でっちあげ 殺人教師と呼ばれた男のレビュー・感想・評価
全138件中、61~80件目を表示
何をしたかったのか
三池監督、ずいぶんおとなしめの作品でした。豪雨の中薮下さんが慟哭するシーン、あの激しい風雨はこの映画のテーマなのでしょう。
暑い日、避暑の為にもオススメです。
それにしても氷室律子は薮下誠一を告発してどうしたかったのか?5000万円を請求していたが、たかだか公立小学校の教師相手に無理だろう。
自分の息子拓翔に対する虐待を他人のせいにしたかったのか?
校長、教頭、医者はそんな態度で許されるのか?
向井市の教育委員会はどこを見て何を守っているのか?
週刊誌ライターの鳴海はあんなものかな。因果な商売だよな。
処分取消に10年がかかり、その喜びを共にする愛する奥さんをその間に亡くしてしまうなんて理不尽過ぎるだろう。
法廷劇はラストで「よしっ!」となるのだが、請求が棄却されて「ほっと」はしたが、スッキリとは行かなかった。そもそもの告発自体が何をしたかったのか解らない。
レビュータイトルは冒頭に書きます!!
タイトル=結論部分はネタバレになるのでここで書きます。
観たくない方はここで閉じておいて下さい。
結論
①薮下先生みたいな先生が増えて欲しい!!
②言葉は時に凶器になる!取扱う際は
十分に注意しなければならない!!
③マイノリティの中、真実を伝える難しさの
怖さを痛感した!!
以上
観ようとしたきっかけ
どこかで「地面師たち」のようだと書かれていたので、どの様なものなのかを確認したく拝聴した。
あらすじ
映画の流れとしては、最初に原告側の律子の主張が映像として表現される。
次に被告側の薮下の主張が映像として表現される。
その上で、前半は原告と被告がどちらが真実を述べているのかを観賞者側に考えさせるような流れでストーリーは進んでいく。
そして、起承転結の承の部分で薮下がマスコミ、教育機関及び世論からバッシングを受け家族諸々被害に遭うところが描かれる。
心折れかける薮下であったが、妻の支えもあり一念発起し無実を訴えるために戦う事を決意する事によりストーリーは転換していく。
そして、薮下や律子の過去を交えながらストーリーは結末に向かっていく。
果たして、真実とは一体なんなのか。この辺りが監督の観賞者に問いかけたかった事だと感じた。
感想
薮下先生は優しい。本当に子供が好きで子供を良くしたいと言う思いがとても伝わってきた!!だから①のようになれば日本の未来も明るくなると感じた。
②でも述べたとおり、言葉は時に暴力にもなる。取扱う人が正しく使わなければ、それは時に凶器となる。
だから言葉を発する時は、吟味して発する必要があると感じた。
③マイノリティの言葉は届かないと言うことが、このストーリーの根底の部分だと思われる。
③は特に日本では起こりやすいように思う。
真実も曲がり通されマジョリティの意見が通る。日本人の持つ協調性が悪い方向に出てしまった結果であると感じた。
以上の事からとても考えされられる映画であり、ポップコーン片手に観るような映画ではない!!と言うことは伝えておきたい。(とは言え僕はポップコーンとドリンクセツトを頼みました。)
映画の見せ方もキャストの演技も素晴らしいので皆さんも映画館で是非!!
これは私たちのものがたり
映画レビューが久々すぎて緊張…若い女性がたくさんいた!女の子に綾野剛人気なんやなあ。
保守的な組織あるあるで見ていてとても苦しくなる作品。
社会人って誰しも理不尽な目に遭うことはあると思う。これは理不尽の最上級である。私自身、自分の身を犠牲にしてまで部下を守るという管理職にまだ会ったことがない。みんな自分がかわいい。だからこそ、自分を守る術は持たないと生きていけない。そう思っている。
この主人公は普段から自己主張しないタイプなのだろう。周りからの圧に負けて言ってしまったことが取り返しのつかない事態へとつながっていく。痛いほど伝わってくる苦しみに胸が締め付けられる。
発言には責任を持つべき。やけど、管理職2人にあれだけ詰められて、いや!違う!とあの場で感情的にならずに論理的に説明できる人はどれだけいるんやろうか?主人公とともに絶望的な気持ちになる。そして、当事者でもない者たちが追い詰めていく。教皇選挙でも印象に残った「確信と疑念」という言葉をふと思い出す。本質を見るには常に疑念を持つ。周りに流されず見極められる大人になりたい。
この事件とは比べ物にならないが、私は以前、どうしても許せないと思うことがあり必死に組織と戦ったことがある。その際重要だったのは日々のログだった。それのおかげで時系列が明白となり、向こうの主張が論理破綻していることが明らかになった。どこにでもおかしな主張をしてくる人間はいる。映画の中でも出てきていたが孤立無援状態やと、本当に自分は悪いことをしたのでは?と不安に感じる。その時に自分を信じて闘いなさいと味方になってくれた人は本当に恩人だ。
これから社会人になる方にはぜひ自分の身は自分で守るしかないと強く伝えたい。本当はそんなことをしなくてもフェアな社会になってほしいと願う。2003年から組織という魔物は変わっていない。この物語は他人事ではなく自分にも起きる可能性がある。だからこそ恐ろしいのだ。
怖い映画です
ホラー映画ではないが、日常で実際に誰にでも起こりえる(まあ実話なんですけど)怖い話でした。
薮下先生も、どうのように動いても無傷ではいられないというのが、本当に怖い。
罪として認めなければ、学校に居場所がなくなる。認めれば、それはそれで居場所がなくなる。
裁判に勝っても、教育委員会や学校や教員という組織から煙たがられ、居場所がなくなる。
どうあがいても、勝目がない。
裁判も9:1で勝っても1負けると結果、相手の弁護団も体罰が争点の裁判だったから俺らの勝ちって言うだろうしね。
チョット疑問なのが、本当に誰も疑わなかったのか?という点ですね。流石に弁護団も雑誌の記事や母親の証言だけで100%信用してはいないと思うんですよね?
自分がこういう立場になった時には、マスコミに出て真実を話して、自分側についてくれるマスコミや弁護士を探すって方法は無理なんだろうか?と思いました。
いろいろ考えさせられすぎる
平日の休暇の日にイオンシネマで
タイトルである程度筋が想像できて
ルポルタージュが原作だと知り
そういうのが観たいと思って
あえてそれ以上の予備情報を入れずに臨んだ
傑作だった
綾野剛は好きな役者のひとりなのだが
さすがだった
リビングの木村文乃を前にした絶叫シーン
ホンモノ リアルにもほどがある
現実はあぁなってもおかしくないのだが
常識を超えた演技
木村の受けにもとまどいがあったような
リアルな泣き笑いみたいな感じ
柴咲コウ目線からのスタートで
怪物と似たテイストの
羅生門とか藪の中的な展開だったが
綾野と柴咲の両面演技がスゴすぎ
10年後の場面で
年取った綾野が息子と連絡を取るシーン
何だか家の様子がちがうなぁと
洗濯物が室内に干してあるし
あぁそういうことか という場面
年月の経過を感じつつ
あんな目に遭って心労半端なかっただろうし
というような気持ちにさせられた
光石研の円満定年退社のシーンが
さりげなく織り込まれているのも巧み
最後の方で向井氏って誰だっけと混乱
あ 向井市だったと整理がついた
うーんいろいろ考えさせられすぎる
こんな人物に関わられたらホント大変
でも綾野側の目線の原作だから
そういう感想になるのか とか 藪の中
そういえば監督は三池崇史
スクリーンで観たのは初めてかも
日本の役者うまいなぁ
本日もいい休日だった
いつだって最大の被害者は子供。
教師による児童への虐待、親による子どもへの虐待、学校•教育委員会による教師へのいじめ、親による教師へのいじめ、社会•マスメディアによる個人へのいじめ、子どもによる子どもへのいじめ、子どもによる教師へのいじめ…すべてのいじめ問題が連鎖して起こることを表したお話。
焦点が虐待を疑われた教師だったので他の登場人物の行動や心理などははっきり描写されていなかったが、親による少年への虐待は放置されている(と示唆される)描写で幕が閉じている。
虐待が虐待の連鎖を生む。学校教育を始め社会はその連鎖をどうやって止めるかにもっと力を入れ、個人はそのことをしっかり考える力をつけて行かなくてはいけないとあらためて思う。
映画としては、ドラマチックな場面が気になったのでせっかく実話のルポが原作なのだからもう少し淡々とした作りの方が良かったのではと個人的には思った。けど“センセーショナルに煽るマスメディア”を自作で皮肉る狙いなのか…?
胸が苦しくなる。これは
見ていて辛くなった。映画館でなければ、辞めたくなるほど。前半から厳しいのだが、後半の展開。昨年の名作「怪物」を思い出す。だが、一つ大きく違うことがあって、こちらは現実にあった話ということ。
大衆に流されてはいけない。マスコミに踊らされてはいけない。が、事実は各々の真実に書き換えられてしまう。
わからない事にやりたい放題できる世間に、ゾッとした。
綾野剛、良かったです。
最近よく聞くptsd 、でっちあげようとおもえば、いくらでも悪用できそうだなあと。。
三池作品ぽくなかったが、凄く面白かった。
あー楽しかったではないので、4.5
これは好みの話
冤罪は一部のマスメディアによって拡散される
福岡市で実際に起こった事件がベースの作品。(←ルポルタージュ未読)
この映画を鑑賞して思い出したことがあります。私が小学を卒業したのは、50年以上前ですが、卒業時の担任は女性のビンタ先生でした。我々児童が、悪いことをした時にビンタされましたし、廊下に立たされたりもしました。(←先生の言うことを聞かない、他の児童に迷惑をかける、女子のスカートめくりをするなど、我々児童が悪いのですが😅)それを体罰とは言っていなかった時代ですね。小学6年生にもなると性のこともわかってくるので、「○○先生は、今日はア○ネでイライラだからビンタされないように気をつけよう」といういい加減なことも男子児童間で言っていました。(○○先生ごめんなさい😓)今の時代、先生によるビンタも児童によるスカートめくりも完全にアウトですね😅。
また、モンスターペアレンツも登校拒否児童もいなかったと思います。余談が長くなってしまいました。
柴咲コウの演技が絶妙。無表情さが逆に怖いくらいです。綾野剛の先生役も当たりだと思います。苦悩に満ちた綾野剛の表情、演技がすばらしいかったです。彼を支える妻役の木村文乃も良かったです。光石研のこと無かれ主義の校長先生役もはまり役ですね。どこの組織にもいるでしょうね。綾野剛を弁護する小林薫にも拍手です。
物足りないなかったのは、柴咲コウと夫がモンスターペアレンツになってしまった経緯をもっと詳しく描写して欲しかったですが、実存の人なので配慮したかもしれませんね。映画の中での描写が精一杯だったかもしれません。
あと感じたことは、マスメディアのあり方です。現代はSNSが発達しているので誹謗中傷はもっと酷いでしょう。もうひとつ思い出したのが、松本サリン事件での被害者である河野義行さんに対する当時のマスメディアの報道の酷さ。裏付け確証のない段階での決めつけ報道、センセーショナルな見出しなど、報道のあり方は今もあまり変わってないと思います。また我々自身も誹謗中傷に加担しないように気をつけなければならないと思います。理不尽な誹謗中傷をすることは、人を傷つけるばかりではなく、ある意味冤罪に加担することになるかもしれません。
上半期の私的ベスト5に入る『でっちあげ』。もう一度観たい
主役への印象が、最初の30分とその後でこんなにガラリと変わるドラマも珍しい。
いや、TVのベタなサスペンスドラマでは有りがちかもしれないが、実話を元にした、しかも教師による児童へのいじめ(もはや虐待レベル)についての「日本初」と言われた裁判を元にしているからか、リアリティが半端ない。
まるで「再現ビデオ」のような陰湿なシーンが容赦なく続く導入は、子役のトラウマを心配してしまうほどであり、本当に胸糞が悪くなる。
鑑賞者はこうして例外なくその教師の所業に驚き、嫌悪し、演じる綾野剛という実在の俳優にすら、憎しみを抱いてしまうだろう。
そして、それに続く裁判シーンの罪状認否で教師が
「私は無罪です。すべて拓翔くんとそのお母さんの氷室律子さんのでっちあげです」
と供述するのを聞くに到って、鑑賞者の怒りは「この野郎、この期に及んで卑怯だ。素直に認めろ。絶対に赦せない」とマックスまで高まる。
・・・・・ところがその後一転して、薮下の優しく子ども好きな教師としての日常と、彼の妻(演:木村文乃)や一人息子との温かい家庭の様子が淡々と描かれて行くに連れ、鑑賞者は混乱し始める。
何なんだ、これは? この人物は二重人格のサイコパスなのか? そういうドラマか? 先ほどまでの悪辣な所業は悪夢だったとかいう設定か何かか?
・・・・・・・
無論、この落差は脚本と演出の巧みさによるものだが、何と言っても、まったくの別人に見えてしまうほどの綾野剛の演技力が、鬼のように突出しているということに尽きる。
そして不気味な、こちらこそサイコパスじゃないかと思える母親律子(演:柴咲コウ)、徹底的に権威と保身の権化である校長(演:光石研)、糾弾し社会正義の実現に酔う週刊誌記者(演:亀梨和也)のプレーヤーたちが、否応なく教師を絶望のどん底に叩き落とす。
550人もの大弁護団を擁した告発者の氷室家に対し、たった1人のベテラン弁護士、湯上谷(演:小林薫)が教師の弁護に立つ。ああ小林薫、また良い役をやってる(笑)。
この映画の演出のクォリティの高さは、鑑賞者の見立てを極限まで誤らせ、自分の理性と感情への信頼を揺るがせることにある。
それは同じように法廷ドラマだった『落下の解剖学』にも通じる。
鑑賞者は薮下の「殺人教師」ぶりを寸分違わず信じ込まされ、怒りに震えたと思ったら、それは母親律子だけが見ている異様な妄想に過ぎないようだ、と磁場が逆転してしまう。
そこで鑑賞者は自らの「思い込み」の誤りを突き付けられ、教師に抱いた嫌悪感の根源に差別とヘイトの存在を見てしまう。
だから、小林薫の弁護士と、夫・父を信じ抜く妻と息子の存在は、鑑賞者にとって免罪符のようにありがたい。
観ている方はついさっきまで週刊誌記者や記事を信じた世間と同じように教師を憎み、弾劾し、スクリーンを観ながら一緒になって心理的に集団リンチを加えていたからだ。
いやぁ、あれだけ教師がイジメていたシーンを最初に見せられれば、誰だってそう思ってしまいますよ。だってあれは、そもそも虚言癖のある子どもの嘘と母親の妄想と、それを拡大した週刊誌が生み出したものでしょう?
果たしてそうだろうか?
程度の差はあれ、私たちは日々似たような思い込みを無意識のうちにしていないだろうか。
週刊誌であろうとSNSであろうと「誰かが言っている」ことを自然に鵜呑みにして、わっしょいわっしょいと再生産していないか。
この作品が秀逸なのは、それを痛烈に投げつけてくるところにほかならない。
「でっちあげ」感じたままのレビュー
原作読後に鑑賞。
事件の経緯、当時の教育・医療関係者の実情、マスコミの過熱報道等、福田ますみの原作を忠実に映画化した作品。綾野剛、柴咲コウは熱演、小林薫もベテランならではの名演を見せてくれる。
事件の真相を描いた映画としては、十分納得のいく作品であった。原作では、あまり語られていない教師の家庭での会話のやりとり等は映画ならではで好感を持てたが、肝心の裁判シーンがあまりにも淡々とハイライト的に描かれており残念で仕方がない。
子供の母親が、自分の人生そのものをでっちあげてきた事を弁護士に追求される場面、彼女の幼女体験に基づくものからと示唆する数ショットのみで済ませており、納得どころか全然もの足りない。この部分をもっと深く掘り下げて欲しいと思ったのは、私だけだろうか。
一人の人間の人生がめっちゃくちゃにされたのに誰一人として罪に問われない。何と不条理な事だろうか。そんな事を考えていて迎えたラストシーン、時がいくら経っても、あの親子の幻を見てしまう教師の表情から同情というより、やるせない虚しさだけを感じた。
終始憤りながら...
綾野剛演じる薮下先生を追い詰める人、またそれに加担する人達(律子、父親、校長、教頭、教育委員会、医師、記者)に対する憤りをもって鑑賞していました。
特に校長と教頭。
結果的に救われる結末は良かったのですが、追い詰めた彼らをギャフンと言わせる場面が見たかったなぁ。
事実を元にしているし、そういうスカッとするエンタメ映画では無く理不尽な世の中を示す映画なので分かってはいるのですが。
やはり三池崇史監督は、上手い。 冒頭からタイトルが出るまでの不穏な空気の演出は、流石!
やはり三池崇史監督は、上手い。
特に、冒頭からタイトルが出るまでの不穏な空気の演出は、流石。その後も、三池監督にしては地味ながら、外さない堅実さがある。
最初は、黒澤明の「羅生門」のように、互い立場から証言を言い合う形で進行していくと思っていたが、映画のスタンスは、殺人教諭と言われた綾野剛扮する薮下先生の立場から描いていく(羅生門の原作の「薮の中」の「薮」が名前の中にあるのは意図的?)。
当初原告側の証言によるひどい教師と思わせる映像が流れてゆき、その後に薮下先生の供述が映像となって流れる。見る側は、とてもいい先生としか思えない。それが少しづつズレを学校側の圧力により認めてゆくうちに、殺人教師が形成される過程がリアル。
対する被害児童の母親(柴咲コウ)のなんとも言えない闇を抱えているような無表情の演技がすごい。これでは全く揺がない態度に、学校側も認めざるを得ないと思えた。
そしてマスコミに知れ渡り、薮下先生は「殺人教師」のレッテルを貼られる。
後半は、小林薫演じる湯上弁護士と出会い、原告側の不備をついてゆく。結果、薮下教諭の賠償責任は棄却され、市の責任のみを認定(民事訴訟なので、刑の確定のようなものはない。無罪、有罪ではなく棄却または責任の認定となる)。ただ「いじめ」の有無はうやむやに。
綾野剛は、市井の子供思いの先生を好演。その後のバッシングによる焦燥感もリアルな演技だった。こんなにやられてしまう綾野剛って結構見ものでした。で、その後の名誉回復した後の安堵感も良かった。
弁護士役の小林薫は定番の良さ。
妻役の木村文乃は、芯の強さと優しさがよく出ていたし。
そして何より柴咲コウが怖い。結局彼女は「闇」としか描かれていない。
(最近の柴崎コウは「蛇の道」など怖い演技が冴える)
実話だったということで、映画としては、様々な部分を切り落とし、2時間ほどにまとめられている。
今回、上映時間の制約から描かれなかった部分も気になる。
原作を読めということかもしれないが、ぜひNetflixなどでドラマ化して、あの児童の両親の闇や、学校側、それにエスカレートしていったマスコミについても描いて欲しいと思った。
その時の監督は当然、三池崇史監督で!
久々に三池監督のスマッシュヒットとなった作品。
やはり三池崇史は上手い!
事なかれ主義、現代のカスハラというでっちあげ。
お客さんは、神さまですか?
子どもは、嘘つかないの?
自分の都合のいい主張が通ると思うのは、顧客である生徒だから?
その主張を通して丸く納めようとする、校長をトップにする学校という組織。
学校組織に属する教師は、組織の為に事なかれ主義になり、身を守るつもりでいる。
最後は、事なかれ主義の組織が、個人を守ることはない。事なかれ主義の組織が身を守るのは、
組織よりも自分であるとあるという事実。
何故に事なかれ主義について行ったか?
何故に乗りきれると思ったか?
ただただ自分の良心に問いかける、守るべき組織とは自分を含めた家族である事を、自分の心である事を。
事なかれ主義が生み出し、"でっちあげ"にて、大惨事になったカスタマーハラスメントの代表事例である。
リチャードジュエルミーツハッチング
でっちあげみた。
リチャードジュエルミーツハッチングのオーディション仕立て。
このレベルでの嘘つきバケモノは、案外、その辺にいくらでもいると思う。
ojシンプソンとかはその極北だけど、こういう人って、嘘の上に嘘を塗りたくって、
なんていうか、自己洗脳に近いものがあって、その人にとってはそれが本当に真実になってしまっている。
だから人前で嘘つく時も真実を語っているのと同じなので、それを見た人は嘘だと見抜きづらい。
大事なのは自分がやってないなら、ハッキリ主張する事。
周りにいる現場の目撃者はハメられそうになってる人がいたら、
ちゃんと助けてあげる事。
こんなバケモノと関わりたくない、そんな風に思うのは当然だ。
だけど、いつ自分が獲物にされるかわからないんだぜ?
こういう奴らの常套手段てんこ盛りだった。
騙されない様にするには。
●やたらと正義だ正しさだと押し出してる。
インパクトが大事。強めな言葉に人は扇動される。
●何かにつけて、すぐ海外との比較を持ち出す。
良いとこだけ。悪いとこは言わない。
●世の中の7割8割の人がネットやテレビの情報を鵜呑みにする事を知っている。
殆どの人々は100ゼロ脳だし感情で行動しやすいし、よく考えない。
関係のない多くを巻き込んで、それをコントロールする手立てがある。
同調圧力、ネットリンチなど。
●どんな手段を使ってでも相手に認めさせる。
一度でも認めさせてしまえば、こっちのものだと知っている。都合が悪くなると、別の話にすり替える。
●弁護士は基本的に勝てる勝負しかしない。
特にこういうシチュエーションで大勢巻き込んでくるのは貧困ビジネス系と同じ類の奴ら。
こういうので、多くの飲食店やライブハウス、クラブが潰されていったのを忘れてはならない。
同じ手口だから。
映画の感想に戻る。
綾野剛が真に迫っていた…ま、本人もいろいろあったし…
1人の人生、その家庭が崩壊していくさまは、涙が…
三石さんのこういう使えないオヤジやらせたらもうピカイチ!
柴咲コウのサイコパス演技は素晴らしい!
ちょっと考えたらすぐ見破れる様な雑な嘘をつきまくる人。
いるよ、こういう奴。
気をつけないといけないのは、この作品は実話だが綾野剛側の視点て事。
真実はいつでもグレーって事。100ゼロじゃない。
変態教師も被害者も実際にいる訳で、感情で動いちゃいけない。
一度頭冷やしてよく考える事が大切だと思う。
129分では窮屈
期待していた作品ですが、あっさり展開過ぎて気持ちがついて行かなかったのが残念。129分じゃ短い。
もっとねちねち虐めて、教師=悪を植え付ける。殺人教師としてこれでもかってくらい追い詰められる。
徐々に親子の化けの皮が剥がれていく。
最終的には校長•教頭も報いを受ける。
という感じで、連続ドラマW5~6話で再編して欲しい。
綾野剛が良すぎる
ひきこまれました。
冤罪というテーマでストーリー自体の評価はわかれるところもあるかもしれませんが(個人的には非常によかった)なにより綾野剛の演技が圧巻すぎました。
後半の意見陳述シーンの懐の深い演技は特に揺さぶられました。
小林薫の良さも加わり、この2人の演技だけでも見る価値があります。
最後の冤罪の影響を背負って生きることの辛さを表すくだりは感情を揺さぶられました。
主題歌もよかったです。
原作読んでもう1回見ます。
こっわ〜
身近にありそー、というか、自分に降りかかってくる事だってありそー😱
今現在も似たような理不尽な想いをしている人もいっぱいいそー😱
冤罪の映画やドキュメンタリー見るとほんとに辛い!
最近は大河原化工機の冤罪が勝訴して本当に良かった😭
それにしても10年後の薮下先生、息子さんの年齢からしてまだ50代くらいだよね?ちょっと老いすぎな気がするんだけど、心労のせい? あと、戦友の奥様亡くなっちゃったのね😢
ほんと、冤罪って苦しい😰
現実ってこんなものよね
演出が少々大げさに感じたところがあったものの、全体的にはとても良かった。
【正体】の鑑賞時にも感じたけど、自分の職責に誇りと矜持を持つって、大事だよね…!
【アプレンティス∶ドナルド・トランプのつくり方】に出てきた、『勝利を主張し続けること』『非を認めないこと』を民間レベルで実行すると、氷室親子のようになるのかしら。
など、これまでに観た映画を改めてかみしめるきっかけにもなったり。
創作ベースのお話だったら、いじめられっ子の親が勇気を振り絞って薮下先生側の証人になったり、同僚の教師が校長&教頭の事なかれ主義を内部告発したりするのだろうけど、現実ってそう甘くはないことを、あえてあっさりめに描いたと思われる、10年後の結末シーンで感じました。
氷室たくと君の人生が、歪んだものになっていませんように、と祈る気持ちです。
綾野剛ファンとして
ずっと楽しみにしていて鑑賞。
一人二役的な演技でファンとしてはかなり楽しめました。
実話に基づく作品なので、冒頭の児童体罰シーンではかなり衝撃的でしたが、ラストで逆転〜本当に良かった!
豪雨の中のシーンは、事前情報でたまたま豪雨になって人工的な雨ではないと話されていたので、一発勝負での?演技だったのかな?雨でより一層懇願する必死さが伝わってきました。
今回は、綾野剛さんファンとしてのレビューになり☆☆☆☆☆5
バッシングという土砂降りの雨にさらされる恐怖
20年前、日本で初めて教師による児童へのいじめが認定された体罰事件という実話に基づいている点が、この作品に計り知れない重みとリアリティを与えている。見ている人間は、この物語が「人ごとではない」普遍的な恐怖を内包していることに気づかされるはずだ。
物語は、小学校教諭・薮下誠一(綾野剛)が、教え子の母親である氷室律子(柴咲コウ)から凄惨な体罰を告発されるところから始まる 。この告発は、週刊春報の記者・鳴海三千彦(亀梨和也)によって「実名報道」され、薮下は瞬く間に「史上最悪の殺人教師」として世間の猛バッシングに晒される。彼の平穏な日常は音を立てて崩壊し、誹謗中傷と裏切りが彼を底なしの絶望へと突き落としていく。
本作を観て痛感させられるのは、「自分の信じたいものしか信じない」という人間の本質だ。劇中で象徴的に描かれる「土砂降りの雨」は、まさに世間の声、特にメディアが作り出すバッシングの嵐を視覚化したものだろう。薮下がどれだけ真実を訴えようとも、その声は土砂降りの騒音にかき消され、届けたい相手には届かない。週刊誌が簡単に「真実」を作り上げ、それを世間が鵜呑みにする構図は、現代社会における情報の危うさを浮き彫りにする。
映画はまた、現代社会における「責任」の所在にも深く切り込む。一度謝ってしまったらそれを認めることになり、悪くなくても悪いと認めてしまったらそれが事実になり、安易な謝罪が真実を歪める危険性を指摘する。
そういった日本人の「空気を読む」曖昧さが、時に悪い方向に働き、不用意な言動が「体罰」として事実化されてしまう恐ろしさを描いている。学校側が責任を恐れるあまり、無意識にクレーマーに加担してしまう構図は、教育現場の難しさと、複雑な世の中において教師への責任が過剰にのしかかっている現状を映し出す。
真実を見極めることの困難さも、本作の重要なテーマだ。藪下の弁護士は自分の足で証拠を集めたり、関係者に聞き取りを行ったりするなど、とにかく行動する。情報を精査する地道な作業をして初めて真実が明らかになる過程は、私たちが安易に情報を鵜呑みにせず、一歩立ち止まって考える勇気の必要性を教えてくれる。
最後の法廷での藪下の主張は、まさに今の教育現場に向けた、作り手からの切実なメッセージだろう。子供を真っ当に育てるのは大人の責任であり、ちゃんと叱る大人がいなければ、ろくでもない人間になってしまう。しかし、その「叱る」という行為が、いかに誤解され、一人の人間の命さえ奪いかねない恐ろしさを秘めているか。この映画は、私たちに「真実と嘘は表裏一体」であることを突きつけ、安易な断罪や、ものを考え続けることを放棄する人間の危うさに警鐘を鳴らす。
『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』は、観客の心の奥深くに突き刺さる「衝撃のエンターテインメント」でありながら、同時に私たち自身の社会や価値観、そして情報との向き合い方について深く考えさせる、忘れがたい一本となるだろう。
全138件中、61~80件目を表示









