ファンファーレ!ふたつの音のレビュー・感想・評価
全77件中、21~40件目を表示
普通のフランス映画に接する喜び!
つかみは抜群!最初に出てきた兄ティボの指揮する劇的なベートーヴェンのエグモント序曲と、弟ジミーが初めて兄を訪ねてきた時、ヘッドフォン越しに聴いたモーツアルトのピアノ協奏曲第23番の第2楽章がよかった。この第2楽章は、東山魁夷画伯が描いた絵画の中で、最もよく知られている「緑響く」を思い出させる。
この映画のテーマは、脚本も担当されたエマニュエル・クールコル監督も言われているように、社会、労働者、音楽という、英国で取り上げてきたターゲットに近い。この映画の舞台も、英国に近いフランスのノール(北の方)と呼ばれる地域で、ダンケルクやユーロスターが通るリールの近く。ただ、過去には繁栄した重要な鉱工業地帯だが、EUの発展に伴い、移民を抱えるパリの近郊とは、また違った苦しさがある。ジミーがトロンボーンを吹いているワランクール炭鉱吹奏楽団も、コスチュームは炭坑夫を思わせるが、炭鉱自体は1980年に閉山し、楽団を町の人が引き継いでいる。何とこの地域には、活動を続けている吹奏楽団が800にも及ぶそうだ。その後できた工場も閉鎖の憂き目に遭っているが、何とかして、その状態を乗り切りたいというのが底流だろう。
生き別れだった兄と弟も、兄ティボへの骨髄移植のために出会ったが、最初からうまく行ったわけではなかった。兄は小さい頃から音楽家となるための理想的な環境に置かれ、裕福な人向けのクラッシック音楽の世界にいたが、弟はそうした環境ではなく、労働者と共に、楽譜の読めない人もいる吹奏楽団にいる。二人の心が触れ合ったのは、ジャズ「クリフォードの思い出」であったことが印象的。二人とも音楽について、特に秀でた才能を持っていたからだろう。エンディングでは、ある曲の演奏をきっかけに何とか和解に漕ぎつけることができた二人だが、今後の行方は決して平たんではない。ティボには病との、ジミーには職との戦いが待っている。途中、シャルル・アズナブールの歌「Emmenez-moi (世界の果てに)」で出てきた「Moi qui n’ai connu toute ma vie que le ciel du nord (私は今まで北の空しか知らなかった)」という歌詞が心に残る。北の海に射す僅かな光明、これがフランス映画。
本当に血を分けた兄弟になったふたりの音
フランス映画
幼い時にそれぞれ別の里親に出されて生き別れた兄弟。
兄は世界的な指揮者になり超多忙。弟は学食のコックをしながら炭鉱町のオンボロ楽団でトロンボーンを吹いていた。
幼い頃から英才教育を受け、音楽一筋だった兄は白血病を発症し、骨髄移植のドナー適合検査で妹とは適合せず、彼は養子だったことをいい歳して初めて知ることになり、荒れる。
一方、弟は幼くして母親と死別後、叔母に引き取られてつましく暮らしていた。
弟を探し出し、彼からの骨髄幹細胞移植により白血病を克服した兄は、弟も音楽の天賦に恵まれていることを見抜き、好きなジャズプレイヤーも一緒で意気投合。弟の楽団の指導にも力を注ぎ、弟をアマチュア楽団の指揮者に育てあげ、アマチュア楽団のコンクール出場をサポートする。SNSに仲間が投稿した厨房でお玉を指揮棒に練習する動画がバズり、出番直前に他の楽団員からからかわれ、弟たちは暴力沙汰を起こしてしまい、カントリーダンス派でクラシック楽団の存在を疎ましく思っていたテンガロンハットにウエスタンシャツ姿の市長から学団は解散命令を出されて、炭鉱会社工場の練習場所も失ってしまう。
フランスの田舎町でカントリーダンス???
元々、アイルランド民謡が新大陸に渡り、ブルーグラスから発展したカントリー·ウエスタン。
先日鑑賞したアンドレア·アーノルド監督の映画アメリカンハニーでもクソ母親が居酒屋でカントリーダンスに興じたり、カウボーイ姿の成金オヤジたちに一泡吹かせる場面があり、どうやら、ドナルド·トランプのあの出で立ちから、最近の映画では嫌われ者の権力者のアイコンとして利用されることが多いようだ。
浅草のウエスタンカーニバル世代のカウボーイ、カウガールたちの年齢を感じさせない傍若無人なエネルギーを老害と感じ、眉をひそめることもちょくちょくある。
どうやら、ジョン・ウェインらが出演していた頃のハリウッドにノーを突きつける風潮が生まれてきているのだろう。
骨髄移植拒絶反応が出始めた兄は新作曲の発表を急ぐ、アンコールでのラスト、弟たちの軍団は合唱隊となって、弟が二階席から指揮する。ステージ、観客席一体となるボレロは感動的。
最後の演奏でいい結末に持っていかれた
オーケストラ絡みの映画って侮れない。ありきたりの展開や観たことのあるような設定でも、最後には感動させられたりする。
本作も、骨髄の移植が必要な病気にかかったことをきっかけに、実の弟がいることを知ったオーケストラ指揮者の話。でも、闘病や手術についてはさらっと描かれ、2人の男が兄弟になっていく話がメインだった。
裕福な家庭で音楽家として成功している兄と、ちょっと口が悪く学食で働く弟。あまりに違う家庭環境で育った2人が兄弟としての絆を認識するのが音楽という流れはありきたりとも言えるがとてもいい。絶対音感を持っている弟が、音楽家として成功したりする流れだとゲンナリしていたと思うが、そこはきちんと現実を提示していて安心した。
そして最後の演奏。かなり強引だし、なんでここで?とも思うが、そこは目をつむるしかない。多くは語られないから受け付けない人も多いと思うが、個人的には2人が本当の兄弟になったと思えて涙を止めることができなかった。彼らの未来は明るいとは言えないが、素晴らしいラストだった。
やはり、最後に演奏される音楽で感動の結末に持っていかれてしまった。やはりオーケストラ絡みの映画は侮れない。
内容は良い話
思わぬ展開に目頭が熱くなる、素晴らしい映画
生き別れていた兄弟が、兄の白血病を契機に再会。
世界的名声の指揮者である兄は、工場労働者の弟を援助しようとし、弟も次第にそれを受け入れ前向きに生きようとする。二人の微妙なやり取りは、見ていてほほえましく、これは典型的なハッピーエンドに突き進みそう、と思ってしまう。
しかし、思わぬ展開。ラストでは、予想もしなかった形での感動が待ち受け、目頭が熱くなった。実に、無駄なく良くできたストーリー、と感心した。
クラシックの名曲がたっぷり。とくに「ボレロ」の使い方がうまい。
ハッピーエンドとは言い難いがあたたかい気持ちで見終えた
白血病と診断された世界的指揮者&作曲家の兄と、幼い頃に生き別れた、小さな町の工場のアマチュア吹奏楽団でトロンボーンを担当している弟が、骨髄移植をきっかけに互いの存在を知り数十年の空白を埋めていくお話。
小難しいイメージのフランス映画ですが、この作品はテンポがよく話もシンプルでとても解りやすかったです。
兄ティボの病気発覚から弟ジミーにドナーを依頼しにいくまでが体感で10分あるかないかで、説明的じゃなくとてもあっさりした感じ。
その分、再会してからの心の動きに時間を割いたということでしょうか。
マイルス・デイビスやリー・モーガンが好きだというジミーに対して何故トランペットをやらないのかと問うティボに、「トロンボーンしか残ってなかったんだ」と答えるジミー。それ自体はバンドあるあるではあるものの、「選びたいことが選べる人生ではなかったんだよ(ティボと違って)」ということの暗喩のようでとても切ないセリフでした。
また、恵まれた経済状態の里親の元でなに不自由なく育ったかに思われる兄ティボも、妹の骨髄が適合しなかったという結果を受けて育ての母が実子である妹にティボが居ない場で「(実の兄妹ではないことがわかってしまうのに)どうして検査を受けることにしたの?」と問う場面があり、ティボ自身は養子であることを知らずに育った一方で実子である妹は兄が養子だと知っていたということが感じられて、これもやはりやりきれない場面でした。
ティボの出現によりジミーの人生への向き合い方が好転していくのと同時に、ティボはジミーのアマチュア吹奏楽団に関わっていく中で音楽への愛情を新たにすることができたように思える。
また、登場する人みんながそれぞれに善良であたたかい。
最終的にはティボは移植後しばらくしてから拒絶反応が出てしまったり、ジミーの所属する吹奏楽団がある工場は閉鎖されてしまったり、ハッピーエンドとはいかなかったけれども、心がほんのりとあたたかくしみじみとする良い映画だったと思います。
ラストシーンはティボの新曲の御披露目コンサート。マーラー風味のなかなか前衛的な交響曲で、えっ!この曲調で終わっちゃうの!?と思いましたが、そこからのボレロでしっかり分かりやすく感動させてもらえて安心しました(笑)。
余談ですが、ジミーがティボについて「金持ちの名前」というようなことをいい放つシーンが複数回登場したので気になってネットで軽く調べたところ、「ティボ」(Thibaut)という名前は「高貴な」「輝く」の2つの意味から成るそうで、爵位を継承した貴族の名前にもあるようです。
しかし日本だと家庭環境のいかんに関わらずこの手の漢字を名前につけることはよくあるかと思いますが、フランスは家柄次第でつける名前が異なる慣習が現代でもあるのでしょうか???
やはり、外国映画で台詞一つ一つの持つ意味合いを理解するのは困難ですねぇ…
クラシック、ジャズ、シャンソン(フレンチポップ)に浸る
リー・モーガンとアート・ブレイキーの「クリフォードの想い出」(1956年25歳の若さで亡くなった天才トランペッター、クリフォード・ブラウンに捧げられたトランペットの名曲、ティボとジミーは狭いジミーの部屋でこのレコードを聴いてお互いの理解を深める)、ダリダの「踊らせて」(仲良くなった兄弟がこの歌に合わせておどけてダンスを踊る)、シャルル・アズナブールの「世界の果て」(″僕は北国しか知らない″という歌詞が印象的。手術の失敗を知らされる悲劇的場面でこの歌が流れる、いや′ティボが歌う′だったかな)、ティボが指揮する楽団が演奏するドビュッシーの「牧神の午後の変奏曲」、ジミーが所属する炭鉱の吹奏楽団が演奏するヴェルディの「凱旋行進曲」、ラストの感動的場面でのラヴェルの「ボレロ」。
ティボが指揮するエリート音楽家たちの演奏も見応えがあるけど、ジミーの所属する寂れた炭鉱の素人吹奏楽団の演奏も楽しい。演奏をめぐる彼らのやりとりがまた楽しい。お互いを下手くそって平気で詰るの、日本人じゃあり得ないんだけど。フランス人だからなの、映画の中だからなの。まあ気を遣い合う日本人とは違うよね。
そしてティボの発するブラックジョーク。僕は面白かった。今の日本人て好い人に振る舞うこと、なんかいつも強制されてる感あるからな(コレ僕の偏見)。ああいうジョーク、僕は楽しい。
先週は「リンダリンダリンダ」で女子高生のパンクロックを聴いて涙しました。音楽っていいですね。もちろん映画っていいですね。
セ・ラ・ヴィ
お約束ですよね…
総じて辛口に言えばベタですよね…
泣かせに来てませんか…
映画・ドラマ擦れっ枯らしの「詰まんねえヤツ」としての内なる自分は、いっぱしの素人評論家みたいにポジショントークしようとする。
いや、ホントにそれでいいのか?ともう一人の内なる自分が首を傾げ、余韻の直感に素直に従えと言う。
それは、血を分けた兄弟でありながら異なった人生を歩んで永く離ればなれだったがために、再会してもこじらせまくったティボとジミーのようだな。
私は、そんな内なる二つの自分を和解させ、シンプルに統合させなければならない。
-----------------------
この映画の最も優れた美点は、脚本とともに、圧倒的に編集でしょう。
冗長な背景説明や経過を潔く削ぎ落としながら、それでいて鑑賞者の受容を妨げないスピード感とペーソスの深みを保っているのは、とてもクォリティが高いと感じた。
そして余計な「伏線」やら「回収」やらが無い。
優れた「物語」というのは、「ありふれた人生」、つまり「誰にでもある人生」という普遍性を、多様なエピソードでフィクションに変換して届けてくる。
この作品のエピソードとは、生き別れた兄弟が経済的にも文化的にも社会的地位でも真逆の育ち方をしたこと、その兄弟を結びつけたのは骨髄移植であること、そして弟も生来的に持っていた絶対音感という絆が判明すること、などだ。
それを田舎の炭鉱楽団の仲間たちが遠景で際立たせてくれる。
しかし、創作者のそのようなエピソード設定に惑わされてはいけない(決して惑わすつもりではないにしても)。
その普遍性たる「骨」は、こう言ってしまえば平板過ぎておもしろくも何ともないのだが、人生に勝ち組も負け組もない。希望と絶望、期待と失望が等しくやってくる。禍福は糾える縄の如し。
それが人生さ。
って、フランスが時折り見事にみせるまさにセ・ラ・ヴィだ。
だから、寿命の折り返し点はとっくに過ぎた小生のような年頃の人間には、やたらと「身につまされる」。
そう言えば、昨年末の『ネネ エトワールに憧れて』にも通ずる。主人公のアフリカ系の少女のほうではなく、才能あふれるその子を排除していくバレエ団の女性年配ディレクターのほうに深い哀しみがあった。
『クレオの夏休み』もそうだ。アフリカに帰った乳母を夏休みに訪ねたフランス人の幼児が主人公のようであって、実は乳母の哀しみが深く描かれていた。
昨今のフランス映画って、こんな感じなのでしょうか? 好ましいという意味で。
佳い映画を観た、という余韻に浸りながら席を立つことができたのは、幸福である。
音楽は心を豊かに育んでくれます。
大まかに病気に生き別れの兄弟に廃れた町に生きる人々とベタな感じですよ。
でもちょっと重たく見せたのはよくある不景気に事業縮小だったりデモだったりに対して従業員の優しさや人柄の良さとのメリハリ。
それによってこの作品のメインのキーワードとなる”格差“が際立ちます。
兄と弟はお互いに音楽のセンスや絶対音感にと共通する部分がありながら育った家庭環境の違いから才能が開花し世界的に活躍する者と日の当たらない影で誰にも知られず生きてゆく者。
病気をきっかけに離れ離れの2人が交差し悩みや苦しみを乗り越えようとします。
ストーリー展開がとても良くできていて飽きさせません。
ラストはとても刺さります。
ベタなんですよ。ベタ。
なのに曇天がパァーッ!と晴れわたる感覚
ただのベタなら本国でもそれほどヒットはしなかったでしょう。
しかし格差はかなり深く根強くそして広範囲に広がっています。
タイトルにあるファンファーレはこんな重く暗い格差に苦しむ人々の気持ちを晴れやかに、そして背中を後押ししてくれる素敵なメッセージです。
音楽が溢れてくるとても良い作品でした。
なんだかなんとも粋で泣ける
いい映画でした!
ラストのボレロはその手があったか!
素晴らしかった。フランスの地方都市の炭鉱オーケストラ楽団のジミーと世界的な有名な指揮者ティボの2人の兄弟の対比が見事に描いていた。至ってシンプルな作品。ラストのボレロはああいう手があったのかと驚いた。伏線回収は◎。
ジミー役のピエールロダンは秋が来るとき以来。彼の演技は見事。彼のキャラなのか。ラストに驚いた作品。
音楽>
美しい音楽を臨場感のある音で聴けて楽しかったです。ベートーヴェンのエグモント序曲、メンデルスゾーンのフィンガルの洞窟など、聴く機会が少なかった曲の良さを認識できました。モーツァルトのピアノコンチェルト23番はとても好きな曲でしたのでちょこっと流れて嬉しかったです。「クリフォードの思い出」は全く縁が無かったですが、知ることができてよかったです。映画館からの帰り道にさっそく聴いてます。
展開が早い割にところどころ冗長に感じる部分もあり、音楽が圧勝の映画でした。またストーリーのウェット過剰さに比して、フランスオーケストラの絶妙な湿度が心地よく、むしろ情緒に触れました。ただ映画館ではところどころ笑いも起きており、わたしもサブリナ役のサラ・スコさんがコミカルでニンマリ、全体としては、おもしろかったです。
良い映画です。
シンデレラ・ストーリー的には展開せず
ダブル主演の弟役のピエール・ロタンが好きなので観に行きました。
前半は、よくある感じの生き別れの兄弟の再統合のお話しで、かなり良い感じで進むのです。
しかし、イメージしていたシンデレラ・ストーリー的にはすんなりとは展開せず。
後半は、中々に厳しい現実を突き付けられ、気持ちがどんより。
とって付けたように、ちょっと盛り上げてエンディング。
物語としては、エンディングに救いを入れる意図は良く分かるのだけれど、モヤモヤとすっきりしないお話しになってしまいました
爽やかな佳作
難病+音楽ものかと思って観たのですが、病気ネタは導入部分だけでした。
兄弟が生まれ育った環境の違いによる異文化衝突があるのかと思ったら、そこも焦点ではなかったようでこちらも拍子抜け。
ジミーの周りの人は事あるごとにputin(ピュタン=売女の意味)と言いまくっており、なかなかにガラが悪い人たちなのですが気の良いオジサンオバサンの集団で憎めない。
(特にサブリナが良いキャラ)
工場閉鎖になったのにあまり悲壮感もない。
フランスは移民問題はあれど、白人社会は貧困もさほどではなく平等ということなのでしょうか。
(映画なのでマイルドに描いているのかもしれませんが)
中盤は炭鉱ブラスバンド再生の話とジミーの自己実現、ティボの育ての家族との軽い軋轢の話などが混ざり、とっ散らかってしまった印象。
ラストは工場労働者の救済もティボの病気も宙ぶらりんのまま「ボレロ」の勢いで押し切ってしまったのが残念。
ボレロは確かに良い曲ですけれどね。
ジミーがプロオケのオーディションにちゃんと落ちたのにはホッとしました。
過去のフランス製作音楽映画を思い起こすと嫌な予感しかしなかったので…
イギリスの炭鉱ブラスバンドは有名ですが、フランスにも同じ文化があるとは知りませんでした。
それからフランスではティボ、は気取っている名前なんですね。
色々発見がありました。
全77件中、21~40件目を表示
映画チケットがいつでも1,500円!
詳細は遷移先をご確認ください。