ザ・ザ・コルダのフェニキア計画のレビュー・感想・評価
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気を抜くと置いてかれる
なんか字幕めっちゃ多いですね!?
ウェス・アンダーソンなんだから仕方ないだろと言われたらぐうの音も出ないですが、それにしても…。
でも字幕しかないしなぁ。
絵的に美しいし、俳優陣の演技も素晴らしいので、そっちに気を取られてしまうと内容掴み損ねて置いていかれるという…。
かといってテンポがいい作品かと言われたら…なんか微妙。
でも、ウェス・アンダーソンのオシャレな映画を見たんだという謎の満足感は得られました。
祈りにも似た🤞
バカ映画っぷりに拍車がかかってる
「フレンチ・ディスパッチ」あたりから、もうもろ出しでしたが、特にここ2作、コメディというか、ひたすらバカ映画な感じがバキバキ。立派な長編コント。何にも中身がない脚本で、本当に素晴らしい。
今作は会話のBPMが上がっていて浪速風味。とはいえシュール寄りなんで、好き嫌いはあるかもですけど、ずっと笑っとりました。
表現は相変わらず洗練されていて、いまだに唯一無二のスタイル。なのに中身は、なーんの意味もない与太話。見た目が洗練されてる感じが、逆にバカっぽさに拍車をかける感じで笑える。
ほぼ演技せずに突っ立ってた天使役の子供、味わい深いなぁ。中身のない映画ってなかなかないので、貴重ですよね。ありがたいです。
わかる/わからない、とかじゃなくて、中身スッカラカンだと思うので。面倒なことは気にせず。
映画監督として、とても素敵なステージに昇っていると思います。
面白さがわからず、合わなかった
架空の大独立国フェニキアで、6度の暗殺未遂を生き延びた大富豪ザ・ザ・コルダは、フェニキア全域におよぶインフラを整備する大プロジェクト・フェニキア計画を推進していた。成功すれば、今後150年にわたり毎年ザ・ザに膨大な利益が入ってくる予定。しかし妨害により、30年かけて練り上げてきた計画が危機に陥ってしまった。ザ・ザは資金調達のため、娘で相続人に指名した修道女リーズルとともに、フェニキア全土を横断する旅に出て・・・さてどうなる、という話。
コメディらしいので、多少面白いところもあったが、ほとんどよくわからなかった。
キリスト教に詳しければ理解できたのかもしれないが、あいにくそこはダメなので。
トム・ハンクス、スカーレット・ヨハンソン、ベネディクト・カンバーバッチら有名俳優も参加してたが、特に印象に残るほど活躍しなかったし。
合わなかった。
お金でもなく、宗教でもなく。
2025年。ウェス・アンダーソン監督。1950年代。ビジネスで大儲けしている大富豪は自家用飛行機が爆破されて九死に一生をえる。これまでなんども暗殺されかけている男は、修道院にいる娘を後継者として、最後の大事業「フェニキア計画」に乗り出すが、、、という話。
あいかわらずのおしゃれなビジュアルと素早い会話、独特の展開。事業の展開しか考えてない男だが、死にかけるたびに「あの世への入り口」のイメージが表れて、裁かれたり非難されたりして男がわが身を振り返っていく「クリスマスキャロル」みたい筋が一つ。娘(実は徐々に血縁がない可能性が出てくるが)と一緒の行動していくうちに愛情がはぐくまれたり、弟との骨肉のみにくい争いがあったり、いとことの腐れ縁的な愛情があったりという「家族の話」という筋が一つ。もうけすぎていることによって各国家や組織から敵対視されて、スパイを送り込まれたり、暗殺を狙われたりというヒッチコック的「スパイと裏切り」の筋が一つ。
中東らしき砂漠の地を安全に生活できる空間に変える一大プロジェクトを遂行するという映画のプロットは、現実の出口のない中東紛争に対して巨額資金を投入してリゾート地をつくって解決するというトランプの政策を想起してしまうが、主人公は最終的に自腹を切って富も財産も明け渡すこと、修道院の娘や神様が登場して宗教的な善や倫理の道を追求しながらも、最終的には宗教とは関係なく「自分の心の声を聞けば大抵間違えない」というところに落ち着いていること、などは大違い。
お金でもなく、宗教でもなく、結局はひとりひとりがちょっとずつ行動するしかない。しかし、そこに幸せがある。
異常なくらい凝り過ぎ!クセ凄作品
先日、お腹の調子が良くなくて映画始まる前に施設内のトイレに行ったのよ。
終わってウォシュレットしたら最大MAX熱量のお湯が
私の大事なデリケ-トな部分に直撃!! (@_@;)ノォォォ~
思わず身悶えする・・・だっだれだ、いたずら設定したのは (-_-メ)
恐るべしウォシュレット・・・癖になるかも知れん (爆笑)(≧◇≦)
そんなこんなで 今日は「ザ・ザ・コルダのフェニキア計画」観たんだわさ。
最終上映枠なのでお客様は 少な目。
やっぱコアなファン層が楽しみに来てる感じ。
監督・脚本:ウェス・アンダーソン氏
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ザ・ザ・コルダ(ヨーロッパの大富豪)役:ベニチオ・デル・トロさん
リーズル(娘後継人の修道女)役:ミア・スレアプレトンさん
他豪華俳優陣:(いつもの顔馴染み)
トム・ハンクスさん、ブライアン・クランストンさん、リチャード・アイオアディ、ジェフリー・ライトさん、スカーレット・ヨハンソンさん、ベネディクト・カンバーバッチさんなどなど
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(あらすじ・・・らしい)※違ってたらゴメンね
架空の独立国家「フェニキア」が舞台。
1950年代、ヨーロッパ有数の大富豪であるザ・ザ・コルダは、これまでに6度の暗殺未遂を生き延びた男だった。彼は30年かけて練り上げた、フェニキア全域の陸海3つのインフラを整備する一大プロジェクト「フェニキア計画」の実現を目指していた。この計画が成功すれば、今後150年にわたって莫大な利益がザ・ザに入ってくるはずだった。
しかし、ある妨害工作によって計画は赤字が拡大し、財政的に危機に陥ります。ザ・ザは計画を立て直すため、資金調達の旅に出ることを決意。
その旅に同行させるため、彼は長年疎遠になっていた一人娘のリーズルを後継者に指名する。リーズルは修道女見習いとして生活しており、月末には誓願を立てる予定だった。ザ・ザは彼女を連れて、資金調達と計画の推進、そしてリーズルの母の死の真相を探る旅に出発する。
旅の道中、ザ・ザとリーズルは次々と現れる暗殺者や裏切り者たちをかわしながら、出資者たちとの駆け引きを重ねていきます。この旅を通じて、冷え切っていた父娘の関係は少しずつ変化していく。
果たして、ザ・ザはフェニキア計画を成功させる事が出来るのか?
リーズルの母を殺したのは誰なのか? そして、二人は「本当の家族」になれるのか・・・・。
(感じた事)
まぁあれだな。ウェス・アンダーソン氏の作品はどれも字幕はきついわ。
文字量多くって凝ってて早くって。切り返しがトントンきて。
彼のどの作品もだけど。凝ってる演出200%だしw。だから英語力いるのよ。
最終レイトなので皆さん飯食った後。ほとんどの方 なんじゃコレ????
って事で 爆睡者続出。
私も必死に座る体制変えたり上半身体操しながら眠気を制止。
カフェインも全く利かないねぇ。(;^ω^)
多分 字幕翻訳がダメなんだね。そう思ったのは
横列あたりの客席で異常に笑ってるご年配の女性が居てね。
頭が?金髪系。どうやら帰国子女の模様。英語ネイティブで分かるのでしょう。
日本語字幕そっちのけで大笑い。
羨ましい限りでしたわ。
そういや 前作の
フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊や
アステロイド・シティを字幕で観たが わけわからんかった。
その後の配信で吹替観たら 良く分かって面白かった。
つまり本作も吹替あったら きっとその方が良い筈!
しかし 実際は用意されてない。役者のセリフ感情を生で聞きたいしね。
その想いは私も同じだな。
と言う訳で、飛行機爆発する場面が一番驚いたぐらいで。
あとは 子供達?自分を恨んで狙ってくるwww
火のついたボーガンがインフラ計画箱?に突き刺さって そこはワロタ。
都度刺さった箱の計画のそれについての話~って事で進んでゆく。
兎に角、リーズル役ミア・スレアプレトンさんがとっても堅物でいい表情。
どんどんパパに似て変わって行く辺りが面白いかな。
最後の終わり方も おしゃれ?? イカしてるね。
なんせエンドロ-ルが横スクロ-ル。右から左へ。
ハハハ、しょうがない監督だなぁ・・・笑うしかない。
こんな アフォアフォ最前線 毎度変わった監督作ですが
ご興味ある方は
どうぞ劇場へ!!
ウェス・アンダーソンというジャンルの新作
オリジナルの世界観のこの監督の新作。スクリーンの色使い、映し出されるもののデザインのおしゃれさと、キャストの表情、全てが独特でオリジナル。もはや一つのカテゴリーと言っても過言ではない。本作も全てのデザインがおしゃれで、しかも今回は、絵画や小物などは高価な本物の美術品を借りて使用しているとか。
そういう意気込みがオリジナリティの所以。真面目にストーリーの細部への理解とかではなく、デザインの美しさや、スクリーンの中に表現されている世界観、ちょっとしたハチャメチャを楽しむ、本作もそんな作品。しっかり味のある名優達が喜んで参加している雰囲気が伝わってくる。まあ特別な楽しみ方が許される稀有な作品。日本の何だこりゃ、タローマンに通じる自由な芸術の楽しみ方のようなものを感じたりする。
ジャー・ジャー・コルダ(劇中ではこう聞える)
父娘2人の強烈なキャラ(とことん不死身な富豪父親と、ナイフを構えるのがやたら様になる尼僧娘)と、奇怪にして美麗な背景、そしてエンドロール(洋画で珍しい横スクロール!)まで決まりまくった劇伴を愉しむ映画。お話は割とゆるく一本道で、父娘の和解に終わるのでウェス・アンダーソン作品としては呑み込みやすい部類だろう。靴箱で章立てする意味が薄いとか、カンバーバッチとのラストバトルはなんなんだ…とか、そもそも父親の悪辣さが十分に描かれてない、とか文句のつけようはいくらもあるが、そういう細かい点はまぁいいじゃないか、と言いたくなるような、チャーミングな映画であった。豪華俳優による突然のバスケ勝負!
なんか微妙
日本橋TOHOシネマズにて鑑賞。
俳優陣は粒ぞろい、映像美も申し分なし。
テンポも良く、ストーリーもわかりやすい。
なのに、なぜか心が踊らない。どうにもメリハリに欠けるのだ。
構成は、いくつかのブロックが連なっている作り。
群像劇というほど多層的でもなく、かといって一本筋のドラマでもない。
同じような展開が何度も繰り返され、観ているうちに既視感がじわじわと襲ってくる。
例えるならば、
①吉野家「ねぎだく牛丼」
②松屋「キムチ牛めし」
③すき家「高菜明太牛丼」
④なか卯「牛すき丼」
これを連続で食わされている感じ。
どれも好きだし、どれも美味いが、全部同じかと。
せめて2番目は「カレー牛」にしてくれ。
最後は「親子丼」で締めてくれ。
映画としてはもう少し味変が欲しかった。
ベニチオおぢ好きには
同監督作品の中では難解ではある。
ウェス・アンダーソン監督作品は5作、視聴してます。
前作フレンチ·ディスパッチに比べると少し難解ですね。
フレンチ·ディスパッチは人の内面や感情を丁寧に描いていて、本作とは別ベクトルで複雑ではあるのですが、本作はなんというか内容を詰め込みすぎというか面白さを表現するには時間が足りないのかなという気がしました。
本作主演のベニチオ・デル・トロも前作の役どころの方が良かったなぁ。彼は、理知的な外観とは裏腹に狂暴な演技が似合いますね。
前作の比較ばかりしてもしょうがないので本作のポイントを少しばかり。
本作は、大富豪でパブリックエネミーな父親が、今までろくすっぽ会ってない修道院に置いてきた娘をいきなり後継人にして、政治だの親類だのに妨害されながら家族愛に目覚める物語なのですけど、それと同時に娘の母親を殺した相手を探しにあちこちで情報を聞いて回るのも大きなプロットの一つで、ラストシーンでは真犯人と思っていた叔父(主人公の腹違いの兄弟)も殺したことを否定するし、実は娘の父親は主人公でもなければ叔父でも無いっぽいし、主人公は娘に対して嘘発見器を使って自身の潔白を証明するのだけど、この嘘発見器はスパイ(マイケル·セラ)から訓練すれば欺けると言われるぐらいには微妙な精度なんですよね。結果、娘は実の父親も母親を殺害した犯人も分からずじまいで、主人公は(多分)娘に隠し事したまま一緒にいる。
でも、主人公は最終的に富も名声も捨ててプロジェクト(フェニキア計画)を完遂することを選び、小汚いレストランで娘と(後、養子含めた息子らと)貧乏ながら一緒に暮らすことを選んだ。(まさに家族愛ですね。)
料理も皿洗いも苦手な男と自分を称していたのに最後は皿洗いを仕事にして、仕事終わりに娘と2人でウイスキー煽りながら黙ってトランプ遊びをする。そんな家族との幸せな一時を過ごしてるシーンで本作は終わるのですが、このラストシーンが素晴らしい!これ見るだけで本作を見て良かったなと思えるぐらい良いシーンでした。
当たりハズレが大きい印象の同監督作ですが、次作も是非劇場でみたいですね。
愛に溢れた愛すべき映画
待ちに待ってたウェスアンダーソン✖️カンバーバッチ先生!
最高におかしな役で、史上最高におかしなバトルを繰り広げてましたね先生!
ウェスアンダーソン、相変わらずのオシャなセットとカメラワーク。テキスタイルの使い方天才
にしても、とにかくベニチオ・デルトロじゃなきゃ成立しないよねと思わせる作品。
脇を固める2人、かわいーーー!
なにあの娘さん!?初めて観たわゲキカワ
あと、家庭教師カッコよすぎ
フェニキアの王子とゲリラの頭、カッコ良すぎてパラダイス。
ウィレム・デフォーかわいい
ビル・マーレイお元気そうで何より
すみません、前作見逃してまして、
すぐにフレンチディスパッチ観ようと思います
いいラストだ。ちょっと泣きそうになった
(泣きはしないけど笑)
定番手土産!?
アンダーソン節が全開!
ゆるくて過激
おもしろかったような、そうでもないような…
■ 作品情報
ウェス・アンダーソン監督作。主演はベニチオ・デル・トロ。共演にミア・スレアプレトン、マイケル・セラ、トム・ハンクス、スカーレット・ヨハンソン、ベネディクト・カンバーバッチほか豪華キャスト陣。ウェス・アンダーソンが脚本・原案を手がける。製作国はアメリカ、ドイツ。
■ ストーリー
1950年代、架空の大独立国フェニキアが舞台。大富豪ザ・ザ・コルダは、6度の暗殺未遂を生き延びた男である。彼はフェニキア全域のインフラ整備を目的とした一大プロジェクト「フェニキア計画」を推進しているが、様々な妨害により資金難に陥ってしまう。計画を救うため、ザ・ザは疎遠になっていた娘で修道女見習いのリーズルを後継者として指名し、彼女と共に資金調達の旅に出る。各地の有力者たちを相手にあの手この手で交渉を進めるザ・ザとリーズルは、その道中で様々な事件に巻き込まれる。
■ 感想
そこそこ期待して劇場へ足を運んだのですが、想像とは少し異なる感触の作品で、思ったほどではなかったかなという印象です。
物語の中心は、大富豪ザ・ザ・コルダが壮大な「フェニキア計画」実現のために資金協力を求めて各地を奔走するというもので、この大枠は理解できます。その中で、彼と娘リーズルが繰り広げるドタバタ劇を楽しむという構図なのですが、これがイマイチ楽しくありません。確かにユニークな会話劇と映像美で彩られ、部分的にはニヤリとさせられるシーンもあります。しかし、正直なところ、よく理解できない会話内容も多く、ストーリーラインとして純粋に楽しむという点では、やや難解さや物足りなさを感じます。
そんな中、この旅がザ・ザ自身の内面へと向かう道程であったことも併せて伝わってきます。過去を見つめ直し、亡き妻や娘リーズルへの愛情を再認識し、最終的には私財をなげうって計画を守ろうとする姿に、彼の大きな変容を感じます。それは、彼の傍らで旅を共にしたリーズルにも確かに届き、二人の間に失われていた父娘の絆が静かに紡がれていくのも感じます。そうした温かいドラマが内包されているような気もするのですが、それも心に響くほどのものではなかったのは残念です。
それでも、鑑賞後には「なんだかほっこりする」という感覚が不思議と残ります。ラストシーンに漂う穏やかな空気は、この不器用な父娘の旅路を優しく締めくくり、作品全体を温かい印象で包み込むかのようです。全てが腑に落ちるわけではないですが、なんとなく嫌いにはなれない、そんな余韻が残る一本です。
難解さと快楽の境界線
ウェス・アンダーソン監督の新作から、まず強烈に感じるのはその“レトロ感”。舞台は架空のフェニキアだが、スクリーンに広がるのは1950年代のヨーロッパを想起させる街並み、古い電話機やタイプライター、模型のように作り込まれた建物群である。映像フォーマットも横長のシネスコではなく往年のアスペクト比を選び、パンやズームといった昔のニュース映像じみたカメラワークを多用する。さらに音楽はシンセや低音重視のモダンなスコアではなく、室内楽的な弦が響く。これらの積み重ねが観客に「昔の映画を観ている」錯覚を呼び、作品世界をノスタルジーに包み込む。つまりこの映画は、単なるストーリーではなく「過去の映画を現在に蘇らせたかのような体験」が提供される。
その一方で、物語はきわめて断片的で難解。大富豪ザ・ザ・コルダが巨大インフラ計画を進めるが、暗殺未遂が繰り返され、娘との断絶、母の死の影、宗教的儀式が折り重なる。しかし背景説明はほとんどなく、観客は「なぜ暗殺されるのか」「なぜ娘は父を信用しないのか」を断片的な台詞や象徴的な映像から読み取るしかない。まるで何ページか抜け落ちた小説を読んでいるような感覚で、筋を追いたい人には不親切極まりない。だがアンダーソンは、わざとそうしている。観客に迷子感を与え、その不安や混乱自体を映画体験の一部として組み込んでいる。
絵画の使い方も象徴的。マグリットやルノワールといった実在の作品が壁に掛かる一方、宗教画はほとんどが架空の創作で、「どこかで見たようで、実際には存在しない」不思議な既視感を与える。これによって現実と虚構の境界がさらに曖昧になり、観客は歴史映画を観ているのか寓話を観ているのか判断を保留せざるを得なくなる。宗教画が母子像や受難図を思わせるのは偶然ではなく、父と娘の断絶や贖罪を視覚的に補強する仕掛けと理解した。
こうした仕掛けを“美術館的体験”として楽しめる人には向いている作品と言える。絵画の額縁ごと左右対称に配置された構図を堪能し、模型セットや色彩の退色感に「これは古いフィルムの再現だ」とニヤリとできる人たち。逆に、ストーリーの一貫性やキャラクターの心理描写を重視する観客には、唐突さや冷たさとして跳ね返ってくる。つまり、この映画は「わかる人だけわかればいい」作品であり、そこに割り切りがある。
興行的には大衆的ヒットは望めないが、ウェス・アンダーソンというブランドは世界的に確立している。過去作の『グランド・ブダペスト・ホテル』がインディペンデント映画としては異例のヒットを飛ばしたように、都市部のアートシネコンや映画祭を中心に十分な収益を確保できる。製作費も大作級ではないため、商業的には成立するし、むしろ難解さやレトロ感こそがSNSや批評家の話題を呼ぶ。わからない観客を置き去りにする冷たさを「芸術性」として売りにできるのが、この監督の強みとも言える。
総じて、『フェニキア計画』は「レトロに作られた難解な寓話」である。豪奢な美術と古風な演出を堪能するか、あるいは筋が飛んだと首をかしげるか。どちらの反応も作品の内に織り込まれており、理解不能さすら快楽に転化する。映画館を出て「よくわからなかった」と呟く観客もまた、この映画が描く“わからなさ”を体現している。そういう意味で、これは単なる物語ではなく、「映画とは何か」という問いをレトロな衣装をまとって投げかける実験なのだろうと解釈した。
ウェス・アンダーソンっぽーい
ケイト・ウィンスレットの実の娘さんが💕
「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」(2021)、「アステロイド・シティ」(2023)に続くウェス・アンダーソン監督作。
カラフルで淡い色彩の美しい映像と緩い笑いに気分が良くなり思わず気を失ったことがあるアンダーソン作品。彼の作品には睡眠を促す効果があると思っている。
しかし今作は違っていた。
ベニチオ・デル・トロ演じる富豪ザ・ザ・コルダと彼の後継者にせんとする修道女の娘リーズルの旅にグイグイ引っ張られ気を失う暇は無かった。
物語として優れているのだと思う。
個人的には修道女のリーズルを演じたミア・スレアプレトンが好き過ぎた。大好きなケイト・ウィンスレットの娘さんと知りびっくりした。これから母娘で推していきます。
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