逆火のレビュー・感想・評価
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真実の行方‼️❓フィクションのリアリティ‼️❓
三浦友和が今年最高の映画と呟いたのは、国宝とこの映画、国宝には彼の息子が出ているので割り引くとして、この映画は、感動とは無縁で、感想すら出てこない。問題点が出て、考え続けなかければならない。ヤングケアラー、親の虐待、嘘を美談にして、悪いかな、どうかな、こんな親なら殺しさえ許容される、か?パパ活、東横あたり、ホストクラブ、ガールズバー、マツチングアプリで客寄せ、詐欺、最近殺人事件多いね。問題点の解決に正解は一つでは無い。いろいろ考えさせられた。皆んな、良い演技でした、ありがとうございました😊😭
絶望への行進
セピア色がかった画像。
昭和を感じさせるレトロなオフィスの室内。
やはり昭和を感じさせる半ば朽ちたようなアパートや建物群。
そんな風景を背景にしてある映画製作の光景が描き出されます。
感動的な実話の映画化に向けて最初は希望に溢れていた関係者たち。
けれどクランク・インが近づくにつれて漂いだした微かな不協和音がやがて轟音をたてて関係者を巻き込んでゆく様が、淡々としているだけにかえってその逃れようのない閉塞感と絶望を際立たせて描き出されます。
本作の主人公は映画の原作となった実話の少女を始めとした様々な立場の若い女性たちだと思いました。
レトロな背景と対照的な彼女たちのイマドキ風な生態。
様々な立場と言っても、それは皆が堕ちてゆく地獄にどれだけ近いか遠いかの違いに過ぎないように思われます。
素直に堕ちてゆく少女たちと、彼女たちを取り囲む建前と正論のバランスをとれない大人たち。
現代社会が孕んだ絶望感を斬新な切り口で提示した作品でした。
やりきりないなぁ…
逆火(ぎゃっか)は、ガス火炎を使用中に火炎が火口からガスの供給側へ戻る現象。 機器類を破裂させることがある。
(Wikipedia)
緻密に計算された脚本/演出に裏打ちされた なかなかの傑作だとも思うが……
本篇について論じる前にまずはこの作品のキャッチコピーについて。「この女は、悲劇のヒロインか、犯罪者か?」とあります。ポスター•ビジュアルではこのコピーを縦書き3行にして赤い字で上から下へと配し、船が何隻か浮かぶ海を背景にして、この映画の登場人物のARISA(演: 円井わん)と野島(演: 北村有起哉)が並んでベンチに腰をおろしています。このキャッチコピーの「この女」とは ARISA のことで、公式サイトにあるあらすじを読んでみても、この映画で中心に描かれているのは ARISA のことだと錯覚します。でも ARISA はこの物語の中では、いわば化学の実験における触媒のような存在で、その実験の中心にあって化学反応を起こしているのは、彼女の自伝的小説を映画化した『ラストラブレター』の助監督を務める野島なのです。この映画は徹頭徹尾、この野島の物語です。この『逆火』という映画のプロモーションには「羊頭狗肉」(羊の頭を店先にかかげて犬の肉を売るというヤツですね)感を感じてしまいます。
まあでも映画の中身は犬の肉などではなく、なかかなか上質の肉と言ってもいいと思います。物語は上記の『ラストラブレター』のクランクイン直前からスタートします。映画の原作である ARISA の実話を基にしたと言われる自伝的小説の内容に疑念を抱いた野島は彼女の過去を調べ始めます。小説の中では彼女は体の不自由な父の面倒を彼が事故で亡くなるまでみた健気なヤングケアラーです。でも実態はそんな美談などではなく、父親のDVがあったり、父親にかけられた生命保険があったり、おまけにARISA(有紗)の少女時代の素行が芳しくなかったり、とドロドロしていたことがわかってきます。野島は真実ではない美談を映画にしてよいかと苦悩し、監督(演: 岩崎う大)やプロデューサー(演: 片岡礼子)とも相談しますが…… と、苦悩する職業人として野島。
一方、家庭人としての野島も娘のことで苦悩しています。素行不良の娘はホストに入れあげてカネに不自由している模様。新宿の東横あたりにも出没しているみたいで父親の言うことなどまったく聞かない。野島は仕事中心の生活で家庭のことをあまり顧みてこなかったようで、娘とコミュニケーションがとれません。妻ともとれてない感じです……
と、現代の社会問題と絡めながら物語は進んでゆきますが、中心にいるのは野島。私も身につまされますが、彼は職業人としても家庭人としてもなんだかポイントもタイミングもズレている感じで、視野が狭く、問題点を客観的に俯瞰して見ることができません。でも、この映画の最初の部分の描写からすると、彼は助監督としてはなかなか優秀で監督やスタッフとの関係もいいみたいです。小器用で調整役には向いているけど、肝心要のところでは何もできなかったり、余計なことをしてしまう…… そんなタイプでしょうか。
結局、野島は物語のラストで家庭人として、というか、人間として、かなり重い結末を受け止めざるを得なくなります。
ということで、この『逆火』、脚本、演出ともしっかりとしているし、俳優陣の演技も北村有起哉を筆頭にいいし、なかなかの傑作だと思いました。でも、この映画、好きか? って訊かれたら、私はうーんと唸りながらノーと答えると思います。確かによく計算された脚本、演出なのですが、作り手側のあざとさのようなものを感じてしまうんです。実は一番最初に決まっていたのはあの重いラストシーンではないか、あのラストありき、で後ろから前へとストーリーを構築していったのではないか、という考えが鑑賞直後に頭に浮かびました。そうなったのも、物語の運び方に人工的で不自然な何かを感じていたからかもしれません。緻密に計算されているけど、ちょっとあざとい。作り手側がこうなら、送り手側(配給側)も最初に書いたようにちょっとミステリーっぽく宣伝しようとしていて、これまた、あざとい。鑑賞後に違和感を感じてしまって評価に困ってしまう、そんな作品でした。
煩悶し憔悴する北村有起哉の演技が素晴らしい
『ミッドナイトスワン』の内田英治監督による作品で、主演は北村有起哉でした。中学時代にヤングケアラーだった小原有紗(円井わん)が執筆したノンフィクション小説を原作として、これを映画化するプロジェクトに助監督として参加する野島浩介(北村有起哉)を中心に展開していきます。
有紗は、半身不随となった父親を懸命に介護していましたが、ある日その父親が階段から転落し死亡。彼女は、父の残した保険金をもとに成功を掴んでいきます。しかし、浩介が取材を進めるうちに、小説に書かれた内容と実際の出来事がまったく異なることが明らかになっていき、浩介は深く煩悶し、次第に精神的にも追い詰められて行きました。
実際の父親はDV加害者であり、有紗自身も彼を憎んでいました。また、有紗は金銭目的で“パパ活”も行っていた過去があり、さらに、父親の死も彼女が手を下した可能性すら浮上します。こうした事実を知った浩介は、監督(岩崎う大)やプロデューサー(片岡礼子)に映画の制作延期や中止、内容の見直しを訴えますが、関係者の生活や制作会社の経営などを理由に却下され、彼の苦悩はさらに深まり、ますます憔悴していきました。
本作の魅力の一つは、3組の「父娘関係」の絶妙な対比と絡み合いにあります。
まず一つ目は、浩介と娘・光(中心愛)の関係。通信社で安定した職に就いていた浩介が、夢を追い映画の世界に飛び込んだことで家計は悪化。妻(大山真絵子)は派遣社員として働くことを余儀なくされ、光も経済面で犠牲を強いられていました。過去の有紗と同じように、夜の仕事で金を稼ぎホストに貢いでいる様子が描かれます。浩介はそんな娘に手を焼きますが、客観的に見ると、妻や娘とのコミュニケーション不足が家庭崩壊の遠因であったことが伺えました。
二つ目の父娘関係は、有紗と実父との現実の関係。先述の通り、父親は暴力的で、有紗は彼を深く憎んでいました。
三つ目は、有紗が小説の中で描いた父娘関係。小説では、有紗は愛情深く父を介護し、父の転落死も「自分に傘を届けようとした父が足を滑らせて死んでしまった」という悲劇として描かれます。さらに、父が密かに加入していた保険の存在を死後に知る、という筋書きになっていました。しかし、これらはすべて創作であり、保険金の話も生前から知っていたというのです。こうした事実に直面し、苦悩する浩介の姿には共感せざるを得ません。
特に興味深かったのは、有紗のキャラクターの変化です。最初の登場時には明らかに観る者に不快感を抱かせる存在だった彼女が、浩介との関係を深める中で小説が虚構であることを認め、次第に浩介に心を開いていく様子が丁寧に描かれていました。小説に描いた理想の父親像を夢見ていた有紗が、「浩介のような人が父親だったらよかった」と語る場面は、感情を大きく揺さぶられる瞬間でした。もしこれが“パパ活仕込み”の計算だとすれば驚きですが、文脈から見る限り、彼女の本心だったように思え、それがまた切なく印象的でした。一方で、浩介と実の娘・光との関係は改善するどころか、さらに悪化していきます。
こうした3つの父娘関係の描写は非常に巧みで、物語全体に深みを与えていました。
また、映画制作における「虚構」と「現実」の取り扱いについても、内田監督自身の葛藤が投影されているように感じられ、印象的でした。有紗の真実を知って映画化に疑問を抱く浩介と、ヤングケアラー問題を象徴的に伝えることの意義や、制作現場の事情から続行を求める監督やプロデューサーたちの対立は、現実の映画制作の裏側を覗かせるようで興味深いものでした。
一方、映画的な省略については納得できるものとできないものがありました。前半の山場である浩介と監督の対話シーンは、非常に重要だった一方、監督が有紗の真実を聞いても動じない様子はやや不自然でした。もし真実を知っていて映画化を進めていたのであれば、それは相当な悪人ともなりますが、そうではないと思われるだけに、もう少し驚きや葛藤を見せてほしかったところです。
ただ、終盤の“省略”は非常に効果的でした。浩介が通信社の取材に応じた直後、一気に1年後へと時間が飛ぶ演出。有紗をモチーフとした映画がフランスの映画祭(カンヌ風)で賞を受賞し、高評価を得たことが示されます。一方で浩介が、小説の真実性に疑いを持った通信社の取材にどう応じ、通信社がどのような記事を書いたのかは明示されず、観客の想像に委ねられていました。このように、観賞後の余韻を残す作りは非常に好ましく感じました。
そして、終盤の悲劇的な展開の演出もまた見ごたえがありました。内田監督らしく、後味の悪さを残す展開でしたが、それがまた本作の印象を強くする要因ともなっていました。
最後に、何よりも印象的だったのは、主演・北村有起哉の演技です。仕事と家庭、両面で悩みを抱えながらも映画制作に没頭する男の姿を、リアルかつ繊細に演じていました。有紗役の円井わんについては、当初ミスキャストではないかと思ったものの、物語が進むにつれてその印象は覆され、特に中学生時代を自然に演じ切った姿には説得力がありました。監督役の岩崎う大も、実在の映画監督のような存在感で、キャスティングとして非常に的確でした。
全体として、本作は「虚構と現実」「理想と現実」「親と子」というテーマを通じて、多層的に観客に問いを投げかける秀作であり、見応えのある一本でした。
そんな訳で、本作の評価は★4.2とします。
経営者としての「使命感」と「チームの本質」
『逆火(Backdraft)』は、炎と命の最前線で働く消防士たちの姿を描いた熱いヒューマンドラマである。1991年に公開されながら、今もなお色褪せないこの作品は、経営者にとって多くの気づきを与えてくれる。特に「使命感」「信頼」「危機管理」というテーマは、日々組織を率いる者として深く刺さるものがある。
物語の中心にあるのは、命懸けで火災と対峙する兄弟。過去に父を火災で亡くし、それでもなお火に向き合う彼らの姿からは、“逃げない覚悟”の重要性を教えられる。これは、経営の現場でも同じだ。困難な局面でも、「誰かがやらねばならない」と立ち向かう責任感が求められる。経営者はまさに、“組織の火消し役”であり、炎の中に飛び込む決断力が試される。
また、火災現場では一瞬の判断ミスが命取りになる。これは、顧客や社員の人生に関わる経営判断にも通じる。どんなに良い理念や仕組みを掲げても、それを「人」がどう運用するかによって成果は天と地ほど違ってくる。映画でも、見た目ではわからない“逆火”の恐ろしさが描かれていたように、組織でも“見えない火種”に目を配る力が不可欠だ。
たとえば、私たちが運営する温活専門店でもそうだ。店舗の空間づくりやお客様へのケアは、一見穏やかで静かなものだが、スタッフの小さな気づきや声かけが、リピートや信頼構築に直結する。地味で目立たない部分にも真剣に取り組む姿勢は、消防士の現場と本質的には同じである。
『逆火』は、熱さと緊張感に満ちた映画だが、その奥にあるのは「人の在り方」への問いかけだ。経営者として、何のために、誰のために挑み続けるのか。信頼と責任を背負う覚悟があるか。この映画を観たあと、自分のリーダーシップを見つめ直さずにはいられなかった。燃えるような情熱と、冷静な判断。両方を持つ経営者でありたいと強く思う。
バランス
あなたのその言動は、大切な人の「逆火の火種」になっているのかもしれません
2025.7.16 アップリンク京都
2025年の日本映画(108分、PG12)
映画監督を目指す助監督が制作と家庭問題に振り回される様子を描いたヒューマンドラマ
監督&脚本は内田英治
物語の舞台は、都内某所(ロケ地は神奈川県横浜市&横須賀市)
映画監督を目指して日々努力をしている助監督の野島浩介(北村有起哉)は、大沢監督(岩崎う大)が手掛けている「ラスト・ラブレター」の制作の大詰めを迎えていた
撮影開始1ヶ月前に差し掛かり、原作のアパートを再現する物件の下見に訪れていた浩介は、撮影カメラマンの斉田(岡谷瞳)、セカンド助監督(辻凪子)、サード助監督の三船(小松遼太)らとともに念入りなチェックを行なっていた
プロデューサーの橘(片岡礼子)は予算の関係からセット撮影が厳しいとこぼしていたが、大沢監督は「映画の大事なところ」と言い、セットを組むことを譲らなかった
浩介には反抗期の娘・光(中心愛)がいて、妻・幸(大山真絵子)に面倒を押し付けている
娘が裏垢であることないことを呟いているのを知ってから、娘との距離感を取れずにいた
ある日のこと、原作小説を執筆した元ヤングケアラーの有紗(円井わん)の父(三島ゆたか)の兄(世志男)に会いに行った浩介は、本人の墓がないことを知る
浩介は原作の気になるところを裏取りして関係者から話を聞いていたのだが、墓を作っていないことに違和感を持っていた
それは、父の保険金2000万を受け取ったにも関わらず、父の墓すら建てていないことが不思議で、浩介はその事実を確かめるために有紗の母(島田桃依)に会いに行くことになった
母親は「娘のために残したお金だから、自分のために使うのを良しとしなかったかも」と言い、墓を建てていない事を否定はしなかった
その後も聞き込みを続けていた浩介は、高校時代の同級生・由奈(松原怜香)と会い、そこで介護時代の有紗の本音と保険金についての話を聞いてしまう
また、当時住んでいたアパートの大家さん(有希九美)からも事故直後の話を聞き、浩介は「小説の中身が嘘ではないか」と思い始め、さらに「事故ではなく、殺人だったのでは?」と疑い始めるのである
映画は、自分のキャリアアップの途上にて難問に遭遇する浩介を描き、同時に娘との関係がさらに悪化していく様子が描かれていく
同級生からホストに貢いでいることを聞き、カフェと称する風俗の面接に来ていた事を知った浩介は、妻に仕事を休ませてまで監視させていく
それがさらに娘の反感を買い、素行不良がエスカレートしていく
援交のためのPR動画の撮影にまで至った事を知った浩介は、娘が居そうな繁華街で捜索を開始し、見つけて動画を突きつける
そして、感情的になった浩介は、娘からスマホを取り上げて踏み潰してしまうのである
映画は、小説の中身は嘘であることを知った浩介が、正義感から公開中止を模索するものの、大沢監督は「訴求すべきテーマはブレない」と言い、プロデューサーは「作者が殺人を行ったと言う証拠がなければ問題ない」と言う
スタッフたちも「生活がかかっている」と言い、憶測だけで中止にすることに反対の立場だったが、やがて浩介の行動は週刊誌のライター(岩男海史)らに勘づかれてしまう
そして、撮影当日、浩介はある行動に出るのだが、映画はそこから1ヶ月後に飛び、彼が告発をしなかった世界線を描いていく
浩介は映画のヒットのおかげで自身の企画を映画化できるようになり、大沢監督も国際映画賞を受賞する
だが、その絶頂の時、娘はある行動を起こしてしまう
この時の彼女の髪色は全てがピンクに染まっていて、当初は一部のカラーリングだったものがが全体に及んでいた
この髪色は娘が入れ込んでいたホストの髪色と同じで、それが奪われたことに依るわかりやすい闇堕ちのスケールとして演出されている
映画のタイトルでもある「逆火」は「本来とは真逆の炎の動き」を意味する言葉だが、これは「良かれと思った行為が正反対の結果を生み出している」と言う意味にも思える
あの時浩介が行ったことは正しかったように思えるが、娘の目線では「夢のために自身の正義感や道徳も捨てた」ように見えるので、それが最後の行動に至っていると言えるのだろう
彼女は「今度はブルーに染めよう」と言って飛び降りるのだが、これは彼女自身も自分の人生を後悔していて、それを止めてくれる愛情がなかったことを暗に示している
繁華街での顛末で母親が「ずっとそばにいる」と絶叫するのだが、その言葉ですら無意味であった事を示していて、娘に最後まで向き合えなかった故の顛末として演出されていたのだと感じた
いずれにせよ、娘が「父親の夢のために犠牲になっている」と言い放つように、娘は父親に対して無関心ではなかった
だが、仕事を理由に娘への接触を避け、さらに自身の倫理観を投げ捨てて夢に固執している様を見ると、映画の成功は娘への無関心を肯定しているようにも思える
彼女があの瞬間を選んだのは偶然ではなく、計画された復讐であり、それにすら気づけなかったのが両親であるとも言える
有紗が両親の影響を受けて今の彼女があるように、娘もまた両親の影響を受けてあの決断に至っている
ヤングケアラーの問題と、ある種の毒親の存在が重なっている部分があり、センセーショナルな関係以外にも「逆火」を生み出す動線は存在している
そう言った意味において、本作はかなり深く、核心をついたシナリオになっていたのではないか、と感じた
監督との会話はお互いとってある種の合せ鏡
面白かったです。
商業的な本の出版や映画製作に関係する本質的な胡散臭さみたいなものを描いています。
主役の北村有起哉さん、疑惑の女役の円井わんさんが良かった。
私の好きな辻凪子さんと片岡礼子さんも、重要な役で出ていて満足。
「逆火」というタイトルは、テーマ性を強く表していて、とても良いと感じました。
主役の行動は、正義感からではないと思う。
創作に深く携わっていこうと決めた人間として、どうしてもそこに迷い込まざるを得ない。監督との会話は、お互いとってある種の合せ鏡だったと思います。
外向きに発した力が何故か身を焼き尽くす、ということは、人生においてままあることだと思っています。
そのジリジリとした矛盾を上手く物語にしている思いました。
どーも、今回も北村有起哉にはハマらなかったかな。
北村有起哉さん、雰囲気のある役者さんですよね。
ドラマの『ムショぼけ』とか見ていました。
(ハマると良い役者さんです)
先日見たYouTubeのホイチョイ的映画生活で六平直政さんが有起哉は良い役者だと言っていたのが頭に残っていて見に行ってみる事に。
映画は彼の主演作だった『終末の探偵』以来の映画館での鑑賞。
(この映画ではハマらなかった)
改めてwikiで見てみると、私が直近に映画館で見た映画にもたくさん出ていた。
『有り、触れた、未来(2023)』、『水は海に向かって流れる(2023)』、『愛にイナズマ(2023)』、『鬼平犯科帳 血闘(2024)』。
だからなのか脇役のイメージが強いけど、主役も張る役者さん。
どーも、今回も北村有起哉にはハマらなかったかな。
ノンフィクション映画の主人公の女性の実話の嘘と、反抗期の娘の行動に悩む役を演じていた。
基本、暗い話だったし、絵面が終始B級っぽく感じてしまっていた。
それと気になったのは、妙に生活感の無い自宅のシーンにずっと違和感を感じた。
わざとそういう食卓にしたのだろうか。。
円井わん、MONDAYSの印象が強くて良い感じと思っていたけど、今回はパッとしなかった。
キャスティングが合っていなかった気がする。
ラストシーンも唐突というか、ベタというのか。。
仕事の成功と、プライベートで家族を守れないという事を対比させたかったのだろうけど。。
何を言いたいのか分からなかった。
却下
名バイプレイヤーのイメージの強い北村有起哉と円井わんがメインということで鑑賞。
有紗が作文をでっちあげた動機は分かる。
出版社の対応も、世間知らずのJKがそれに従うのも、ゴーストライターが金のために引き受けるのも。
学生実業家の自伝小説なんて、所詮(近しい人間でも読んでないくらい)ニッチなジャンルだしね。
でも、メジャー監督で映画化となると話は違う。
ほぼほぼ嘘だと分かった段階で、撮影直前だろうと、いやだからこそ緊急会議にならなきゃおかしい。
事実を知ってる人間は沢山いて、スタッフ内にも広がりつつあり、嗅ぎ回ってる記者までいる。
いつ誰からリークされたり強請られるかも分からないのに、いつまで個人レベルで会話してるんだ。
また、率直に言って娘のくだり要りましたかね。
有紗と重なるでも対比になるでもなく、本筋にも関係なく、それでラストにあれ見せられても…
「有紗だと思った?娘でしたー!」で面白くなるとでも思ってるのか。
そんなのより有紗の言ってた「償い」を見せてくれよ。
浜辺で野島が言う「他人のせいにしてるだけ」は、第三者ならいいけど親が言っちゃあかんやろ。
結局『ラスト•ラブレター』は何事もなく公開され、賞まで取って、野島は監督デビュー?
画作りも退屈で、テーマも取っ散らかり、結局これはなんの話だったんだ。
有紗役も円井わんである必要もなく、むしろJDやJK役はサスガにキツかったのでミスキャスト。
『ラスト•ラブレター』内での有紗役が可愛かったのに、中盤以降出てこなくて残念。
全部本当の必要はあるのか?
たぶんこういう事って少なくないんだろうなと思う。
長年愛されてるNHKの朝ドラだって、創作エピソードやオリジナルキャラもいるわけだし。
子供の時に読んだ伝記と、大人になってから観る伝記映画では違うし、出版社もテレビ局でも売れりゃ正義の世界で、多くの人が食い物にされてきたんだろうと思う。
ファンも一瞬でアンチになる現代社会においては、プロデューサーの言う「彼女の真実をさらす権利があるのか」というのも頷ける。
自伝的小説なら問題なかったのか?
実際に話してみると、有紗は悪い人でもないし、生きるため、高校に行くための創作というのは間違っているとは言い難い。ヤングケアラーだったのは事実だし。
クライクイン直前だってのに、知れば知るほど野島さんの葛藤は大きくなる。
野島さんが抜ければ丸く治るんじゃないの?という考えもうっすらよぎる。
事の顛末をはっきりさせないのも、意地が悪くて嫌いじゃない。
終わり方は、うーん。
娘の件は中途半端というか、家庭がぶっ壊れすぎてて、この尺では修復不可能。結果、蓋をしただけの印象なので、有紗問題に絞った方が良かったんじゃないかなぁ。
もっと有紗について知りたかった
ラストは好みじゃないです。
あのラストなら、もっと最初から娘のキャラクターやバックボーンを教えて欲しかったし、
もっと彼女を中心的に描いて欲しかったかな。
そうじゃないなら、もっともっと有紗に焦点をあてて描いて欲しかったです。
「この女は、悲劇のヒロインか、それとも犯罪者なのかー?」
というキャッチ―コピーに惹かれて足を運んだ部分もありますし、
円井さん演じる有紗は、とても興味深いキャラクターで、
もっと彼女について知りたかったです。
それに野島の裏垢は、ただ裏垢やっているという事実だけ?
「家族なんて持つんじゃなかった」って結構ヘビーなこと呟いていなかった?
結構、印象に残ったんだけど、そこは、そんなに重要じゃなかったのかな?
これに関しては、野島の人間性を表す小道具としてだけだったのかな。
にしても、北村さんと円井さんは、人間味のある野島と有紗を演じられていて、とても気になる人物像になっていました。
とにかく、二人のシーンはどれも良かったなぁ…。
海辺で、野島が有紗に娘のことを吐露するシーンは泣けました。
そして、円井わんさん、いいですね~。
この方の声?声の出し方??が、自分の耳にとても心地良いことに気づきました。
お金が足りない!
フィクション
撮影準備が進みクランクインが迫る映画の原作の美談が、取材を進める中で嘘だとわかり葛藤する助監督の話。
貧しくヤングケアラーだった中学生が、学生実業家になった自伝の映画化ということで、事実を忠実にリアルに描きたいという監督のもと、事実を深掘りする為助監督が取材を進めて巻き起こっていく。
少しずつ見えてくるモデル女性の本当の顔と、本に書かれていたことと現実のズレのモヤモヤが堪らないし、そこに追い打ちをかけるアホ娘。
後半はアホ娘がメインな感じになって来て、モヤモヤが積み重なっていくのは良かったけれど、ラストはそこまで大層な題材の劇中劇の設定じゃなくね?とか、リークの件はどうなった?という感じだし、オーラスは話しが飛び過ぎて良くわからなかった。
円井わん、いいねぇ
報道者としての正義感をそのまま映画制作に持ち込む野島が、多大な犠牲を払って有紗から聞き出した真相は、撮ろうとしていた映画のテーマとは別の、より深い闇の中にあった、というストーリー。
自分は家族の為に頑張っていると何度も言い立てるものの、その家族からのフィードバックを受け付ける気のない野島は、その一方通行が、有紗の父親の暴力同様に娘を追い詰めていることに最後まで気づかない。有紗は、周囲の様々な思惑絡みとは言え、書く事に活路を見出したが、光は…あれはひょっとして有紗の「償い」の代わりか?
北村有起哉は元通信社員の狂気じみた視野狭窄ぶりを熱演。円井わんは虚勢と罪悪感が同居した、根はいい人を好演。
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