劇場公開日 2025年9月12日

「誠実なルポルタージュ本を笑いと哀愁の娯楽映画に。“脚本家”バカリズムの新境地」ベートーヴェン捏造 高森郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 誠実なルポルタージュ本を笑いと哀愁の娯楽映画に。“脚本家”バカリズムの新境地

2025年9月23日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

笑える

楽しい

知的

文筆家・かげはら史帆による「ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく」はノンフィクション本に大別されるものの、小説形式で中心人物シンドラーの内心を描写するパートも含まれる。「ルポルタージュ」という言葉は近年目にする機会が減った気がするが、フランス語由来で「報告文学、報道文学」などの意味を持つこの外来語が指すジャンルがよりふさわしいだろうか。シンドラーがベートーヴェンの会話帳を盗み出すことを決心するシーンや、米国人研究者セイヤーとシンドラーが対決するシーンなどは、小説風に書かれた原作の描写がかなり忠実に映像化されている。

バカリズムはこの5年ほど脚本家としての活躍が目覚ましく、映画では「地獄の花園」「ウェディング・ハイ」、ドラマでは「ブラッシュアップライフ」「ホットスポット」といったコメディ作品で人気を博してきた。この「ベートーヴェン捏造」も基本は喜劇映画として楽しめるが、主題に関わる巧みな意匠も認められる。

目をひくのは、原作にはない現代日本のパートによって、“語りの多層構造”に新たなレイヤーを加えたこと。そもそも物語の主人公であるシンドラーは、ベートーヴェンの秘書を数年間務めた経験と、難聴の作曲家のために自分や面会者等の意思を伝える際に書きとめた会話帳をいわば一次資料として、ベートーヴェンの伝記を執筆した。つまり、ベートーヴェンの言動や名曲に込めた意図を語る人物だ。しかし先述のセイヤーや後年の研究者らから、シンドラーが執筆した伝記本には捏造が多く含まれる可能性が高いと批判されたことを伝えるのが、かげはら史帆のルポルタージュ。ここでもシンドラーによる捏造とそれをめぐる騒動について語るレイヤーが加わっていた。その内容を劇映画化する際に、バカリズムは中学の音楽教師(山田裕貴による二役)が男子生徒にシンドラーの話を聞かせるという、オリジナルの語りのレイヤーを重ねた格好だ。

この新たな語りの層の効果として、教師の話を聞いて生徒が想像する物語世界という体(てい)で描くことにより、19世紀の欧米人を日本人俳優が演じることを観客が無理なく(いやむしろ、おかしみを感じつつ)受け入れやすくなるメリットがある。だがそれだけではない。ストーリーが人から人へと語り継がれる過程で、語り部が聞き手の興味をひくために事実を大げさに盛ったり、さらには無いことを有ったかのごとくでっちあげたりするのはままあること。そうして虚実ないまぜで面白くなった物語こそが語り継がれる価値を持つという真理が、本作に隠されたメッセージではないか。そんなことを考えさせられた。

高森郁哉
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