「セレブリティ志向の強い虚栄心の塊のようなサディスティック女が裁判の持つ魔力に取り憑かれ…… 実話に基づく社会派ホラー?」でっちあげ 殺人教師と呼ばれた男 Freddie3vさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5セレブリティ志向の強い虚栄心の塊のようなサディスティック女が裁判の持つ魔力に取り憑かれ…… 実話に基づく社会派ホラー?

2025年7月7日
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鑑賞方法:映画館

ポップ•アートの旗手と呼ばれたアンディ•ウォーホルが言ったとされる有名な言葉に「未来には、誰でも15分間は世界的な有名人になれるであろう」というのがありますが、世界的とまではいかなくても15分間よりはるかに長く、そこそこ有名になれる方法があります。社会的に注目を浴びそうな案件で誰かを訴えて法廷闘争すればいいのです。

私の知人(友人と呼べるほどではない)にある裁判で原告団に加わった経験を持つ人がいます。彼は善良で地味で物静かな四十男(当時)で強く自己主張をしたり、積極的にリーダーシップを取ったりするようなタイプではありません。そんな彼にとって裁判は一生に一度の晴れ舞台で、出廷しただけで舞い上がってしまうような素敵な出来事でした。賃金をめぐる争いでしたが原告団は被告側が提示した和解案を蹴り、一審では勝訴します。「勝訴」と墨で書かれた紙といっしょに記念写真におさまり、彼も嬉しそうでした。でも、二審では雲行きが怪しくなり、結局のところ、弁護士と相談しつつ、和解案をのんで手打ちとなり、彼の晴れ舞台は終わったのでした。この場合では、原告団は最初は裁判という状況に舞い上がりつつも結局は経済的合理性に基づいて判断して手打ちとしました。でも、世の中にはそんな合理性などこれぽっちも持ち合わせてなくて、ただ他人を貶めて優越感にひたり、おのれの虚栄心を満たすために裁判を利用する人がいるんですね。心底、怖かったです。

そう、この事実に基づく物語に、小学生の息子を持つ母親として登場する氷室律子(演: 柴咲コウ)はセレブリティ志向が非常に強く、虚栄心の塊のような女で自分についても数々の虚言で塗り固め、いいイメージを作ろうとしています。そんな女が格好の餌食を見つけてしまいます。息子 氷室拓翔(演: 三浦綺羅)の担任の教師 薮下誠一(演: 綾野剛)です。彼女は夫(演: 迫田孝也)とともに学校に怒鳴り込みに行き……

経緯を見ていてため息が出てしまったのは、薮下先生が氷室夫妻にやってもいない体罰を認めて謝罪するところです。確かにこの「でっちあげ」裁判の元凶は、自分が特別な人間であることを見せつけたいと常に考えている氷室律子にあるのは明白ですが、裁判にまでなってしまった原因のかなりの部分は、厳しい言い方になりますが、この薮下先生のトラブル対応に際しての初動ミスにあると思います。校長(演: 光石研)、教頭(演: 大倉孝二)の命令に逆らってでも「やってません。証拠はあるのですか?」と突っぱねるべきでした。私も元サラリーマンのはしくれ、上司と部下が喧嘩したら百パーセント上司が勝つくらいのことはわかっています。まあでも今回はこの上司ですからね。よくいうところの「上司が部下を見抜くには3年かかるが、部下が上司を見抜くには3日もあれば十分」で薮下先生も校長や教頭がどんな力量の持ち主かよくわかってるはず。また、薮下先生は日頃の行ないがよく人望もあるみたいな感じでしたから、"この時点なら" 自分のクラスの児童やその保護者、同僚の教師たちの多くも彼の味方になってくれたはずです(安藤玉恵演じるあの母親もこの時点なら、そんなはずはないと言ってくれたと思います。そんな彼女でも、あの時点だとあれが精一杯になりますが)。

結局、校長/教頭の命令に逆らうのは既知のリスクです。でも、体罰を認めて氷室夫妻に謝罪するというのは未知のリスクになります。あの予定も入っていなかったにもかかわらず夕食後の時間に呼びつけた家庭訪問の件で氷室律子は要注意保護者リストの筆頭になっていたはず。返す返すもこの初動のミスは痛かったと思います。私もなんとか定年まで逃げ切れましたが、トラブルもいろいろとありました。この映画を観て思ったのは、私に関して言うと、正直言って折り合いの悪い上司もいましたが、幸いなことに、この校長/教頭のような無能な上司についたことはありませんでした(まずは部下の話をよく聴き、その後に現場に行って子供たちの話を聞いて事実確認してから対応を考えると思うのですが、それもせずに、ただ謝れって……)

あ、これ、映画のレビューでしたね。私は三池崇史監督とはあまり相性がよくないと思っていました。露悪的なところとか、演出に品がないところとかが気になって。でも、この作品では程よく抑制された品のなさがうまく機能して、そこそこ面白いエンタメ作品になっていたように思いますし、事実に基づいた物語ということで、いろいろ考えさせられることも多かったです。

Freddie3v
おつろくさんのコメント
2025年8月16日

共感ありがとうございます!

訴訟事は、ごくごく普通に生活している人には無縁なことだと思われますが、Freddie3vさんの身近に関わられた方がいらっしゃったのは、ある意味「幸運」だったかも知れないですね。弁護士というか法律というものは、「弱者ではなくて法律を熟知している人の味方である」という言葉を聞いたことがありますが、何が原因で被告側の立場になるか分からないので、ある程度の法的知識は必要だと考えさせられる作品でした。

おつろく
Uさんさんのコメント
2025年7月29日

共感有り難うございます。そうでしたか。氷室律子の内なる恐るべき巨大な虚栄心に、薮下は取り憑かれてしまった訳ですね。

Uさん
大吉さんのコメント
2025年7月14日

私も三池監督の、品のなさが出てる作品が苦手だったんですが、今作はキャスティングのおかげもあってか、よかったです。

大吉
レントさんのコメント
2025年7月9日

いまは学校現場ではカスハラ対応同様にモンスぺ対応も出来上がりつつあるみたいですが、当時はクレーム対応に追われてとりあえずうるさい保護者には謝罪しとけばことは丸く収まるという経験則があったみたいですね。それに訴訟沙汰になるとまではさすがに予想できないですし、教育委員会のいじめ認定もあの正義感溢れる弁護団の圧力によるものだったと言われてます。
薮下は押しに弱いとこが欠点ですが、この事件はむしろ彼や律子などの個人の問題ではなく今のSNS社会同様デマを根拠にあらゆる分野の人間がそれにたやすく翻弄されてしまう状況を見事に描いてると思いました。いまなら外国人バッシングが当てはまると思います。票欲しさに政府与党まで外国人対策に乗り出すといってますが、移民バッシングして支持を得たトランプと変わりませんね。

レント