「移動するPOVショットが映し出す恐るべき矯正施設の実態」ニッケル・ボーイズ 清藤秀人さんの映画レビュー(感想・評価)
移動するPOVショットが映し出す恐るべき矯正施設の実態
1962年のアメリカ、フロリダ州のタナハシー。人種差別が露骨なこの時代に、未来に夢を抱く少年のエルウッドは、たまたまヒッチハイクで乗った車が盗難車だったために、矯正施設のニッケル・アカデミーに送られる。そこは、施設内でも人種差別が当たり前で、人種によって暮らす空間が区別され、黒人少年たちは言われのない暴力に耐えながら、日々、死の恐怖と闘わなければならなかった。これは、アメリカ南部に於いて19世紀後半から20世紀初頭まで施行されていた"ジム・クロウ法"の下で、必死にもがき続けた少年たちの物語だ。
カメラはエルウッドの主観から、途中で他者の主観に移り、時には主人公の背後に回る等しながら、観客をその場に居るような錯覚に陥らせる。また、随所にその時代のニュース映像や、エルウッドが崇拝するシドニー・ポワチエ主演の『手錠のまゝの脱獄』(1958年)のタイトルクレジットを映し出す。特に、徐々に施設で行われていた残虐行為の実態をリポートする本物のニュース映像が物語る壮絶な歴史の暗部は衝撃的で、観ていて言葉を失う。
でも、エルウッドは生まれながらに人間としての尊厳に溢れ、ジェーン・オースティンの『プライドと偏見』を愛読する知的な青年だ。そこに救われるし、作り手たちの強い怒りと静かな抗議が観る者の心に深く伝わる理由でもある。
歴史の検証を手掛かりにした新たな差別撤退を謳う本作。本年度のアカデミー作品賞候補10作の中の1本に選ばれたのも納得だ。
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