「人を知るには怒りの尺度を図るのが肝心だが、ラリって痴話喧嘩させるのが一番手っ取り早いのだろう」ブラックバッグ Dr.Hawkさんの映画レビュー(感想・評価)
人を知るには怒りの尺度を図るのが肝心だが、ラリって痴話喧嘩させるのが一番手っ取り早いのだろう
2025.10.2 字幕 TOHOシネマズ二条
2025年のアメリカ映画(94分、G)
スパイの炙り出しを任された諜報員を描いたミステリー映画
監督はスティーヴン・ソダーバーグ
脚本はデヴィッド・コープ
原題の『Black Bag』には、「違法捜査」のほかに「流用された費用」という意味がある
物語の舞台は、イギリスのロンドン
イギリス国家サイバーセキュリティセンター(NCSC)のエージェントであるジョージ・ウッドハウス(マイケル・ファスベンダー)は、局長のフィリップ・ミーチャム(グスタフ・スカルスガルド)から、「NCSCの中にスパイがいる」と言われ、5人の容疑者を告げられた
ケースオフィサーのフレディ(トム・バーク)と彼の恋人でもある衛星画像抽出係のクラリサ(マリア・アベラ)、防諜担当の諜報員のジェームズ(レゲ=ジャン・ペイジ)と彼の恋人でもある局内カウンセラーのゾーイ(ナオミ・ハリス)、それに加えて、ジョージの妻キャスリン(ケイト・ブランシェット)の名前もあった
「妻が犯人でもできるか?」と問われたジョージは、頷き任務にあたることになった
ジョージは3組のカップルの食事会として彼らを自宅に招き、得意な料理を披露していく
妻にはチャナマサラを食べるなと言い、そこには「DZM5(ジアゼパム5mg)」という薬物が多量に盛り込まれていた
それを過剰に摂取することで興奮状態になり、隠しているものが露見すると考えられた
また、ジョージは「ゲーム」と称して「右隣の人の誓いを立てる」というものを始め、ピロートークを交えた過激な話題を振り撒いていく
ゾーイはジェームズに「相手の後でフィニッシュする」と誓いを立て、ジェームズはクラリサに「ジジイを好きになるな」と誓いを立てられてしまう
そしてヒートアップしつつある中で、クラリサはフレディに対して「彼女とヤルのをやめる」と突きつけた
クラリサはフレディが誰かと浮気をしていると睨んでいたのだが、フレディは身の潔白を主張したいがために語気が荒ぶってしまう
クラリサも我慢の限界が来てしまい、とうとう食事用のナイフでフレディの甲を突き刺してしまうのである
映画は、ほぼ会話劇となっていて、メインはジョージの家の食卓だったりする
ほとんど変わり映えのないところに、諜報員あるあるネタで内輪受け的な会話が展開されまくる
映画のタイトルにもなっている「Black Bag」は諜報員などが行う「違法な捜査」を意味し、会話の中にも何度も登場している
諜報員の抱える秘密を「ブラックバッグ」と言ったりするのだが、実はもう一つの意味が最後に明かされている
それは、「流用された資金」という意味があり、NCSCのスティーグリッツ(ピアース・ブロスナン)の思惑から生じている、「セヴェルス(メルトダウンを起こさせるプログラムの入ったデバイス)」をキャスリンがロシアの反政府組織のクリコフ(Orli Shuka)に売り払ったように見せかける700万ポンドのことを指している
ラストにて、まだ700万ポンドは口座の中にあるという会話があるのだが、スティーグリッツに辞職勧告をしつつ、黒幕を沈めることに成功した2人へのささやかな報酬のようになっていた
ジョージとキャスリンは、同じ目論見の中で別々の罠にハマっていて、それが補完しあう関係になっていた
ジョージに衛星切替のタイミングでキャスリンを監視させ、そのタイミングを図ってクリコフとパブリチュク将軍(Daniel Dow)を隠れ家から脱出させた
それを夫の失態だと思い込まされたキャスリンは、ドローンを使って逃げた2人を始末することになり、それが夫婦の枷になると考えられていた
それを看過したジョージはキャスリンと共に黒幕を表に引きずり出して、あるトラップを仕掛ける
それが「テーブルに置かれた銃」だったのである
かなりネタバレ部分がわかりにくくなっていて、人間関係も複雑なように思える
だが、ミーチャムが死んだことによって昇進できるスティーグリッツが、自分がコントロールできないキャスリンとジョージを始末しようとしたことは理解できる
フレディはスティーグリッツから直接的な指示を受けていて、そこで登場する「セヴェルス」のことを泥酔時にゾーイに話ししていた
ゾーイの正義感はフレディに密告するという形で伝わっていて、完全に蚊帳の外にいたのはクラリサだけだった
これらの思惑の連鎖を利用したものの、看過されて返り討ちにあっているのだが、それを可能にしたのが「2人が夫婦でいられる秘訣」であったとも言える
ジョージは「相手のことを知って、そこにふれないようにする」のだが、これは監視カメラを使わなくてもできることだったりする
より相手を理解するには「怒りの感情を引き出すこと」なのだが、それに一役買っていたのが薬入りのチャナマサラだった
また、激情を生みやすいのは痴話喧嘩の部分であり、ジョージはそれぞれの隠したいことをすでに入手していたのだろう
前半のテーブルでは「クラリサを焚き付けてフレディを刺す」という展開になっていたが、そこではフレディの密会相手がゾーイだったことはバラしていない
知り得た情報をどこまで出すかという話術のスキルが描かれていて、これが「相手のことを知りつつ、ふれてはいけないところにはふれない」につながっていたりする
ジョージにとっては、仕事も夫婦関係も根本は同じとなっていて、その対極にいるのが何も知らないクラリサだった
彼女の激情を利用して場をヒートアップさせていくやり口などは、かなり凝ったものではあるが、実に周りくどい展開をしていくなあと思った
いずれにせよ、ジョージとキャスリンには別々の罠が仕掛けていて、ジョージの失態をキャスリンは助けるだろうというところを看過していたところまでは黒幕の作戦通りだったのだろう
だが、お互いを知り尽くして信頼しあっている2人だからこそ、「嘘を効果的につく」ことができていて、それが「映画の半券問題」だったりする
おそらくは、キャスリンも誰かが映画の半券を仕込んだことを知っていて、夫の前では「それを知らないふりを貫いた」のだと思う
その稚拙さを「侮辱的」と評するキャスリンだったが、ジョージのこととなると上手くはコントロールできなかったようだ
ここにスティーグリッツの言うキャスリンの弱点があったのだが、それを見破れても、程度の低い罠を張ったせいで全てが台無しになっているのだろう
その辺りがストーリーの根幹になると思うのだが、実に「わかりにくい」と言う一言で片付いてしまう映画だったように思えた
