表れであるように思う。
ちなみに、舞台となる千年一酒造は淡路島に実在する酒蔵。劇中に登場する看板銘柄「月の舟」は架空だが、受賞歴や瓶のデザインから「千代の縁」をモデルにしたようだ。興味のある方は千年一酒造のサイトをチェックしていただければ。
菊川怜が15年ぶりに映画に出演だそうだが、40代半ばの彼女の実年齢よりも、脚本で想定していた主人公・神崎理恵の年齢設定がだいぶ若かったのではないか。思いつきで酒蔵に住み込みで見習いさせてとか言い出すし、勝手な行動で怒られたり、麹をまく前の蒸米にずっこけて顔を突っ込んだり。20代の世間知らずでがむしゃらな頑張り屋さんならともかく、長く社会経験を積んで相応に分別もあるはずの公務員でそんな行き当たりばったりの人がいたらやばくないか。終盤のとってつけたような恋バナも、やはり年齢的に無理がある(あの言い寄る側の中年男性も微妙に気持ち悪いキャラで、淡路島のおじさんたちが観たら怒りそうだ)。
酒好きの視点からすると、日本酒造りの工程をかなり丁寧に順を追って見せてくれるのは良い点。1カ月前に公開された「風のマジム」では、沖縄県南大東島産のラム酒を開発する企画を通すまでがメインで、ラム酒造りの描写がほとんどなかったのが物足りない点だった。
一方で、手塩にかけて作った日本酒そのものの味わいや、料理と合わせたときの味の相乗効果を伝える描写が足りないのは残念。飲み屋のカウンター席で主人公が激辛の玉ねぎ料理に挑戦するシーンでは、一口食べて「辛い!お水お水!」と叫ぶが、おいおいそこは水じゃなくて日本酒だろう、「辛い、けどお酒のうまみと絶妙に合うわ!」とか言えんのか、と心の中で突っ込んでいた。特産品の玉ねぎも雑に扱われて気の毒だ。
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