劇場公開日 2025年5月9日

「圧力と理不尽という波に抗い続け、真実を写真に収めた偉業」リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5圧力と理不尽という波に抗い続け、真実を写真に収めた偉業

2025年5月11日
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鑑賞方法:映画館

悲しい

知的

【イントロダクション】
トップモデルから写真家へと転身し、20世紀を代表する女性報道写真家となったリー・ミラーの数奇な人生の一時代を描く。
リー・ミラー役のケイト・ウィンスレット『タイタニック』(1997)は、主演の他に製作も務める。
監督には撮影監督としてキャリアを積んできたエレン・クラス。脚本に『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(2017)のリズ・ハナー、『ホテル・ムンバイ』(2018)のジョン・コリー、マリオン・ヒューム。

【ストーリー】
1977年イギリス、ファーリー・ファームの自宅にて、老齢の女性リー・ミラー(ケイト・ウィンスレット)は若い男性(ジョシュ・オコナー)からインタビューを受ける。気難しく、「質問される事が嫌い」だと言う彼女は、素直に応じようとはしない。だが、次第に彼女が写真家として活躍した第二次世界大戦時代について語り始める。

1938年南フランス。リーは芸術家や詩人仲間と共に、優雅な生活を送っていた。ある日、リーは芸術家のローランド・ペンローズ(アレクサンダー・スカルスガルド)と出会い恋に落ちる。
時を同じくして、ドイツのアドルフ・ヒトラーが政権を掌握し始めていたが、リー達はそんなヒトラーの台頭を何処か現実味のない出来事に感じていた。しかし、やがて戦火はリー達にも迫り、穏やかな日常は一変していく。

1939年。リーはローランドとロンドンへ移住。仲間達はレジスタンスに参加し、皆離れ離れとなってしまう。
翌1940年、リーはかつてモデルとして活躍した『VOGUE』の英国編集部に、今度は写真家としての仕事を求めて訪れる。最初は断られたが、女性編集者のオードリー・ウィザーズ(アンドレア・ライズボロー)と出会った事で仕事が舞い込むようになる。
写真家として活動する中で、リーは米国従軍記者のデイヴィッド・E・シャーマン(アンディ・サムバーグ)と出会う。

1942年。リーは戦場に赴く事を希望するが、英国軍の規定により女性の戦地への参加は認められない。そこで、リーはデイヴィッドの機転により、アメリカ軍の従軍記者となる事で戦場へ赴く。

1944年。リー達はアメリカ軍が解放したパリを訪れ、かつての友人であり、やつれて変わり果てたソランジュと再会する。夫のジャンはゲシュタポに連行され、自身も強制収容所に入っていた事を聞かされる。そこで初めて、リーは強制収容所の存在と、ユダヤ人をはじめとしたナチスに抵抗・反発する人々が姿を消している現実に直面する。

やがて、真実を明らかにしなければならないと使命感に駆られたリーは、ローランドの要望を無視してでも、先に待ち受ける“この世の地獄”を目指す決意をする。

1945年4月30日。ヒトラーが妻のエヴァと共に地下壕で自殺した日。リーはデイヴィッドと解放されたブーヘンヴァルトとダッハウ強制収容所を訪れ、惨劇の痕を写真に収める。そして、2人はミュンヘンにあるヒトラーのアパートを訪れ、彼の浴室で写真を撮る。

【感想】
昨年公開された『シビル・ウォー/アメリカ最後の日』の戦場カメラマン、リー・スミス(キルスティン・ダンスト)のモデルにもなった人物。また、脚本家にリズ・ハナーやジョン・コリーという実力派の起用。主演のケイト・ウィンスレットが製作まで務めた意欲作とあり、俄然興味が湧いた。
リーの肖像を調べると、トップモデル時代の写真に見覚えのあるものがあり、更に驚いた。

これはまさしく、リー・ミラーという1人の女性、そして報道写真家として真実を求めて戦い続けた人間の功績を讃え、権力により隠されてきた真実を明らかにしていく作品だ。
作品は1977年を現在と仮定して、謎の若い男性によるリーへのインタビューと、それによる1938年〜1945年までの8年間をリーが過去回想する構成となっている。リーの過ごした年や環境の変わり目には時を現代に戻し、度々男性とリーの問答が行われる。そうした現在と過去を行き来する構成には映画としての作りの巧みさはあまり感じられなかったが、そうではなく、1人の人間の人生における最も重要な時期を、場面毎に切り取って見せているのだと感じた。

「傷にはいろいろある。見える傷だけじゃない」

リーによる、まさに本作を象徴する台詞である。リーの強気で物怖じしない性格は、彼女がこれまでの人生において男性優位社会の圧力に屈せざるを得なかった、“見えない傷”の積み重ねから来る反骨心なのだ。それは、幼少期の男性からの性暴力に始まり、恐らくモデルとして華々しく活躍していた裏で男性から好奇の目で見られる苦痛、そして写真家として活動する中で経験したあらゆる理不尽についてもだ。

そんなリー・ミラーを全身全霊で演じ切った、ケイト・ウィンスレットの憑依とも言えるほどのエネルギーが凄まじい。特に、ダッハウ強制収容所で暴行されて怯えているユダヤ人少女の写真を見つめる際の表情、少女の悲痛な経験に自らを重ねずにはいられないでいるであろう僅かな目の演技、不安と恐怖を払拭するかの如く絶えずタバコを吹かす仕草は本作でもピカイチ。

また、彼女は単にジャーナリストとして真実を伝えようとしたのではない。その奥底には、ヒトラーという独裁者の誕生前夜に「彼が政権を手にするなどありえない」と、何処か現実味を抱けずに仲間と楽しく過ごしていた無知な自分に対する罪悪感と、「自分に近しい人が犠牲になった」という非常に個人的な要因が存在すると感じた。しかし、だからこそ彼女は「真実を明らかにしなければならない」と使命感に突き動かされ、ローランドの願いを拒否して強制収容所という“この世の地獄”へと足を進める事になる。他人事ではないと確信したからこそ、行かないわけにはいかないのだというその姿勢は、非常に人間味に溢れ、だからこそ信念に満ちている。

リー・ミラーという女性について鑑賞前に調べる事をしなかったからこそ、ラストでインタビューしていた男性がリーの息子であるアントニー・ペンローズだという仕掛けは面白いと感じた(途中、彼が母について語り出した辺りから匂いはした)。また、リーは既に亡くなっており、全てはトニーが屋根裏部屋で発見したリーの足跡を基に行われていた一人芝居だと判明するのには驚いた。このラストの驚きについては、映画的な面白さが感じられ、「息子と完全な和解を果たせずにこの世を去った母親」というほろ苦さを感じさせる締めが印象的だった。

個人的に、こうして文章にして作品のレビューを書いている身としては、戦場の悲惨さをどう文章にして表せば良いか分からないリーに、デイヴィッドが掛けた台詞が心に残る。

「まず真実を書いて、その後で磨けばいい」

ところで、本作の1番の肝とも言える「ヒトラーのアパートの浴室で写真を撮る」という行為の意図について、私は判断しかねている。
トニーの言うように、彼女のアーティスト性から来る衝動的な行動か、あるいは戦争の終結、1つの惨劇の終結を告げる為の彼女なりのファンファーレか。
いずれにせよ、あの浴室での行動は、当事者から証言を得られない以上、あくまで写真を基に我々一人一人が想像を膨らませるしかなく、それこそが彼女の、また本作を製作した人々の狙いかもしれない。

【総評】
リー・ミラーという、数奇な人生の果てに「20世紀を代表する女流写真家」としての評価を得た彼女が、どのようにして真実を追い求めたのか。その軌跡を追体験出来る作品だった。

時代の荒波、男性優位社会の圧力や理不尽、そうした苦難を乗り越えて真実を掴み取った彼女の偉業は、主演・製作のケイト・ウィンスレットが語るように、今日を生きる我々にも伝えられるべきなのだろう。

緋里阿 純
トミーさんのコメント
2025年5月11日

ちゃんと熱い湯が出る浴室、酔っ払った士官たちは質素な・・と皮肉?ってましたが、戦争犯罪人筆頭の生活の豊かさとその最期のアンバランスさ。自分には滑稽にすら感じられ、そういうニュアンスなのかなぁとうっすら思いました。

トミー
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