「決して忘れてはならない負の遺産」リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界 Dickさんの映画レビュー(感想・評価)
決して忘れてはならない負の遺産
❶相性:上。
❷時代(登場する文書やテロップや会話等の日付から):
1977→1938~1945→1977。
❸舞台:イギリス:イースト・サセックス、ロンドン。フランス:パリ、サン・マロ。ドイツ:ブーヘンヴァルト、ダッハウ、ミュンヘン。
❹主な登場人物
★以下の7人は全員が実在、実名。
①リー・ミラー〔実在:1907-1977〕(✹ケイト・ウィンスレット、47歳):主人公。アメリカの先駆的な従軍記者兼写真家。かつては『VOGUE』の表紙を飾るモデルだったが、30代で写真家に転じ、ダッハウ強制収容所を始め、ヨーロッパ各地で衝撃的で恐ろしい光景をフィルムに収めた。彼女の写真は、WWⅡにおいて最も意義深く、歴史的にも重要なものとして残り続けている。一方、凄惨なものを見たこと、そしてその物語を伝えることに多大な労力を費やしたことにより、精神的に大きな犠牲を払うことになる。
②デイヴィッド・シャーマン〔実在:1900-1984〕(✹アレクサンダー・スカルスガルド、46歳)
アメリカ「LIFE」のフォトジャーナリスト兼編集者。取材中リー・ミラーと出会い、チームを組み、数々の仕事をした。二人は生涯の友人となる。
③ローランド・ペンローズ〔実在:1916-1997〕(アンディ・サムバーグ、44歳)
イギリス人の芸術家、歴史学者、詩人、伝記作者。WWⅡ勃発の2年前にリー・ミラーと出会い、恋に落ちる。リーが従軍記者になることを応援しており、リーの人生における大きな転機には必ず彼女を支えた。
④オードリー・ウィザーズ〔実在:1905-2001〕(アンドレア・ライズボロー、41歳)
イギリス人ジャーナリスト。イギリス版『VOGUE』の編集者。リーの写真を評価する一方、社会的制約や雑誌方針との板挟みになる。
⑤ソランジュ・ダヤン〔実在:1898-1976〕(✹マリオン・コティヤール、47歳)
リー・ミラーの芸術家仲間。フランス版『VOGUE』の編集者。レジスタンスのメンバーだった夫のアヤン公爵は1942年にゲシュタポに逮捕され、幾つもの強制収容所を経てベルゲン・ベルゼン強制収容所に移送されたが、収容所が解放される前日に死去。ソランジュも強制収容所に送られていたが、パリ解放後リーと再会する。
⑥ヌーシュ・エリュアール〔実在:1906-1946〕(ノエミ・メルラン、34歳)
リー・ミラーの芸術家仲間。フランス人パフォーマー、モデル、シュルレアリストの芸術家。夫は詩人のポール・エリュアール。ナチス占領下のフランスでレジタンスのために働く。1946年にパリで病死。
⑦ジャーナリスト(実はリーとローランドの息子アントニー・ペンローズ)〔実在:1947-〕(ジョシュ・オコナー、32歳)
1977年、イギリスの自宅で、70歳のリー・ミラーに当時の様子を取材する若手ジャーナリスト。
★最後に、彼がリーとローランドの息子アントニー・ペンローズであることが示される⇒❺⑮★参照。
❺要旨と考察
①1977年。イギリスはイースト・サセックスのファーリー・ファーム(Farley Farm)の自宅で、70歳のリー・ミラー(ケイト・ウィンスレット)が、若いジャーナリスト(ジョシュ・オコナー)からインタビューを受け、写真家として活躍したWWⅡ時代について語り始める。
②1938年南フランス。31歳のリー(ケイト・ウィンスレット)は、芸術家や詩人の仲間たち──ソランジュ・ダヤン(マリオン・コティヤール)やヌーシュ・エリュアール(ノエミ・メルラン)らと休暇を過ごしていた。
③そこでりーは、イギリス人の芸術家ローランド・ペンローズ(アレクサンダー・スカルスガルド)と出会い恋に落ち同棲する。2人は1947年に正式結婚。
④同じころ、ドイツでjは48歳のアドルフ・ヒトラー(1889-1945/4)が政権を掌握し、WWⅡ(1939-1945)の脅威が迫っていた。
⑤1939年、りーとローランドはロンドンへ移住。仲間達はレジスタンスに参加する等して離れ離れとなってしまう。
⑥1940年、リーはかつてモデルとして活躍した『VOGUE』の英国編集部に、写真家としての仕事を求め、女性編集者のオードリー・ウィザーズ(アンドレア・ライズボロー)と出会った事で仕事を得る。
⑦写真家として活動する中で、リーは米国従軍記者のデイヴィッド・シャーマン(アンディ・サムバーグ)と出会い、チームを組む。
⑧1942年、リーは戦場を希望するが、英国軍の規定により女性の戦地への参加は認められない。アメリカ国籍のリーは、デイヴィッドの機転により、アメリカ軍の従軍記者となる事で戦場へ赴く。
⑨1944年。リー達はアメリカ軍が解放したパリを訪れ、やつれて変わり果てたソランジュと再会する。そこでリーは強制収容所の存在と、ユダヤ人をはじめナチスに抵抗する人々が姿を消している現実にを知る。
⑩真実を明らかにしなければならないとの使命感に駆られたリーとデイヴィッドは、先に待ち受ける“この世の地獄”を目指すことを決意する。
⑪1944年、仏サン・マロの戦いを乗り越え、史上初めてのナパーム弾が使用された瞬間をスクープする。
⑫1945年、独 ブーヘンヴァルト強制収容所とダッハウ強制収容所が解放されたその⽇に、現場に初めて⾜を踏み⼊れ、何万人もの行方不明者の死体を記録。
⑬1945年4月30日、ヒトラーが自殺した日、ミュンヘンにあるヒトラーのアパートの浴室を記録。
⑭戦争は終わるが、リーが目撃した光景は、PTSDとなり長きに渡り彼女を苦しめることとなる。
⑮時が流れて1977年のイギリス。イースト・サセックスのファーリー・ファームの自宅で70歳のリー・ミラーが、若いジャーナリストからインタビューを受けている冒頭のシーンに戻る。
★ジャーナリストはリーとローランドの息子アントニー・ペンローズだった。この時点で、リーは既に亡くなっていて、相続人のアントニーが、屋根裏部屋で発見したリーの遺産(写真と文書)から、リーの業績を振り返る仕掛けになっている。リーとの対話はアントニーの想像だったのだ。仕事一筋だったリーは、息子との時間が取れず、加えてPTSDにより、母と息子は不仲のままで終わっていた。最後に母の後悔の心を理解した息子に気持ちが強く伝わった。
★でも、この設定をよく吟味すると大いなる疑問があることに気付く。本作で描かれた、1938年~1945年のリーに関わる出来事は、アントニーの眼を介したものになっている。しかし、生前のリーと息子のアントニーは不仲で、相手の気持ちが理解出来ていなかった筈である。とすれば、そんなアントニーが、母の気持ちを代弁することは出来ないのではないか?
★このことから、リーに関わることは本人から語る設定にした方が良かったと思うのである。
❻まとめ
①圧倒的な男性社会の中で、女性の主人公が20世紀を代表する写真家の一人となった経緯がよく理解出来た。
②ヒトラーのアパートのバスタブでのリーの入浴シーン等、よく理解出来なかったシーンもあるが、容認出来る。
③一番の問題は、要となっている1938年~1945年のリーに関わる出来事を、アントニーの眼を介した設定にしたことだと思う。
④強制収容所とホロコーストに関しては、下記❼参照。
❼参考1:今は博物館になっているナチスの強制収容所
①1年前公開された『関心領域(2023米・英・ポーランド)』のラスト直前で、画面が突然現在の「アウシュビッツ・ビルケナウ国立博物館」に飛ぶ。そこでは清掃員たちが開館前の清掃を行っている。大きな窓の向こうには、亡くなったユダヤ人たちの遺品(靴や杖や写真等)が山積みになっている。つまり、80年以上前のホロコーストの悲劇が、現在でも学ぶことが出来るようになっているのだ。
②ナチス・ドイツは、ユダヤ人、反ナチ分子等々の該当者を収容するために、ドイツ本国及び併合・占領したヨーロッパの各地に強制収容所を設置した。
③最も悪名高い「アウシュビィッツ=ビルケナウ強制収容所(現在のポーランド)」を始め、最初に作られ後続の強制収容所のモデルとなった「ダッハウ強制収容所(ミュンヘン近郊)」等、2万ヵ所もあったという。
④現在では、多くの元収容所が整備されて博物館や付属施設となっている。忘れてしまいたい負の歴史を保存・継承し学習して、同じ過ちを繰り返さないようにするためである。ドイツのみならず、ヨーロッパ各国の学生や社会人が訪問して、体験学習出来るようになっている。
⑤私は、本作に登場した「ダッハウ強制収容所」を2011年に見学している。収容房、バラック、ガス室等の現物や、写真、展示物等過去の残虐な行為を自分の目で見て大きな衝撃を受けた。他国の出来事とは思えなかった。こんな悲劇は二度と起こしてはいけないと痛感した。他の見学者も基本的には同様だと思う。たとえ観光コースであっても、悲劇の遺跡を自分自身で体験することは、風化を防ぎ、未来へ継承するために、大きな意義があると確信する。
❽参考2:リー・ミラー(Lee Miller)とリー・スミス(Lee Smith)
『シビル・ウォー アメリカ最後の日(2023米)』でキルステン・ダンストが演じる報道写真家の名前リー・スミスは、本作のリー・ミラーから採られている。