「原作のルポタージュを三池監督がアレンジすると、居並ぶ主役級俳優が重いテーマと真っ向勝負しさせ見応え十分の作品となりました。スリリングな演出もさすがです。」でっちあげ 殺人教師と呼ばれた男 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5 原作のルポタージュを三池監督がアレンジすると、居並ぶ主役級俳優が重いテーマと真っ向勝負しさせ見応え十分の作品となりました。スリリングな演出もさすがです。

2025年7月2日
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鑑賞方法:映画館

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 2003年に福岡市で起きた、日本で初めて教師による児童へのいじめが認定された体罰事件を題材にした福田ますみのルポタージュ「でっちあげ 福岡『殺人教師』事件の真相」を三池崇史監督が綾野剛を主演に迎え、映画化した作品です。
 福岡市の市立小学校の男性教諭が、アメリカ人を先祖にもつとされる児童(事実は未認定)に対して、人種差別に基づくいじめを行ったとされて教師が処分されたものの、裁判後、いじめの事実が認定されないとして処分が取り消された事件。福岡市教育委員会が全国の教育委員会で初めて「教師によるいじめ」を認め、教諭を懲戒処分としたことで、マスメディアでも大きく取り上げられました。しかしその後、報道は収束。児童の両親側の主張のみを鵜のみにし煽情的に報じたメディア報道のあり方も問われたのです。

●ストーリー
 2003年。小学校教諭の薮下誠一(綾野剛)は、教え子の氷室拓翔(三浦綺羅)への体罰を保護者の氷室律子(柴咲コウ)から告発されます。その内容は「死に方教えてやろうか」と恫喝するなど、体罰という言葉では収まらないほど凄惨なもので、市の教育委員会は日本で初めて「教師による生徒へのいじめ」と認定したほどだったのです。

 それを嗅ぎつけた週刊春報の記者・鳴海三千彦(亀梨和也)は薮下の実名報道に踏み切り、「史上最悪の殺人教師」など過激な言葉で飾られた記事は世間を震撼させます。たちまちほかのマスコミにもセンセーショナルに報道され、マスコミの標的となった薮下は
世論に猛バッシングを受け、停職処分となり、絶望の底へ突き落とされていきます。

 世間でも律子を擁護する声は多く、550人もの大弁護団が結成され前代未聞の民事訴訟に発展。誰もが律子側の勝利を確信するなか、初公判に立った薮下は「すべて事実無根のでっちあげ」だと完全否認するのでした。

●解説
 ルポタージュを原作としている本作は、ほとんど実際に起こった事件に即して描かれていることが恐ろしく感じられることでしょう。というのも描かれている内容が、誰の身に起こってもおかしくないえん罪だからです。痴漢冤罪事件と同様に、どんなに当人が身の潔白を主張しても、周囲が騒ぎ立てて、マスコミが追随して報道してしまうと、やってもないことなのに犯罪者に仕立て上げらよれてしまう恐ろしさが、本作で克明に描かれたのです。まして2003年当時台頭していたのがモンスターピアレンツでした。こうした口やかましい保護者に対して、学校サイドはとにかく頭を下げてやり過ごすという安易な逃げ方が横行していたのです。なんでも保護者のいいなりにしてしまうという空気の支配が、本件をこじらせ、無実の教師を追い込んでいったのです。
 それを名匠三池監督がアレンジすると、居並ぶ主役級俳優が重いテーマと真っ向勝負しさせ見応え十分の作品となりました。スリリングな演出もさすがです。

 特に冒頭のいじめを受けたと主張する教え子の氷室拓翔の視点から描かれるサデステックな担任の薮下と『でっちあげ』のタイトルを挟んで描かれる実際の気弱でお人好しな教師の薮下の実像の二つのシークエンスの対比が真逆に描かれることで、一気に観客を一体どっちが本当なんだろうと物語にぐいぐい引き込んでいくのです。『でっちあげ』のタイトル以降、ストーリーの流れが急流に変わる時、観客はジェットコースターに乗ったような興奮を感じながら結末に向かって疾走することになるのです。

 まぁとにかく本作での綾野剛の演技がすごすぎます。冒頭登場する薮下の教え子へのいじめる方は強烈です、見ていてこんなやつが、生きていていいのか?と胸糞が悪くなるくらいの嫌悪感を綾野剛演じる薮下に抱きました。その演技はもはや「演じる」なんて言葉では足りないのです。人として壊れているのではという狂気に包まれていました。
 ところがシークエンスが変わって、薮下本人の視点で描かれだすと綾野剛演じる薮下は一転します。まるで同一人物とは思えないほど、腰が低くなり、校長や教頭の求められるまま言いなりになって、いじめを渋々認めてしまう気弱な人物にからりと変わってしまうのです。この薮下の落差の激しい演じ方の違いが本作の大きなポイントとなりました。
 これまでの綾野剛出演作品に驚いてきた人でも、きっと本作でさらにガーンと大きく衝撃を受けることでしょう。
 しかし本作は綾野剛だけの作品ではありませんでした。
 本作でモンスターピアレンツを演じている柴咲コウもなかなかヤバいのです。我が子を案じる心配そうな眼差し。でもなんかヘンなのです。ときに見せる目つきの強烈さはどう見ても異常に見えます。彼女のまばたきもせず、こちらをずっと凝視する面立ちは、早い話いっちゃっているです。この演技だけで演じている氷室律子がどんなに息子を溺愛し。パラノイアに陥っているのか説得力を持って訴えかけてきたのです。
 さらにその他の共演者の“クセの強さ”も特筆ものでした。
 その中で際立つのは週刊春報の記者の鳴海三千彦のいい加減な取材態度でした。演じているのは亀梨和也です。この記者の実際の名前は西岡研介といい週刊文春の記者でした。 当事者から話を聞くのは取材の基本であるのに、西岡が教諭に対する聞き取りを全く行なわず『殺人教師』というレッテルをかぶせたのでした。そういう実際の記者のでたらめな取材を色濃く反映した演技でした。
 余談ですが、西岡にも取材した原作者の福田は、裁判の経過を福田が伝えても西岡は聞こうとしなかったそうです、『週刊文春』に記事を書いた後は、この事件についての関心を失ったのだろうと福田は評しました。事件記者にとって、取材対象は“消費”していくだけの存在なのかもしれません。残された被告の薮下がどんなに苦しむとも、野となれ山となれと投げ捨てるだけのものでしょうか。

流山の小地蔵
YOUさんのコメント
2025年7月3日

筆頭弁護士もその後まともに取材に応じず逃げ回っていたとのこと。
どうやらお亡くなりになっているようですが。

YOU