ぶぶ漬けどうどすのレビュー・感想・評価
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察しろよ。歴史しかないんだから。
空気を読めよと。何もかも。
生粋の京都人。御先祖様から京都以外の血は受け付けまへん。
そんな人間おるんかいや?
老舗?そんなん長い事そこで商売しとるだけやがな。
リスペクトはするよ。リスペクトは。
しかしなにかしら新しい文化を取り入れづつアップデートします。けどうちはそとさんは……みたいな。
はいはい。古き良き日本人。いや京都に都に本家に元祖に……もうええわっ!
なんやねん。正直クソつまんない考え方。
でも作品は楽しい。京都とは真逆の人間が乗り込んでわいわいわい。
特区にしたらええねん。マンションもいらん。洛中も洛外も区別なく、伝統と歴史を重んじて近代的なものは何一つ持ち込まないで。観光も特別な許可を取らなきゃいけないぐらい厳しくして。
良かった。京都に生まれなくてと思わせてくれる楽しい作品でした。
「よそさん」のまどかの図々しさにイライラしっぱなし
京都嫌いは人嫌い ではなかった。
京都人はイケズだ!
を徹底的に揶揄して笑わせてくれる映画を期待して観に行った。
違った。
終始、深川麻衣演じる、まどかの図々しさと勘違いの連続にイライラさせられた。
むしろ京都人は「よそさん」を持て余しながら、梓姉さんなどは何かと京都の作法を指南してくれている。
京都は変わらないのが良いのだ。
というのはまさに「よそさん」の勝手。
まどかは夫を漫画の作画担当に寝取られても、もはやそれもネタ。
京都を守る使命感に囚われて、どんどん視野が狭くなって行く。
扇屋の主人(松尾貴史)が「京都はずっとよそさんに、壊されてきたんや」の言葉はこの映画のテーマではないか。
京都はこうあって欲しい、「ぶぶ漬けとうどす」をも含めて。
京都は「よそさん」に壊されつつある。
室井滋演じる環義母さんはまどかに本音をぶつけるが、それさえもまどかにとっては「ぶぶ漬け」だ。
ちっとも通じやしない。
ネットの言説が京都を飲み込んでいく。
今、必要なのは京都的な裏を読む力ではないのか?
もはや絶望的だが…
まさかこんな感想になるとは思わなかった。
いっぺん周って京都を深く愛する京都的な映画だ。
もしかして・・・狂気
いや、社交辞令とかわからない自分としては色々学ばんとな
と、恐る恐る観に行ったんですが
僕を待っていたのは別の恐怖でした。
ヒロインが店の迷惑を顧みず取材
時間、立ち位置からあからさまにまずいやろ・・・。
と思っていたら
過度の思い込み
モデルがほぼ確実に怒るであろう漫画
さらには漫画で人を社会的に追い込む
最低です。
で、わかったんですよ
ヒロイン狂ってる
狂っているとされる人を表現したときの当て字
「基地外」
「既知外」
この作品中の京都の人にとっては正に当て字通りの存在でしょう。
ただ、この作品の凄いのは
ステレオタイプな「狂気」「狂人」芝居をヒロインに一切つけていない事で
涼しげなヒロインを観ながら
「これはリアルなのかもしれない」
と、やはり観て良かったのかな
とも思いました。
あと
僕としては久々に死にそうでない片岡礼子さんが観れて感動しました。
ステレオタイプとKYの不協和音
東京人の抱く典型的な京都人への勝手なイメージを
情緒よく描いたものがNHK-BS「京都人の密かな愉しみ」
逝けずな形で描いたのが本作品だと思います。
私、神奈川県人も地方都市の方から「波乗りやってサザンのファン」って観られていた事がありました(実際そうですが 汗)
深川麻衣演ずる主人公がめげずに逝けずな京都人へ変貌してゆく様が滑稽でなのと、作画担当の小野寺ずる演ずる安西ちゃんのキャラ付けが微妙で私にはそちらの方が面白かったと思います。
主役の深川麻衣よりむしろ小野寺ずるの方が舞台やドラマが経験豊富なのに演出家の指示なのかメイクも衣装も表情作りも中途半端さが際立って主役を喰うくらいでした。
「終」 エンドクレジット短か!
2025年映画館鑑賞61作品目
6月17日(火)フォーラム仙台
レイトショー1500円
監督は『白鍵と黒鍵の間に』の冨永昌敬
脚本は『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』のアサダアツシ
粗筋
漫画の原作も手がけるフリーライターの澁澤まどかの夫の実家は京都で老舗の扇子屋さん
夫の仕事の都合で東京暮らしだが京都を漫画のネタにするため新幹線で行ったり来たりしているまどか
夫の浮気をきっかけに京都の実家に移住し跡継ぎになることを決意
なんやかんやで舅はネットの書き込みが原因で逮捕され姑と夫は東京でマンション暮らしとなりまどかとまどかとコンビを組む漫画家は安西莉子の扇子屋を継ぐことに
いたいけな余所者の主人公が京都の人たちに虐められる話ではない
老舗に拘りすぎて空気が全く読めない圧が強すぎで思い込みが激しい自己中の漫画原作者が京都でトラブルを起こすサイコパスコメディーである
人間関係のトラブルをコメディーにした作品といえば天野千尋監督の傑作『ミセス・ノイズィ』を思い出す
京都を舞台にした傑作コメディーといえば『舞妓はレディ』のような温かさは微塵もなく終始ピリピリしている
はじめはニコニコしていた京都の女たちも空気が読めないまどかに我慢ができず怒りを爆発させるところが面白い
その中に青髪の奥様がいてみんなが怒っているのにその人だけなぜか度々高笑いをする
笑いながら怒る竹中直人でもないが
まっ笑いのツボは人それぞれ
『ミセス・ノイズィ』をコメディーだと思える人もいれば思えない人もいる
葬儀に出席すると人の悲しむ顔を見て笑ってしまう蛭子能収ではあるが流石に前の奥さんに先立たれた時は笑わなかっただろう
たしか『高校教師』で真田広之演じる主人公が笑いの起源は威嚇だと仮説を述べたことを思い出す
そもそも笑いの起源とは「笑いとはなんなのか」とか仮説がさまざまあり専門家の間でもまだまだ結論は出ていないそうだ
実際京都の人は古いものに拘り新しいものを拒絶してるわけでない
そんな簡単なこともわかろうとしない偏見に満ちた余所者の勝手な思い込みである
京都出身でなくてもそれくらいわかるわ
僕は彼女のキャラが好きになれない
だからと言って深川麻衣が嫌いになるほどの単細胞ではない
自分は頭が悪い方だがだからと言って主人公と共感できないから作品を低評価するようなアホではない
自分も余所者なのに余所者を拒絶する滑稽さ
道民らしき人だろう大阪出身の田中将大がいなかったときもオール道民で駒大苫小牧は全国制覇をしているので誇りに思うという発言をネットで見たことがあるがそもそもアイヌ以外の道民は全て余所者だ
終始BGMがうざい
邪魔くさい
歌詞無しでこれだけ迷惑なBGMも珍しい
シャワーの音ひとつで浮気だと空気で読めるスッキリとした表現は良い
日活ロマンポルノなら濡れ場やヌードなど町田商店のラーメンのスープのようなコッテリとした表現が必須だがこの作品には全く必要ない
その浮気相手が漫画の相棒というのも笑える
夫浮気相手が自分よりブスで仕事仲間なら女は割り切れるものだろうか
最初見たときメイクも手伝ってオカマかな思ったら女だった小野寺ずる
嫌いじゃない
漫画は本人のものらしく彼女は漫画家でもある
演出家兼俳優で気仙沼出身である
宮城の県北出身となると急に親しみが湧いてきて応援したくなる
人間嫌いな自分でも距離が遠いと好きになれる
なにかといえば琵琶湖に行くヒロインと教授
そういうものなの?
知らんけど
いけずって京都の方言なのか
ちびまる子ちゃんによく登場する言葉なので静岡弁だと思っていた
なぜかこの映画には愛知のメーテレが関わっている
オープニングクレジットのためエンドクレジットは極端に短い
観客に対しても「ぶぶ漬けどうどす」?
うまい
まっ地元の中には「本当の京都はこうじゃない」と抗議をする者も何人かいるだろう
これはパロディーであり誇張である
黒人差別だと手塚治虫を糾弾する偽善的なめんどくさい人々と同じである
関西人はプライドが高いから面倒
そのくせ他地域を見下す人もいるから残念
願わくば全国のイオンシネマでも隈無く上映されるべき作品だと思う
多くの人に観てもらいたい知的なコメディー
今更だがなぜ「老舗」と書いて「しにせ」と読ませるのか
深川麻衣の口元の二つのほくろくらい気になる
配役
京都に嫁いだフリーライターに澁澤まどかに深川麻衣
まどかの夫で母からは「14代目」と呼ばれている澁澤真理央に大友律
真理央の父で13代目「澁澤扇舗」店主の澁澤達雄に松尾貴史
真理央の母の女将の澁澤環に室井滋
まどかとペアを組む漫画家の安西莉子に小野寺ずる
老舗料亭の女将ほ竹田梓に片岡礼子
町屋カフェの雇われ店長の江田千恵美に山下知子
和菓子店の女将の松原伽耶子に森レイ子
老舗料亭の女将のたなか美園に幸野紘子
洛中洛外に反応する女将の舟木貴和に守屋とみ
京都出身ではないが京都美術大学教授で喋り方にクセがある中村航に若葉竜也
東京出身だが大学進学から30年京都に住んでいる不動産屋の上田に豊原功補
赤飯配達の山吹屋に尾本貴史
TVのプロデューサーの荻野に遠藤隆太
京都府警の刑事に福吉寿雄
舟木の友人の女将に河井ここ
舟木の友人の女将の赤田真季子
取材カメラマンに塩谷泰伸
ありがっさま!
なかなかに期待してた作品だけに、落胆も強い。
テンポや掴みが大事なコメディなのに、導入がやたらダラダラしてた段階で嫌な予感はしたけどさ…
何をおいても主人公のまどかが不快。
店主の確認もなく取材を受け、受け売りのペラペラな言葉を垂れ流し、報告もせず「秘密です」。
叱られても反発して、そのことすら漫画にする。
家屋の売却についても家主の確認も取らずに暴走し、環の言葉を聞いてすら自分の思い込みを捨てない。
その勢いのまま、上田のことを写真まで取りこんで漫画化し、晒す。
しかもこれで、粛清されるどころか反省も改心もなく終わるってどういうこと?
主人公側に一欠片も正義がないのだが。
まさかこれを“信念を曲げない格好いいヒロイン”として描いてないよね??
浮気した旦那の実家に引っ越して女将を継ごうとするのも意味不明。
立ち小便禁止の鳥居を勝手に剥がすのは器物損壊。
劇中に感じる愛嬌はすべて“深川麻衣”のもので、“澁澤まどか”というキャラに魅力は皆無でした。
女将が一人味方してくれてた理由も、TV局が悪意ある編集したみたいになってるのもよく分からず。
主人公に悪者認定された人物は基本まったく悪くない。
なのに旦那と不倫した相方はアッサリ許すし、何よりまどかのやってることが一番最低。
そもそもあの漫画、訴えられたら一発アウトな気がするんだけど。
最後にあんなオチ持ってこられても反応に困るし、“いけず”の文化も結局あまり関係ない。
単にまどかが空気読めずに自分勝手なだけ。
本稿のタイトルは“いけず”に倣って付けましたけどね。(深川麻衣と若葉竜也が並ぶと『嗤う蟲』なんよ)
こんなんに『京都大作戦』のTシャツ着んといて。
何が描きたい?
僕は生まれも育ちも、生粋の京都人だ。けど、この映画で言う、洛外なのか、所謂「京都人」と言うのにずっと違和感を抱いていた。確かに言葉を含むきらいはあったけど、そこまでとは思っていない。
その為、この映画で描かれる、誇張された京都人にも当然違和感を感じる。
まぁ、京都人を面白くコメディ的に描きたいのだろうな、と思って観ていた。
しかし、この漫画家は失礼極まりない。取材というのは、ある程度下調べしてから、聴きたい事を整理しておくべきだ。なのに、それもせずに、自分の聞きたい事だけを相手に押し付ける。
そして、漫画にはかなりの悪意で誇張して描く。
これでは京都人でなくても怒って当たり前。
後半は益々暴走が酷くなる。
また、この映画、何を描きたいか分からない。
京都人の変さをコメディとして描きたいのか?
京都を美しい街として称えたいのか?
地方から来た女性が京都に馴染むため四苦八苦して頑張る姿を描きたいのか?
どれも中途半端だった。
#ぶぶ漬け
ほんま、ええもん、見せてもうたわ。
京都のお人やったら一度も口にしたことも聞いたこともない、あの言葉をタイトルに、スタッフも含めて京都のお人が一人も出んと作らはった京都映画。でも、これがようでけたはる。
舞台となる澁澤扇舗は先史時代からマンモスの皮を剥いで扇子にしていた老舗どす。店には、いつ誰が作ったかわからん扇子がぎょうさん飾ってあって、おくどはんでは未だに薪をくべて火をおこしたはる。
ここの長男と結婚したまどかはん、東京のライターで漫画家の安西ちゃんとコミックエッセイ『京都老舗赤裸々リポート』を作ろうしたはります。でも、築百年の銭湯を改築したカフェも、老舗菓子店で今一番売れているものも興味ないらしい。もしかしたら、京扇も?!。でも、そんなまどかにお義父さんとお義母さんはやさしい。不動産会社の上田社長にそそのかされて、テレビに出ていらんことをして女将さんたちを怒らしても、叱らんと「テレビに出てくれたおかげで、お客さんがよーけ来はるようになったわ」と言うてくらはるし。着物もくらはった。ついでに西村のエーセーボーロもくれたらよろしいのに。「おおきにお義母さん」
京都では、町屋が壊されてマンションがあっちこっちに建って、お義父さんは「京都人のフリをしたヨソさんが京都を乗っ取ろうとしている」と嘆いたはる。そんな時、上田社長が澁澤扇舗をマンションに建て替えようとしていることがわかったんや。しかもこの上田、京都人やのうて、葛飾区出身の江戸っ子や。そこで、まどかはん、私が京都を守るんやと『京都老舗赤裸々リポート』で攻撃。ケチョンケチョンにいわして、上田に「町屋の売買から手を引きます」とまで言わしてやった。
京都人のフリをしたヨソさんが京都を乗っ取ろうとしているのを阻止したまどかはん。でも、このあと、トンデモナイことが起こるんや。京都大作戦のTシャツ着て警察に引っ張られるお義父さん。それを「お父ちゃん腰が悪いねん、やめて!」と叫ぶしかないお義母さん。そして、自称14代目女将まどかの一言。お義父さんの嘆きはほんまになってしもたわ。
もっとシニカルな京都文化を観たかった!
深川麻衣・若葉竜也の共演が『嗤う蟲』以来で観れるということと
京都人のシニカルな遠回し表現がテーマだろうと思い、楽しみにしていた。
が、深川麻衣演じる澁澤まどかがエキセントリックすぎて、
悪い意味で驚いたし、『翔んで埼玉』レベルの笑いに振り切ってよかったんじゃないかと
思うのだが、全然京都人がFeatureされていない、いや、されているものの物足りない。
俳優の演技、特に松尾貴史と室井滋は秀逸な面白さを醸し出していたが、
もっとも面白かったのは、若葉竜也演じる中村先生だ。
中村先生の喋りが最高!この人が一番面白くてツボだった。
それにしても、主人公 まどかに全く共感できないし、老舗の扇子屋を継ぎたいとの動機も
まったく不明。エッセイマンガのネタにしたいだけだったのでは?
夫に浮気されてブチ切れた!?でも、一緒にマンガを描いている莉子が不倫相手なのに
一緒に仕事を続ける?しかも一緒に住もうとする?
全然理解できんし共感できん。
なんだこれ。
7年かけて脚本を描きあげたって本当!?
京都人の本音が全然わかんなくてカオスな状態になる映画を期待していたのに
全然違ったけど、深川麻衣と若葉竜也はよかったので、この評価にした。
この二人が出演していなければまず観ていないと思うが、テーマが面白いだけに
実にもったいない作品。
京都人じゃなくても怒られると思う
京都のことをよく知らずに暴走する主人公、とのコンセプトですが、あれじゃいくらなんでも失礼が過ぎてて日本全国いや世界のどこでも受け入れてもらえんでしょう(苦笑)
冒頭で14代目が逃げたのもそれを予見してのものだったのかな?w
あの行動に怒るのは当然なのに、これではまるで京都の方は了見が狭いと言いたいかのように映ってしまう…
久々に笑える映画を観たいなぁと選んだ一作なのに声出して笑ったのは0、クスクス笑いも2〜3回程度でたいへん残念…
展開も謎だらけで、特に浮気と逮捕のシーンは余計だったと感じた
途中からはこんな人に振り回される人々が気の毒すぎて、そちらへの共感と同情に走ってしまったほど(笑)
そして一番の謎は……………
オチがない!!!!!
というか、何一つ解決しとらんやないかーい!
せめて最後のぶぶ漬けのとこはもうちょい自然に、且つ明確に、『義母にお茶漬けを食べさせようとする行動』からの「まどかちゃん、それぶぶ漬け勧めちゃってるよ!」みたいな流れにしてほしかった
そんな中、キャストについてはもう室井滋さんの名演に尽きます!もはや巨匠の風格!
それから、中村先生役の若葉竜也さん!
終始一貫した喋り方、最高でした!
ラストは突然『終』でブツっと終了してびっくりした…まるで昭和のN○Kの番組みたいにw
ならばいっそ続編で、中途半端な部分を全て回収してくれることを願って止まない自分がいるのであった(笑)
実は京都はヨソさんだらけ?
宣伝文句では京都人 VS ヨソさんを謳ってるが京都の顔である老舗女将たちのほとんどはヨソさんで、生粋の京都人は洛外で肩身の狭い思いをしていると揉めるシーンは、この作品の視点が何であるかを多弁に語っている。蓋を開けてみたら、登場人物ほとんどヨソさんだったんかい(笑)ホンモノの京都人をよそに、ヨソさん同士が揉め始める展開は移民問題で揺れる世界情勢への風刺ともとれる。終始笑いに包まれた映画館はとても心地良かった。
京扇子の風。
450年続く老舗扇子店の息子マモルの実家に自身が描くコミックエッセイのネタになればとお泊まりさせてもらう澁澤まどかの話。
“老舗”店にこだわり義母、義母仲間の女将達へ取材を続け、…義母の留守中に和服を着て店番をしたある日、たまたま来たテレビ取材を引き受けたことで事は起こる。
冒頭から感じる独特な作風とBGM、鈴と太鼓のBGMに少し耳障りさを感じながらも。
取材される側の顔、義母のひきつる笑顔見ても察せないマドカ、その察せなさ図太さがある意味面白かったのかも!若葉君演じた中村の“話し方”!!その話し方にマドカ演じた深川さんも素で笑ってる様に見えた。
どの作品でも賛否はあるけど両極端に別れる作品ですかね私はこのシュールさ好き!
【”貴女には、慎みが必要どす!”今作は、京都を舞台にしたイケズな京都人を揶揄した映画かと思いきや、勝手に京都人のイメージを作り上げて暴走する”よそさん”の姿をシニカルに描いたコメディなのである。】
ー あ、あとはヤッパリ京都人の本音と建前を使い分ける独特の文化を描いた作品だと思います。更に書くけれど、この作品の評点は、エラソーだけど3.25位かな。四捨五入して3.5ね。チョイ言い訳がましいけれど、京都好きなんで、怒っちゃ嫌よ!-
■京都で450年続く老舗扇子屋の跡継ぎ(今は東京で、サラリーマン:所謂、”東男に京女”の逆、”東女に京男”だからギクシャクしているのかな。)と結婚したまどか(深川麻衣)は、古都、京都の暮らしや風習をリポートするコミックエッセイを書くために、扇子屋に居候を始める。
だが、京都人の本音と建前が分かっていないまどかは、見聞きしたことをそのままコミックエッセイにした事で、老舗扇子屋を営む夫婦や、他の老舗を営む人々を困惑させ、怒らせてしまうのである。
◆感想<Caution!内容に触れています。>
・最初は、まどかに若干同情しつつも、思い込みが強すぎる人だなあと思いながら、観賞。マア、私を含めて”京都の人は、薄味の和食が好きとか、本音を言わずに遠回しに気持ちを伝える人が多い”とか、勝手に思っている人は、マアマアいらっしゃると思う。
・けれども、私の経験から言えば、パン好き、洋食好きの人が多いし(京都の牛肉消費量の多さや、分かり易い所で言えばパン屋さんや、喫茶店、美味しい洋食店の多さは、京都に行けば分かる。)、言いたいことをズバッと言う人も普通にいる。
・あとはねえ、私は”ブブ漬けどうどす?”って言われた事はないなあ。
あ、こんなことを書いていると”よそさんが、何ゆうてまんね。”とか言われそうだからこの辺にするね。
・劇中で、まどかがTV取材を受けた時に、勝手に女将さん達の集まりを”洛中女将の会”などと名付けてしまい、片岡礼子さん演じる女将からムッチャ、怒られる所は面白怖かったな。”洛中と洛外”って案外知らない人が多いんだ!と思ったり、あとは片岡礼子さんって、お綺麗な方なんだけど、怒った時の眼が怖いんだよね。ウワワわ・・。(片岡さん、ホントスイマセン・・。)
・劇中で、老舗扇子屋の女将さん(室井滋)が、”マンションに住みたい。”と呟いて、知り合いの工務店の男(豊原功補)が職人を派遣して改築する姿に、まどかが反発するシーンがあるけれど、あれこそ”よそさん”が勝手に京都の老舗を守ろうと暴走する姿であり、女将さんが、“おくどさんで、ご飯を炊くのは大変なんや!”とまどかにブチ切れるシーンがあるが、京都町屋に住む人たちの、あるあるかもしれないね。
<今作は、構成としてはチョイ粗いと思ったなあ。頑張れ、冨永昌敬監督!
けれども、京都の人がオーバーツーリズムに悩む話は良く聞くし”京都の伝統的な生活に憧れるのは良いけれど、貴方は本当に京都の老舗の店の大変さを知っているかい?”という視点は面白かったかな。じゃーね。>
■個人的に京都の方の優しさと、奥深さを知った出来事を記す。(他には、書けない恥ずかしい事多数・・。)
・再び、京都に酒を呑みに行くようになった最初の頃、老舗のナカナカ予約が取れない有名な小料理屋で呑んだ時の事。
壁には”お酒はお一人三本まで”と、達筆な字で和紙の張り紙がしてあったんだけど、私は酒のみという事もあるが、愚かしくも”もう一本良いですか?”と聞き、出して貰った時に、大将が笑顔で”お強いですな”と言った時に”しまった!”と思い、とても恥ずかしくなった事を思い出すな。
”三本まで”と言うのは、大将のお母さんがお酒は三本までが楽しく飲める範囲で決めた事だそうで、尚且つ”長ッ尻”の客(私)を追い出すためだったんだよね。大将に謝ると”ハハハ”と笑ってくれて一応、許してくれたんだけどあの出来事は今でも戒めとして覚えているんだよね。はあ。
期待していただけに。。
結局なんだか最後までわからなかった。
とにかく、主人公のまどか。
お義母さんが洗脳されているー!と
走り回るが
はて?まどか自体があたま、とっちらかってしまったのかと思いました。
コメディといえばコメディですが
どこを笑えばいいのか??
あとマンガを描く親友?
図々しいし気持ち悪いキャラに仕上がっていて
え?このひとと不倫
わからん!
俳優陣、豪華だと思いますよ。
でも
なんだか、もったいなかった。
京都の怖さを感じる人もいれば、まどかの怖さを感じる人もいると思う
2025.6.6 イオンシネマ久御山
2025年の日本映画(96分、G)
京都文化に憧れを抱くフリーライターが馴染もうと奮闘する様子を描いたサイコスリラーコメディ映画
監督は冨永昌敬
脚本はアサダアツシ
物語は、東京でフリーライターをしているまどか(深川麻衣)が、京都の老舗の扇子屋の倅・真里央(大友律)と結婚し、自身のエッセイのために京都にやってくるところから紡がれる
真里央の実家は450年の伝統があり、今の店主・達雄(松尾貴史)が13代目となっていた
14代目を真里央が継ぐと思っていたまどかだったが、彼にその気はなく、実家に彼女を送り届けたその足で「仕事がある」と言って帰ってしまった
まどかはそのまま澁澤家に泊まることになり、取材を続けていくことになる
そんな中で、女将の環(室井滋)の友人たちが店を訪れ、その様子をもネタにしていくまどか
「洛中女将さん会」と勝手に命名したまどかだったが、それが女将さんたちの逆鱗にふれてしまう
呼び出されて文句を言われ、怖くなったまどかは、環の女将仲間の梓(片岡礼子)に相談を持ちかける
梓は話半分にからかいも含めて京都人の作法とやらを伝えていく
そして、まどかは彼女の目的を知らぬままに動いてしまい、さらに環を怒らせてしまうのである
映画は、外から見た京都人のイメージというものを映像化した作品になっていて、徐々に京都人に感化されていくまどかが描かれていく
いわゆる「エセっぽくなっていく過程」を描いていて、それは「根本の部分で京都に対する理想を具現化しようとしているから」とも言える
京都人の本音と外の人が思う京都には大きな隔たりがあって、日常を観光にために捧げなくてはならないという憂鬱さというものがある
そう言った気苦労の部分を見せない文化というものがあって、それを外から見るとこのように見えてしまうとも言えるのではないだろうか
いずれにせよ、いくらか京都人の私からすると、感覚的にはホラーテイストで、片岡礼子が後ろに立っている構図はなんとも表現し難い怖さがあった
京都の文化を守りたい人もいれば、鬱陶しいと思っている人もいるのも事実で、形骸化した理想の押し付けが地元の人を苦しめている側面もあると思う
映画では、徐々に腹の底が見えなくなるまどかが描かれていて、莉子が描く漫画もおどろおどろしくなってしまうのだが、それがまどかの進行度を描いているのは面白い
また、莉子も徐々にまどかに感化されている部分があって、違う方向にエスカレートするの怖い部分がある
目的意識が先にあって、蔑ろにしている部分を素通りしていくのだが、それこそが最も嫌われる行動というのは京都に限ったものではないだろう
それに対して、どのようにな反応をするのかというところに地域性があると思うのだが、言葉が返ってくる間はまだマシなんじゃないかなあ、と思ってしまった
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