でっちあげ 殺人教師と呼ばれた男のレビュー・感想・評価
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「でっちあげ」は誰がやったのか。実際に有った冤罪事件が元になっている事を知ると、世の中にまき散らされた情報を正確に収集する事の大切さが理解できるはず。
まず悪口ではないのですが、様々な役を上手に演じるこの作品のキャストの中で、特に悪役に関しての演技力の高い「柴咲コウ」「亀梨和也」「北村一輝」の名前を見つけた時、大体の方向性は予見できたのですが、第六感が大当たりして想像通りの結果になったことに驚きました。それを隠すキャストを探したところで、演技力はともかく年齢や容貌を満足させるキャストが思い当たらないので、この配役は良かったと思います。
何パターンかある予告編の中で、綾野剛も柴咲コウも優しい面と狂気の面の両面を、これでもかといった感じで渾身の力を込めて演じているので、これもまた作品の本筋が何かをラスト間際まで隠すのに良い効果をもたらしていると思いました。混沌とした話の流れの中で、小林薫の演じる弁護士の登場で心が落ち着いたのが唯一の救いでした。やはり架空ではない原作があると、脚本もそれに引っ張られて力強い構成になるのだと実感できました。
この作品では死者は出ませんでしたが、実社会では親も子供も教師も邪悪な面をもった人間がいて、悲しくも犠牲者の出る事件が頻発しているのも事実です。終わり近くに短く挿入された、校長が退任するワンシーンで理解した方も多いと思いますが、現実でもつまらない自己都合の保身のために、多くの人を悲しませて犠牲者まで出しているという事を考えれば、ドキュメントの名を借りたホラーがある現実世界に我々が暮らしているという事に恐怖を感じます。
明日は我が身
この映画は冤罪となった事件が元になっている。
それを前提知識として視聴したため、終始主人公である薮下先生に感情移入して応援しながら視聴しました。けれど、それと知らずにこの事件を知った時、果たして子供を持つ自分はマスコミや週刊誌に踊らされなかったかと言われたら、全く自信が無い。そういう自分の中に潜む偏見だとか不平等な感情に嫌でも気付かされる作品だった。
それに、もしかしたら自分が律子側にすらなるかもしれないし、ふとしたことで薮下先生側に陥れられる可能性すら、あるかもしれない。そんな恐怖すら覚える。
また、立場が違うふたりの供述による同じシーンの再現では、同じ人物同じシーンなのに全く見え方が変わる綾野剛さん柴崎コウさんたちの演技力にも魅了される。最後の薮下先生の意見陳述は是非劇場で、傍聴席に座る気持ちで見て欲しい。
柴咲コウの”眼芸”は最早ホラー
綾野剛演じる小学校教師・藪下が、クラスの児童・氷室拓翔(三浦綺麗)に対する体罰や差別発言を理由に懲戒処分を受け、さらに拓翔の母・律子(柴咲コウ)ら保護者から損害賠償の民事訴訟を起こされる——という物語でした。
中でも圧巻だったのは、母親・律子を演じた柴咲コウの“眼芸”です。眼球が飛び出すのではないかと思うほどの強烈な眼差しで、この世のものとは思えない”怪物”のような迫力を見せつけていました。黒沢清監督の『蛇の道』でも復讐に燃える母親を演じていましたが、こうした役を演じさせたら彼女は間違いなく日本一だと、改めて確信しました。
物語の構成も非常に興味深く、序盤は是枝裕和監督の『怪物』を彷彿とさせるように、まず律子の視点から話が展開され、その後、藪下先生の視点へと切り替わり、全く異なる事実が提示されます。『怪物』では最後に子ども視点の物語へ移行していきましたが、本作ではその後藪下先生の視点を中心に展開していきます。これは“事実に基づく物語”であることを踏まえれば自然な構成ですが、序盤に“羅生門形式”を思わせる演出を取り入れたことで、「律子にも律子なりの“真実”があったのだ」と感じさせる説得力がありました。
裁判では、原告側の主張が次々と覆され、最終的には藪下先生に対する損害賠償請求は棄却されました(ただし、藪下先生を懲戒処分にした市に対する損害賠償請求は認められました)。また、時間はかかったものの、懲戒処分も取り消されることとなりました。しかし、藪下先生とその家族が被った苦難を思えば、素直に「ハッピーエンド」とは言えない流れだったように思います。
芸術作品の登場人物に対する感情としてですが、実際には問題視せざるを得ない行動であるとはいえ、律子の歪んだ虚栄心の背景には、母親による育児放棄など、悲惨な過去があることが示唆されます。それが暴走した結果が、藪下先生への攻撃だったのだとすれば、やり切れなさが残りました。
また注目すべきは、劇中でスキャンダリズムに走る週刊誌記者・鳴海(亀梨和也)の存在です。先日観た『フロントライン』でも、メディアの報道姿勢が批判的に描かれていましたが、本作も同様でした。確かにその傾向は現実にも存在するとはいえ、本来のメディアの役割を考えると、安易なメディア批判に流れることには慎重であるべきだと感じました。
総じて言えば、柴咲コウの狂気じみた演技が圧巻で、もちろん綾野剛の「悪い先生」と「良い先生」の二面性を見事に演じ分けた演技も素晴らしかったです。再現ドキュメンタリー的な構成を基調としながらも、映画としての映像美もしっかりと押さえられており、高く評価できる作品でした。
ただ一点、藪下先生の語りがやや過剰で、特にラストで律子と拓翔の幻影が現れる印象的な場面において、「この親子のその後は分かっていない」というナレーションが挿入されたのは蛇足だったかもしれません。映像としては非常に美しく終わっていただけに、あえて説明を加えず余韻を残す方が、より映画的だったのではないかと思いました。
そんな訳で、本作の評価は★4.2とします。
木村文乃
綾野剛が演じてた教師が自暴自棄になり
「離婚しようか」の返しが木村文乃演じる奥さんの
「離婚はしない私と息子は味方だから」的なセリフがとても感動した。めちゃくちゃありきたりなセリフだけど木村文乃の美貌と演技力がリアル感をもたらした。
綾野剛の演技も素晴らしかった。
家族が最初から最後まで妻も息子も良い人でそこは安心して観れた。とにかく妻が良い人すぎた。
木村文乃可愛すぎた。
それでもボクはやってない‼️
体罰やいじめ、差別発言、自殺の強要などで「殺人教師」として、児童の両親から告訴された小学校教師。そんな教師の冤罪を晴らすための闘い・・・‼️最初は児童の母親に扮した柴咲コウと、教師役・綾野剛の供述が食い違って真実が見えなくなる「羅生門」のような展開なのかなと思ったのですが、柴咲コウの母親の得体の知れなさが徐々に出てきて、綾野剛が被害者だと判明‼️ここからはフツーの冤罪を扱った裁判映画となってしまう‼️柴咲コウの息子の悪童ぶりからダミアンかなぁと思いきや、そこは母への恐怖感が根底にあったり、ラストにひと捻りあるかなと思いきや、冤罪が晴れてのメデタシメデタシ‼️柴咲コウの人格形成には子供の頃の母親からほったらかされたトラウマがあるみたいだけど、そこまで深掘りされず得体の知れなさだけが残る‼️裁判映画として、教師の家族の苦悩、事態を大きくしたくない学校側の対応、いい加減なメディアなど、偏見や思い込み、ネットの声に煽動される現代社会の恐怖を描いた作品ですね‼️三池監督にしては、チョットおとなしめな感じはするんですが、かなり面白く出来てます‼️柴咲コウの不気味なヴィランぶりは強烈でした‼️
貴方、優しすぎる!!(ハモりたい)
弁護士の湯上谷先生とハモりたいくらいでした。
藪下先生(綾野剛 )が家庭訪問のお茶菓子(大判焼き×4件)を断れずに、お腹いっぱいになっちゃって家族にからかわれてる所は見てほしい。
今あの子は…?
内容を知らずに観に行き、ホラーサスペンスかとも思っていたものだから、冤罪ものだったとは!汗
最初のあちら側の主張のシーンの綾野剛が怖すぎた。
ある程度知って観に行くべき?
亀梨と綾野剛の豪雨の中のシーンは印象的ではあったけど、その後何かあるのかと期待してしまったが、何もなし。
その後亀梨出てきてた?
あそこまで激しくやり合う意味がいまいちわからなかったな〜。
裏取りせずに書いて出すマスコミはホント嫌だ。
綾野剛の優しすぎる、裏を返せば煮え切らない態度にはイライラしたが、ああいう性格だからこそ、やってもいないことを謝罪させられたわけか。
校長達は謝罪謝罪とホントひどいな。
こんなことがあったとは知らなかったので、観てよかった。
綾野剛の老け役…50歳くらい?
全く老けて見えなかったけどね。
あの子はどんな大人になったんだろうか。
迷っているあなた!!ぜひ見てほしいです
公開前から予告など拝見してすごく楽しみにしていて、原作の小説も見させて頂きモデルとなった事件も一通り見させて頂きました。
もう始まってすぐから柴咲コウ演じる氷室律子の目が怖すぎて背筋が凍ります。「え...ずっとパキってるやん...」と思ってしまいました。
そして綾野剛さん演じる薮下誠一がもう最初怖すぎて怖すぎて。「え時間間に合わなかっただけで罰??」とビックリしました。が、実はすべて氷室一家の【でっちあげ】だった。もう人間不信になっちゃいますよね。やってもない事をやった。そして謝罪をしたら火に油を注ぐかたちになってしまった。味方なのは家族そして弁護士。終盤に近づき薮下(綾野剛)の精神がどんどん崩れていくのが見ているこっちも辛くて特に豪雨のシーンが辛かったです。
少し観るのを躊躇していました。小さい子供に体罰を与えるシーンは私的には苦しいので迷ったのですが、好奇心に負けてしまい公開初日の朝に観にいったのですが行って正解でした。鬼ごっこを見ている薮下の表情に涙が溢れてきて、鳥肌とドキドキが止まりませんでした。
見るか迷っている人へ。必ず見てほしいです。自分が知らない間にモンペになっていた。知らない間に加害者になっていた。そうならないように見て頂きたいです。
あと五回は行く予定です☺️
殺人教師と呼んだマスコミ
ルポルタージュによるとても見応えのある法廷劇でした。
この映画とても腹の立つシーンが多い。
常軌を逸したモンスター・ペアレント。事なかれ主義の学校組織と教育委員会。かなり適当な精神科医。商業主義で人権無視のマスコミ。
一方で、主人公の家族と事件を担当した弁護士の存在には救われた気持ちになりました。
それにしても週刊誌やテレビ局などのマスコミの罪は重い。ペンは正義にもなるが、凶器にもなりますね。
マスコミ関係の方にはこの映画と「フロントライン」をぜひ全員に観てほしい。
見応えはあった。見ても無いでっちあげのAiレビュ-はマジ許すまじ!
カラスがさ~異常に最近夕方増えてて。これって南トラ今年7月のアレのせいか。
トカラ列島地震、悪石島。早速回避の為か根拠無き7月5日が報じられて。
時は同じくして中東の核施設へのミサイル攻撃。
そして名古屋の教師盗撮コミュニティ・・・偶然か奇遇か この映画公開。
この社会は常に混沌としている。 そして 早くも梅雨明けしていくのであった。
あっちぃいぞ! ホントにもう (@_@;)
そんな中 涼しい映画館へ 今日も行く~
今日は「でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男」観に行きますたよ。
中々興味もって最後まで見れました。
この映画、 是枝監督の”怪物”(2023年 脚本は坂元裕二さん)の出だしのエピソ-ドがそのまま別作品として切り出したような内容。ちょっと流れ展開が凄く似てる。
でっちあげ作品の方は、原作:福田ますみ氏(2007年:『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』新潮社)となってます。
時系列から こちらが最初かなと感じますが。
この似すぎた点。如何なものかと 私は素直に感じました。
しかし、でっちあげは 裁判が主であり、あくまでモンスター親子との戦い。
中盤~終盤までは 全く違いますのでご安心を。
実際に有った話のようで リアリティをとても感じ得ました。
裁判に9割勝訴、ここの結果が心にひっかかり残ります。
残る1割の教師が児童をイジメた点を巡って何度も何度も控訴。10年かかって事実無根を勝ち取る所が ホントに心を打った。
-------中々いい味してた役者陣-------
・薮下誠一(主役):いつもヤンチャな役が多い 綾野剛さんが演じる。
この役処は凄く良かったと思います。中々な 真面目な先生ぶり。
両極端な性格を上手く演じ切っていたと思います。素晴らしい。
・氷室律子(原告 母親):柴咲コウさん。コワイ、コワイ 心が無い母親像を真に捉えて出してますね。怖さがイイ感じでした。
・湯上谷年雄(心ある弁護人):小林薫さん。もう待ってましたよと言わんばかりの好演。とっても正義感と安心感が漂っててズバ抜けた配役と思います。
・薮下希美(薮下の奥さん):木村文乃さん。夫を懸命に支える。もうどん底に落ちた夫が離婚を申し出るが きっぱりと断る。遣ってもいない事は認めちゃダメ。絶対に。 ここの夫を心から支えて行く真の強さ(愛)を感じましたわ。
監督:三池崇史さん
どんな味付けで作品を仕上げられるのか楽しみにして居りました。
監督らしい 風味(スパイス)が随所にしていたと思います。
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(感じた事)
・薮下が教師になるきっかけが、金属加工の町工場勤めから 先生を目指したように成ってましたが あれは?本当にそうだったのかしらと。
ちょっと無理が有る感じがしました。
・喫煙場面に違和感。モデルの教師は本当に喫煙されていたんでしょうか?
また 家の中で吸ってた?あんな風に?
実際は違うのではと感じます。
・10年後の先生続けている風格が、もう少し歳行ってる感じの方が
良いのではと感じた。ちょっと若い感じかなと思う。
・モンスタ-親子の行方はどうなったのか。何処に行っても周囲は戦々恐々と思う。
最後の最後、10年経って 事実無根がやっと認められる。
この安堵感、やっとの思い。
この深い感情は当人にしか 決して分かる事は無いだろうと そう感じます。
ご興味御座います方は
是非、劇場へどうぞ!!
白雪姫殺人事件も観なおしたくなった
主役2人の演技は圧巻!!
だからこそ、2人の子供の演技がなぁ。。
ドラマだったら許せるけど、映画だからもう少し演技できておくれや…
話は実話だからこその恐怖と
私もマスコミにしっかり踊らされるタイプだから
終始ぶん殴られる感覚を味わいながら観てましたw
しいていうなら、もっとサイコパス感ほしかったのと
柴咲コウの過去編は見たかったのと
旦那が謎に黒いの何w
綾野剛さん最高すぎる
とにかく綾野剛さんの演技最高すぎる。映画で見れてよかった。演技に引き込まれた。事実だったというのが本当に胸糞悪いけど映画自体は良かった。そして、もろ地元で笑ったwwww
本当の悪は教育委員会にいる
子ども同士のケンカでも、子ども自身によるケガでも、学校の対応が気に入らないと教育委員会に訴えたり、裁判による解決をチラつかせたり、実際にそうしたりする保護者は普通に存在する。氷室母のように、幼少期にネグレクトがなくても、虚言癖がない人間でもだ。また、よく調べもせず、教員に聞き取りをしても、結局は親の言いなりになる教育委員会も存在する。例え匿名であったとしても、「知らない人が呟いているんだよ」という、ACジャパンのCMの決め付けデカのように。訴えられた方が悪いという考えでは、子どもにも、同僚にも満足な指導は出来ない。校長や教頭が事なかれ主義の人のように描かれているが、問題を早期に解決させないと、再任用や校長昇任にも影響する。その評価をするのは教育委員会だからだ。本当にマトモで熱心な教員ほど被害者になり、学校を去っていく構造を、教員委員会が作っている。本作では、氷室親子の訴えを鵜呑みにし、薮下の声をしっかりと聞こうとしなかった教育委員会の責任は重い。トカゲの尻尾切りは、政治や企業のトップだけではない。10年後に停職処分が取り消されるが、教育委員会が守りたいのは、学校や教員、子どもではなく、自分たちの立場だったのではないか。薮下だけでなく、教え子も被害者であることを、教育委員会は分かっていないのではないか。薮下が教育委員会を相手に訴訟をしたら、氷室親子に支払った300万円の10倍は取れるだろう。
この映画は、全国の教育委員会の教育長に見てほしいと思う。
「正義」の名のもとに
作品は裁判のシーンから始まる。原告の意見陳述、そして被告の意見陳述と。当然主張は真っ向から対立するからその内容は相反するもの。その極端に異なるさまを演者が見せてゆくあたりが映画としてうまい。
原告側の主張である「殺人教師」を演じる綾野剛の魚の死んだようなうつろな目から受ける印象はいじめを受けている児童とシンクロするくらいにゾッとさせられる。明らかに児童側が一方的な被害者というイメージを観客に植え付ける。
そして転じて被告側薮下の主張を基にしたエピソードがつづられていく。そこには「殺人教師」とは程遠い善良な教師の姿が。この役どころの演じ分けは役者冥利に尽きるだろうし、観客も綾野剛の演技力を堪能できる。本作はそのショッキングなテーマもさることながらまさに綾野剛の芝居に魅了され続ける二時間と言える作品である。彼の芝居の凄さに思わず涙した。
監督の作品の出来は当たりはずれがあるので心配していたが、序盤から当たりの方だと確信したので安心して鑑賞できた。後は座席に身を任せて役者陣の素晴らしい演技を堪能するのみ。
原作はルポルタージュで読みやすくななめ読みしただけだけど、忠実な映画化だと思う。ただ、映画を盛り上げるためか柴咲コウ演じる律子を殊更に危険な人間として描きすぎ、薮下を善良に描きすぎな気もしないではないが、原作によるとご本人も映画に描かれた通りのかなり生徒思いの先生だったことは間違いないようだ。土砂降りの雨の中に突っ伏すあたりはやりすぎな気もするけど。
本作で描かれた事件は二十年以上前のものだが、まさに今の現代社会で日々起きていることを連想させる。
たとえば本作で描かれた事件を全く知らない状態で新聞やネットで「教師による生徒へのいじめ、自殺強要か」という見出しの記事を目にしたら人はどのような反応を示すだろうか。
私を含めて多くの人がなんてひどい教師がいたものだ。子供がかわいそうだ。こんな教師はすぐさまクビにしろという思いを抱くのではないだろうか。そのセンセーショナルな見出しに気を取られてこれは本当のことなんだろうかと疑問を抱く人は少ないのではないだろうか。それだけこの見出しが人の中にある正義感バイアスを引き出すからなんだろう。
誰もが持つ正義感。それは時としてもろ刃の剣となる。その剣が正しい方向に向けられれば正義は成し遂げられ、間違った方向に向けられれば罪のない人を不幸にもする。本作の教師薮下のように。しかし価値観の多様性が叫ばれる中でこの「正義」というものさえ、いまは相対化されている時代ではある。
人がバイアスを持っているのは進化の過程で身に着けてきたものであり、それが生存には不可欠なものだったからだ。人間の脳内での情報処理には限界があり時には直感に頼る判断が求められる。災害時に過去の経験からその場を離れて九死に一生を得るような感じで人間は生き延びてきた。そんな一見合理的でない直感的判断を人間は生き抜くうえで身に着けてきた。だから人間は生きていくうえでバイアスをけして避けられない。
直感的判断は時には有益な面もあるがそれは弊害ももたらす。確証バイアス、先入観、同調圧力などといったバイアスにより冤罪は生み出されてきた。
本作で薮下を糾弾した報道陣、彼を訴えた弁護団には確証バイアスがかかっていた。また被害者のPTSDの検査をした医師も同様に。
本来守られるべき子供を守るべき教師が虐待していたという許しがたい事実。彼らは皆が正義感に燃えていて、薮下が「殺人教師」であることを信じて疑わなかった。それは先述の記事の見出しを読んで我々が抱いた印象と同じく。
クレーマーの保護者が嘘をついてるとは露ほども思わない。バイアスにより自分たちが信じた事実を反証するような証拠や証言は無意識に排除されてしまう。
これがいかに難しい問題なのか、彼らは自分たちがしていることが正義と疑わない。正義のためならどんなことでもして見せる。550人もの大弁護団結成がその証拠だ。彼らはほとんどが手弁当であり報酬目的ではない。人権派弁護士として社会正義をなすためにここに集まったのだ。それは正義感に燃えて薮下を取材していた記者も同じだった。
そしてアンケートに答えた生徒たちも薮下による体罰があったと公表された後でそれに答えたために同調圧力や先入観が加わり八割近くもが彼の体罰を肯定した。これらのバイアスが合わさり薮下を追い詰めていった。
思えば陳腐な出来事だ。ただの虚言癖のある主婦による噓が全ての発端なのだから。確かに学校側が毅然とした態度で臨まず、事なかれ主義で薮下に全面的に非を認めさせて安易に事を治めようとしたことも原因の一つだが、その後のマスコミの加熱報道、そして弁護団の圧力による教育委員会の初の教師によるいじめの認定がお墨付きを与えてさらに火に油を注いだ。そして被害児童のPTSDという噓が加わり訴訟へと薮下をさらに苦しめた。
これは今ではSNS上に流されるデマが発端になりネットリンチが行われたり、陰謀論など誤った事実により世論形成がなされる現代社会の姿そのものだ。
この事件は20年以上前の出来事だが薮下の家の前に群がる報道陣や無数に張られた中傷ビラはまさにネットの書き込みそのものを連想させる。
当時から報道被害により人生を奪われる人はいたが、いまではそんな報道の役割をSNSが担っている。マスメディアは噓ばかりでネットにこそ真実があるらしいから。
ネットの情報は匿名で流されるためさらに深刻な事態になっている。報道機関が誤報などした場合は責任の所在がはっきりしてるがネットはその匿名性から誹謗中傷の歯止めが効きづらく誰もが「正義」を気軽に振りかざしやすい。今の時代、日々多くの「殺人教師」が生み出されている。
本作はただの異常なクレーマーにより一人の人間が陥れられた恐怖というだけではなく、そのクレーマーによりなぜここまで被害が拡大したのか。周囲の人間たちがなぜこうも巻き込まれてしまったのか、これは現代社会において普遍的な意味を持った事件と言えるだろう。
近年立て続けに報道される冤罪事件、その実態を知らされてそのあまりのことに驚かされる。本作とは違い刑事事件が主なものだが根底には同じ問題が潜んでいる。
検察は自分たちの思い描いたシナリオ通りに捜査を進める。容疑者を特定してその容疑者が犯人である証拠だけを集め犯人ではないという証拠は無視をする。典型的な確証バイアスだ。裁判手続きにも不備が多く検察側が入手している無実を証明する証拠を弁護側が強制的に開示請求できる法律も存在しないから、無実の証明が困難になる状況にありそれがより冤罪を増やしている。
日本で冤罪が繰り返されてきた原因の一つに冤罪が裁判で確定されてもその事案について再調査されることはないのだという。冤罪を作り出した検察もけしてその事件を振り返ることもなければ、再発防止の措置も取られないのだ。これでは同じことが当然繰り返される。
村木事件、プレサンス事件、大川原化工機事件など相変わらず検察は冤罪を世に生み出し続けている。これではいつ誰が冤罪の被害者になるか。いつ自分が薮下になるかわからないのだ。
さすがに法律家の間で冤罪被害防止のための組織イノセントプロジェクトジャパンが発足されてはいるがこれは民事事件まではカバーしていない。
その取り組みの中ではどんなに優秀な法律家でもバイアスがかかることから、必ず一方的な証言だけを鵜吞みにしない、客観的な事実を集める、思い込みをしてないか常に自分に問うなど、法律家自身がバイアスにかからないように防止策が練られているという。しかし検察側がそのような取り組みをしているということは聞かれない。
本作の事件で大きな役割を果たした報道各社も同様に本来彼らは報道の真実性を担保するためにダブルチェックを怠らなかったはずだが、購買部数やら視聴率競争にさらされて本来の義務を怠った。この経験を生かして猛省されるべきだろう。
この事件に大きくかかわった報道や法律家たちには自浄能力は期待できてもやはり深刻なのはこれからも予想されるSNSによる被害だろう。匿名性やら法規制が及ばないネットの世界では今後も薮下のような被害者が生まれ続ける。法による規制強化が待たれる。
本作はその取り上げたテーマもさることながら、550人の弁護団というもはや強大な権力に匹敵する相手にたった一人の弁護士だけを味方につけた被告が勝利を勝ち取るまでを描いた闘いの記録でもあり、最終的には教育委員会による日本初の不名誉である教師によるいじめ認定が取り消されるまでを描いていてその得られるカタルシスも大きいものである。エンターテインメント作品としてもすぐれた作品だった。
これじゃない感!!
原告のサイコ女への制裁を期待してたけど、まさかの制裁ゼロ!!!
たぶん観客の8割は、あの女ぶち〇したいと思ったんじゃないかな?
保護者へも先生へも配慮した無難な終わり方だったね。
ノンフィクションに拘りすぎか?サイコ女の正体とか結局わからんかったし、勝手に映画内で素性の決めつけはできないってわけか。
ふたつの人格を演じ分けた綾野剛が凄すぎる。
ふたつの人格と言っても、
二重人格でも、ドッペルゲンガーでもありません。
強いて言えば、【一人二役】でしょうか……
★2003年に起こった実話を元に、
福田ますみの「でっちあげ福岡殺人教師と呼ばれた事件の真相」を、
原作としている。
この事件を告発した原告・氷室律子の見た薮下先生。
もう一つは、薮下先生の真実の姿。
氷室律子側、
暴力教師で息子の拓翔を虐待し、更に自殺を強要する男。
薮下の真の姿、
気弱で流されやすく、NOとはっきり言えない性格。
あれよあれよという間に、
自殺を強要したとんでもない教師像が、氷室夫妻と、
取材した週刊誌記者(亀梨和也)や、マスコミに捏造され、
(世間からも思われる事態になる)
当事者になる怖さ、
自分が薮下先生の立場だったら?
そう考えたら、
凍りつく怖さでした。
氷室律子は、ひと一人の人生を葬り去るほどの、
ホラーな人でした。
闇を抱えた人物。
幼児期のネグレストや貧困(多分)で、
社会に恨みを持つ攻撃的な性格になったと思われる、
「怪物」のような人物。
幸運にも優秀な弁護士(小林薫)、
ジュンヤ君の母親、
拓翔のPTSD数値に疑問持った精神科の女性医師、
入院180日の内、土日祝日など帰宅して、
実際には108日しか病院に居なかった事も
カルテで立証される。
小林薫も実に頼もしい弁護士でした。
律子の生い立ちや裏の顔がわかり、全て氷室夫妻の「でっちあげ」
と分かり無罪判決が出るが、更に「向井市(多分、架空の市町村」を
訴えて330万の支払いが命じられる。
そしてそれから10年後。
やっと薮下先生の停職6ヶ月が、取り消される。
ラストシーン。
すっかり老け込んだ薮下先生は力無く、
生徒たちに朝の挨拶をする姿に、
私は涙が堪えられませんでした。
【俺の10年を返せ‼️》
こんな事が無かったら、もう少し違う明るい日々を送れたと、
私は思います。
そして薮下があの夏の日に見た幻影。
拓翔を従えてブルーのフレヤーのワンピースで、
颯爽と通り過ぎて行く氷室律子。
薮下にはトラウマが・・・もしかしたら・・・
【”マスコミと世間に作り出された根拠なき推測による人権侵害”今作は原告の能面の如き無表情な母を演じる柴咲コウと、追い詰められて行く無実の教師を演じた綾野剛の物凄い演技に魅入られる恐ろしき作品である。】
ー 今作は、2003年に福岡で起きた全国で初めて”教師による苛め”と認定された体罰事件の真相を書いた福田ますみ氏のルポルタージュを基に描いている。
そして、最も恐ろしいのは、今作は映画的演出は入れているが殆どが現実に起きた事であり、薮下の人生を壊しかけた氷室律子(柴咲コウ)一家は、何の罰も受けずにこの世界の何処かで今も生きているだろうという事実である。-
◆感想<Caution!内容に触れています。>
・今作の構成は、是枝裕和監督の「怪物」に酷似している。最初は氷室律子の証言による薮下の姿が描かれ、次に薮下の証言が映像で映し出されるのである。
そして、今作ではその中で、様々な人たちの”心の中の闇、怪物”が描かれているのである。
・更に言えば、氷室律子の供述による、小学校教師の薮下の氷室タクヤ(三浦綺羅)に対する様々な恐ろしき行為を行う姿を演じる綾野剛の、死んだ目の表情が物凄いのである。
今作は、綾野剛の”氷室律子により創り出された嘘”を演じる姿が、リアリティがあり過ぎるからこそ、成立しているのだと思う。
そして、薮下側から観たシーンでの、ドンドンドンドン、マスコミ、世間に作り出された根拠なき推測による噂により、精神的に追い詰められて行く薮下の姿。停職六か月を教育委員会のお偉いさんと思われる女から告げられた時の表情・・。キツイなあ。
真実の生徒に優しく接する薮下の姿と、氷室律子の嘘の薮下を演じる姿とのギャップが凄いのである。恐るべし、綾野剛である。
最早、現代邦画の代表的俳優と言って良いと思う名演である。
■様々な人たちの”心の中の闇、怪物”
1.薮下の上司の定年まで一年と少しの校長(光石研)と、教頭(大倉考二)の”とりあえず、謝れ!”と言う事なかれ主義の愚かしき姿。
2.その言葉に、戸惑いつつ従ってしまう薮下の姿。彼はその事を後から深く後悔するが、時すでに遅しである。
3.薮下の行為を格好のスクープとして追う、週刊誌記者(亀梨和也)とその上司(高嶋政宏)。何のウラも取らずに、薮下に”殺人教師”と言うレッテルを貼り、執拗に追う姿。今作では当時のマスメディアの在り方も、激しく糾弾しているのである。
4.何といっても、氷室タクヤの母、氷室律子である。
タクヤが学校の屋上から飛び降りようとしたときに突然現れるシーンで、直ぐに彼女の言っている事は嘘だと分かるのだが、柴咲コウの大きな瞬き一つしない目と、無表情が怖すぎるのである。凡庸なホラー映画が裸足で逃げ出す怖さである。
そして、彼女が幼き時にネグレクトの家で育っていた事が分かる過去シーンから、この恐ろしくも哀しき女は、息を吐くように嘘をつきながら生きてきた故に、怪物になってしまったのだろうと推測出来るのである。又、彼女の息子タクヤが”ADHD(多動性障害)だった点も関係しているのだろうな。”とも思うのである。
序でに、日に焼けた父の顔も怖いし、謎の男である。
■物凄く、頼もしく見えた人
1.人権弁護士湯上谷(小林薫)
常に笑顔で、冷静で、頭が切れる。薮下の人生を救った人である。こんな弁護士がいるんだなあ。この観ていてキツイ作品で、実にホッと出来る優しく頼もしい笑顔でありましたよ。
2.薮下の妻(木村文乃)
嫌がらせの電話が山にように掛かってくる中、夫を支える姿。
”貴方の味方だから!”という言葉は、涙が出そうになったよ。この奥さんの存在も、薮下を救ったのだよなあ。
3.氷室タクヤに苛められていたジュンヤの母(安藤玉恵)
大雨の中、”裁判の証言者になってくれ!”と頼む薮下の願いをインターフォン越しに切らずに聞く姿。そして、その後ろから聞こえて来る週刊誌記者の嫌らしい声。彼女は裁判には出ないが、氷室律子の真実の姿を告げたり、教室で無理やり謝罪させられる薮下を庇う、唯一の人である。けれども、それも薮下がキチンとジュンヤに接していたからであるんだよな。
■見応え十二分な法廷シーン
・原告の氷室律子の能面の様な姿と、それに対峙する人権弁護士湯上谷と薮下の姿。そして、湯上谷が次々に原告の氷室律子の嘘を暴いていくシーン。
1)愚かしき医者(小澤征悦)が、タクヤのPTSDの検査数値を113と告げた時、顔を伏せた女医の姿を見て直ぐに動き、タクヤの数値が氷室律子の証言により作られていた事を告げるシーン及び、実際の数値がほぼ常人と同じ事を示すシーン。
2)入院100日を超えるとの氷室律子の証言に対し、週末は家に居て近くの公園で元気に遊んでいた姿を見たという証言を取り、原告側弁護士(北村一輝)に反駁する姿。
だが、氷室律子の能面の様な表情は変わらないのである。
■法廷での白眉シーン
・薮下が最終弁論を行うシーンでの、彼の台詞が実に沁みるのである。
”子供は嘘をつきます。それは仕方がない・・。けれども、誰かがその嘘を叱らなければいけない・・。”
氷室律子が、ADHD(多動性障害)である息子タクヤを叱るシーンは今作では一度も映されない。それよりも、氷室律子がタクヤの薮下から行われた指導の事を聞いた時の、”獲物を見つけたような目”を思い出すのである。
そして、裁判官は原告の主張を棄却するのであるが、氷室夫婦は今度は市を相手に訴訟を起こし、賠償金330万円を得るのである。
<そして、10年後。
薮下を護った妻は最早この世にはいないが、彼に懲戒処分を全て取り消す裁決が下るのである。10年掛かってである・・。
薮下の息子は教育実習生として父と同じ道を歩み始め、薮下は湯上谷と路上で会い、お互いに年を取りましたね、と穏やかに会話を交わすのである。
今作は原告の能面の様な無表情な母を演じる柴咲コウと、追い詰められて行く無実の教師を演じた綾野剛の物凄い演技に魅入られる恐ろしすぎる作品なのである。>
■重ねて書くが、薮下の人生を壊しかけた氷室律子一家は、何の罰も受けずにこの世界の何処かで今も生きているだろうという事実が、実に恐ろしいのである。
裁判劇としてのカタルシスはないものの、現代社会の問題点は伝わってくる
序盤に、裁判での原告の証言として描かれる「殺人教師」の言動は、まさに教師による生徒に対するいじめでしかなく、「これは酷い」と思わせる。
ただ、その後に、被告の証言を引き継ぐ形で、無音で映し出される「でっちあげ」という印象的なタイトルによって、それまでのショッキングな映像が「嘘」だったということの察しがついてしまう。
これ以降は、被告の証言に基づいて同じ出来事が描かれるという「羅生門」的な展開となるのだが、すでに、こちらの映像の方が「真実」であろうと分かっているので、証言の真偽よりも、どうしてこんな冤罪が生み出されたのかということが興味の焦点になっていく。
その点、最大の問題は、教師を守ることよりも、父兄の顔色をうかがうことを優先し、原告に謝罪を強要した校長や教頭の対応にあったということが分かるのだが、我々の社会には、その場を穏便に収めるためだとか、ことを荒立てないためだとかで、とにかく謝罪した方が良いと考える風潮が確かにあると思われて、何だか身につまされてしまった。
その一方で、もう一つの問題点であるマスコミの報道については、事実の信憑性について何の裏取りもせず、一方の当事者の言い分だけを鵜呑みにして、しかも加害者と疑われる人物を実名で記事にするなど、雑誌やテレビの対応がお粗末すぎて、かえってリアリティが感じられなかった。これが本当なら、もってのほかとしか言いようがないのだが、せめて、オールドメディアは匿名で報道し、SNS上でプライバシーが暴かれたり、誹謗中傷が過熱したりといった流れにした方が、現在のマスコミの実態が浮き彫りになったのではないだろうか?
同様に、PTSDの鑑定をした心理学者の対応も杜撰すぎて、すんなりとは納得できないし、原告にいじめられていた子供の母親が、裁判での証言を固辞する理由もよく分からなかったので、ここは、原告の夫婦による買収や脅迫が明らかになるといった展開にした方が、物語に説得力が増したのではないかと思われる。
ラストは、予想したとおり、被告を無罪とする判決が下されるのだが、裁判劇としての一発逆転のカタルシスが無かったことには、物足りなさを感じざるを得ない。
あえて言えば、原告がアメリカ人の血を引いているという嘘がバレるところが、形勢逆転の契機となるのだが、それでも、どうして、あんな「でっちあげ」を仕組んだのか、その動機が分からないままなので、ここでは、原告の精神的な異常さが、もう少し強調されても良かったのではないかと思えてならない。
また、被告がいじめをしていたという嫌疑が、10年という月日を経て晴らされるという結末は良いにしても、被告を陥れた原告の親子にしても、無責任な報道をした雑誌記者にしても、ことなかれ主義で事態を悪化させた校長や教頭にしても、「悪い奴ら」が「痛い目にあっていない」ところには、どこか釈然としないモヤモヤとした感覚が残った。
その一方で、裁判のクライマックスで原告が陳述した「厳しく叱ることも愛情」という言葉には、ハラスメントを恐れるあまり、しつけや指導を行うことに萎縮してしまいがちな現代社会の問題点が感じられて、心に響くものがあった。
原作に忠実、柴咲コウの怪演っぷりが凄い
映画の前に原作を読みました。
恐ろしくて恐ろしくて震えました。
これを実写化、監督が三池崇史とくれば
大人から子供への容赦ないイジメ描写を
期待していましたが、
綾野剛を嫌いになりそうなくらい
見事に映像化されていました。
子役の男の子(三浦綺羅)のケアがしっかり
行き届いているのか心配になるくらいです。
ふー、とてもしんどいところです。
マスコミの世間を煽り楽しむかのような
扇情的な報道の数々や
本来、平等な立場であるべき弁護士が
よく調べもせず片方の言い分だけを真に受けた
550名もの大弁護団の無能っぷり。
自分の名前を広めるためにこの事件に
乗っかったかのような医師
これらがすべて真実と言う恐ろしい現実
10年もの長い時をかけて不服申立てが
やっと認められた事がせめてもの救い。
柴咲コウの怪演っぷりがすごいです。
怖いです、震えますまじで見事です。
綾野剛の演じ分けも圧巻でした。
優柔不断な気弱さを感じさせる教師
絶望する姿、怯える姿、いやぁ見応えあります。
こんな恐ろしい事件が本当にあったのだと
もっと詳しく知りたい方はぜひ原作も
読んでみてほしいです。胸糞悪さ半端ありませんから。
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