「すべての人にとって「私」の物語である」ブルーボーイ事件 prishouさんの映画レビュー(感想・評価)
すべての人にとって「私」の物語である
映画の醍醐味は、笑いや涙、感動や興奮だろうと思うけれど、「社会性」というものも、その満足度の中には一定程度含まれるのではないかと思う。少なくとも、私個人としては、そのような作品に興味を注がれる。
『ブルーボーイ事件』は、今なお議論され続けているトランスジェンダーの人権を扱った作品である。
トランスジェンダー当事者でもある飯塚監督は、石田仁さんや三橋順子さんさんなど、「ブルーボーイ事件」に詳しい研究者にヒアリングし、裁判資料や当時の週刊誌での扱われ方などを丁寧に確認し、史実に沿った登場人物像を作り上げていかれたようです。(劇場版パンフレットには、石田氏、三橋氏のコラムも掲載されていて、理解を深めるのに役立ちます)
証言に立った、被告医師による性別適合手術を受けた3人のトランス女性(戸籍上の性別は男性)の、三者三様の生き様の描かれ方が、当時のトランスジェンダー当事者の苦悩を(おそらく)リアルに描いている。性風俗か、ショーパブか、“普通”の女性か。お互い時に反目しつつも、「生きづらさ」という点において共感し合う様子は、涙を誘う。
主人公の中川未悠さんは、トランスジェンダー当事者で、(ドキュメンタリー出演経験はあるものの)演技は初めてとのことであるが、当事者ならではの感情をうまく演技に乗せることができており、感情移入しやすく、素晴らしい演技だった。特に(裁判ものの定番)最後の証言は、心に響きました。
その他にも、演技経験の少ない、多くのトランスジェンダー当事者の方が出演しているが、中川さんをはじめ、それぞれご本人の才能はもちろん、それを引き出した監督の演出の技量が功を奏しているのではないかと思う。
また、当事者が演じることで、この物語(トランスジェンダーの苦悩)が「特別なこと」ではなく、「現実」なのだということ、私たちは「見えていなかった」だけだということに気付かされる。
本作の根底に流れている主題は、「性的少数者」の問題のようでいて、すべての人にとっての「幸せとは何か」を問うものである。
映画を観ていると、ひとつの物語の中での一人の個人的な思いが、社会全体を表現している、と感じることがあるが、本作で感じたのはまさにそのような感覚である。この作品は決して「少数者」による「少数者」のための物語ではない、観る者すべての、「私」の物語である。
この作品が一人でも多くの方に届き、長く観続けられる作品となるこを、そして、すべての人が幸福に生きる権利を全うできることを、心から願う。
そのように思わされる力が、この作品にはありました。
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