ペリリュー 楽園のゲルニカのレビュー・感想・評価
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この作品が戦後80年の最後の月に公開された意味
原作は今年完結した外伝まですべて既読済み。
だからこそこの素晴らしい原作が2時間で描き切れるのか、伝わるのか、楽しみ半分不安半分で鑑賞しました。
まず先にお伝えします。原作既読勢のみなさん、急いで観に行ってください。救われます。私はふいうちの改変に涙腺が壊れたのかというぐらい泣き崩れました。
同じ根から生えた別枝の物語と捉えましたが、この改変なら喜んで受け入れます。
原作は11巻もあり、さまざまなキャラクターの視点やエピソードもあるので、さすがに全ては描ききれず、主役に絞ったエピソードと、ペリリュー島の戦いの始まりと終わりを知れる内容になっています。
しかし、脚本に原作者の武田先生が携わっていることもあり、しっかりとこの作品で伝えたかったメッセージや、どちらの国にも偏りせず、そして御涙頂戴の悲劇としても、美談しても描いていない点が素晴らしかったです。
悪いのはアメリカ兵でも、日本兵でもない。戦争なのだと、戦争が悪なんだと揺るぎない強いメッセージが込められています。
私がエンドロールを観て驚愕したのは、生き残った34人全員にフルネームで名前があったこと。
よくある日本兵Aとかじゃないのに泣けました。
観賞後にパンフレットを読んだら、一人一人“何かを考えていた個人”としては描きたかったと、武田先生と監督が協力して、全員分のフルネームと出身地を決めて映像に反映したと書いてありました。
戦争のリアルさや悲惨さは過激な描写が多いほど印象に残りますが、R12オーバーの描写は全部無しにして、より多くの若者が観れるようにしたのは、戦後80年の今年の作品として相応しいと思いました。まずは観てもらわないとはじまらないので。だから可愛らしい3頭身キャラクターにしたと武田先生はおっしゃっていました。
その願いが届いて、戦争映画が苦手でも、観てみようと思う人が一人でも多くいてほしいと思います。
また「火垂るの墓」「はだしのゲン」「この世界の片隅に」と戦争を描いたアニメ作品は数あれど、戦場を舞台にしたアニメ映画はほぼ無いに等しいので、その意味でも「ペリリュー」はとても貴重で価値のある作品だと思います。
ペリリューで多く散っていった彼らの多くは20代で、まだ何者にでもなれる若者たちでした。そんな彼らが誇れる国でいることが、現代に生きる我々の使命だと思います。
当たり前のように「ただいま」と言えることの幸せを、心の底から感じられる、日本人全員が観てほしい価値のある作品でした。
冒頭のエピソードが肝
原作マンガは既読。その上で見事に映像化したなと思った。
もちろん、省略されたエピソードはある。映倫審査を意識してか、残酷な描写も(これでも)控え目にしている。しかし、作品の本質的な重要な部分は余すところなく映像化出来ていると思う。
やっぱり、僕は冒頭のエピソードが秀逸だと思う。功績係に任命された主人公が、上官の命令で勇ましい戦死のエピソードに「脚色」するくだり。戦争を知らない世代が戦争を学ぼうとした場合、当時の資料であってもこのような捏造があるということを頭に入れておくべきで、同時に、このフィクションのアニメ映画を見る時にも同様の態度を持つべきだ。
実際、これはフィクションで、漫画とも異なる結末を与えている。この映画を見ただけで当時のことを知った気になってはいけないと、冒頭で戒める作者の姿勢が素晴らしい。
同時にフィクションでないと迫れない戦争の残酷さと真実もあるということを同時に達成してもいる。今、戦争をいかに伝えるのか、手法も姿勢も考え抜かれている。
この絵のタッチだからこそ表現しえたこと
ゲルニカという副題にふさわしく、この可愛らしいキャラたちを待ち受ける状況は地獄絵図のごとく凄まじい。人はあっけなく死ぬ。先ほどまで普通に喋っていた若者が気がつくと凄惨な肉片と化す。怯える暇さえ与えられず息絶える者もいる。血に染まった波が引いて、また絶え間なく打ち寄せる。そこに栄光や尊厳はない。ディフォルメされた絵柄だからこそこれらの表現が可能なのは言うまでもないが、重要なのは凄惨さそのものでなく、この描写を超えた向こうにさらに伝えるべき物語があることだ。戦闘の果てに散り散りとなった兵士らはどんな運命を辿ったのか。その視点として漫画家を志す青年を置くことは非常に大きな効果を生んでいる。良くも悪くも戦場で事実を歪曲するために求められた才能が、またいつしか「目の前の日常を描く」という本質へ回帰していく感動。人間性を回復させるもの、それは銃ではない。彼の筆先がもたらす豊かさ、尊さに強く胸打たれた。
アニメの功績。
原作漫画があるアニメを評価するって、難しい・・・・・。
「「鬼滅の刃」無限城編」のレビューでも、そうでしたが、アニメの評価って、原作漫画が存在する場合には、鑑賞する側が既読かどうかで、大きく変わってくるので本当に難しい。
ちなみに、この「ペリリュー 楽園のゲルニカ」の原作漫画を読んだことはありません。
私は、映画を鑑賞する際には、事前学習なるものをほぼしませんので、鑑賞する映画の選択には、「タイトル」であるとか、「ポスター」から想像する「イメージ」とかが、主なポイントになってきます。
アニメに関しては、普段、鑑賞することは、ほとんどないですが、今回、観るに至った経緯は、映画館の「ポスター」でした。まず、最初に目に入ったものが、丸く小さく「デフォルメ」された、「かわいい」キャラクターでした。そして、次に、その「かわいさ」とは、全くもって不釣り合いなほど「リアル」で、「綺麗」に描かれている、周囲の「自然」などが目につきました。この「キャラクター」が持つ「かわいさ」と、「キャラクター」以外で描かれている「リアルさ」との「ギャップ」を、私は不思議に思いました。原作者や監督の方の意図は、わかりませんが、少なくとも、私が、このアニメに興味を持つきっかけになったことは確かなことです。
実際に、鑑賞してみると、戦争という一連の行為によって亡くなっていく命が、どのようなものであるかを知ることができます。それは、戦闘行為で無残にも殺されるとか、単純なものではありません。餓死であるとか、感染症で亡くなるとか、というだけに留まらず、滑りやすい泥地で足を滑らせて不運にも亡くなる、仲間同士で誤射して殺してしまう、とか、まさに様々です。1万人もの日本軍が、そこに居て、戦争をし、そして何よりも、生活を営んでいたのですから、なおさらです。
そんな中で、私は、主人公の「田丸」君には、少し違和感を持ちました。当然、戦地であっても、「息抜き」や「ストレス発散」などは大切なことだとは思いますが、いつ死んでもおかしくない戦地に居るにもかかわらず、どこか「のほほん」としていて、「緊張感がない」というか、あまりにも、「現代っ子」っぽいんです。でも、ある日のこと、仲間から、「この島から生きて帰れると思っているのかい?」と問いかけられ、少しは自分が置かれた現実を意識したように思います。そして、何よりも、「功績係」に任命されて、仲間の「死」の「真実」を記録するのではなく、「真実」を「創作」しなければならないという行為に、「戦争」という「現実」を感じたに違いありません。
一番に私が好きなキャラクターは、「小杉」伍長です。つかみどころがなく、ひょうひょうとしていて、憎まれ口を叩く。だけど、「戦争」を、第三者的に俯瞰して観察し、冷静に状況を判断できる。そして、発する言葉とは、裏腹に、心中には、強い「友情」や「家族愛」をもつ、いわゆる、本当は「いい奴」的な人でした。
私が、子供ながらに、初めて「戦争」というものを意識させられた「アニメ」が、「機動戦士ガンダム」でした。その「機動戦士ガンダム」に出てくるキャラクターに、この二人、「田丸」君と「小杉」伍長が重なるんですよね。「田丸」君が「アムロ・レイ」で、「小杉」伍長が「カイ・シデン」。特に、「小杉」伍長と「カイ・シデン」が私の中では、完全シンクロです。「カイ・シデン」も階級が伍長ですしね。
「機動戦士ガンダム」は、「地球連邦軍」側を「正義」、「ジオン軍」側を「悪」と安易に位置付けせずに、お互いの主義や主張、正義なるものを丁寧に描写していました。そして、終戦の結果、「勝者」はいませんでした。そこには「敗者」だけ残り、確実に存在したものは、「虚しさ」だけなのです。だからこそ、「戦争」という不毛な行為は避けるべきだし、ましてや、起こすべき行為でもない、と言えるわけです。
以前の「アニメ」は、いわゆる、「勧善懲悪」ものがほとんどで、「絶対正義」・「絶対悪」の構成になっていて、子供にとっては、分かりやすかったんだとは思います。でも、当たり前ですが、現実の「戦争」に、「絶対」なんてありません。お互いが「正義」であり、お互いの守るべき「家族」や「友人」、「仲間」がいるのです。
この「ペリリュー 楽園のゲルニカ」を鑑賞すると、この島で日本国のために、自分の命を賭して戦った勇敢な兵士たちがいたということ、それは悲惨で、惨めで、辛く、非常に厳しい極限の戦いだったということが理解できます。理解はできますが、でも、それ以上のことはどうでしょうか。私には、あまりにも、日本軍側にフォーカスし過ぎていて、単に、過去にあった出来事(事実)の記録を見ているようにも感じてしまいました。当然ですが、そこには、祖国を背負ったアメリカ軍もいたわけです。
私は、日本軍側ほどではないにしろ、相当程度の時間を割いて、アメリカ軍側の“正義”も描いて欲しかったと思います。もっと言うならば、もともとの島民の方たちの思い、というものも見てみたかった。原作も読んでいませんので、私に、深い理解はできないのかもしれません。映画の二時間枠という縛りもあったことでしょう。でも、そうすることによって、より深みのある、アニメになったのではないでしょうか。
祖国のために戦い亡くなった方々に、哀悼の意を表したいと思います。
予想以上にいい作品でした、ゲームキャラのような作画には抵抗があったけれど、あまり気にならなかった
2頭身、3頭身の可愛いゲームキャラクターのような登場人物にはかなり抵抗があったけれど、大東亜戦争・太平洋戦争を描いた映画はできるだけ観るようにしているので映画館に足を運びました。
というわけで、『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』。
予想以上に、いい作品でした。
日本軍の部隊が玉砕する話かと思っていたけど、そうではなくて……ちょっとほっとした(横井さんや小野田さんのことを想起したりしました)。
功績係という役目が物語の「仕掛け」になっているところは、なかなかよく出来ているなと思った(田丸一等兵が米軍に投降する場面でそれが明らかになる)。
それから、しゃぼん玉の演出も効果的だった。エンディングの歌もよかったなぁ。
冒頭でも触れたように、こんなゲームのキャラクターみたいな作画では、戦争のリアルは伝わらないのではないか? と少し危惧しながらスクリーンを見つめていたのだけれど、そのうちに、「戦争をはじめた為政者や権力者たちにとっては、戦争はゲームみたいなもので、戦地に送られる将兵たちはゲームの駒みたいなものなのかもしれないな。だから作者は、わざわざこのような作画にしているのではないか――そういえば、ピカソの『ゲルニカ』だって、写実的なリアリズムの手法では描かれていないしなぁ――」という考えが頭に浮かんだ。すると、ゲームキャラのような登場人物が気にならなくなってきた。
でも、まさかそんなことはないでしょうね。人物などの形態を単純化し親しみやすくすることによって、多くのひとに見てもらおうという意図なのかな?
本作も、先の戦争の一端を描いたにすぎないけれど、なんかなぁ……。悲しいし、虚しいなぁ。
『激動の昭和史 沖縄決戦』『野火』『日本のいちばん長い日』『硫黄島からの手紙』『この世界の片隅に』『ONODA 一万夜を越えて』『木の上の軍隊』『長崎―閃光の影で―』……大東亜戦争・太平洋戦争を題材とした映画を見るたびに、「(はかりしれない犠牲をもたらした)あの戦争はいったい何だったのだろう?」とやるせない気持ちになる。そして、このような歴史の上に、我々のいまの生活があるのだなと思う。
それにしても、ホントに田丸くん、還って来られて良かったね。
追記
ゲームキャラのような登場人物でもあまり気にならなかったし、ピカソの『ゲルニカ』も写実的には表現していないけれど、このお話を実写版でも見てみたいと思いました。どうかなぁ? 生々しくなりすぎてダメかもしれないなぁ。
たった80年前
この手のキャラデザインが苦手だったが…
この映画から、何を知っていくか
戦争を題材にした映画ですが、アニメーションなので死体や殺しのシーンが非常にマイルドになっています。「ハクソーリッジ」のような恐怖感はほとんどありません。
戦争とは何か、ペリリューで日本人は何をしていたのかなどを学ぶきっかけになる良い映画だと思います。
重要なのはこの映画から、きちんと自分で歴史を調べることなのだと思います。
この映画は小学生でも分かりやすく見られるよう、明らかにもっと無残で残酷だったはずの光景や人間の心理描写が子供向けに着色された部分が多くあります。
アクションシーンをかっこよく描いている為、映画から史実を読み取ることは絶対に出来ません。
エンタメとしての映画、終戦後も戦争が終わったことを知らずに生きていた人々がいたという歴史を知るきっかけとしては凄く優れた作品です。
見る価値は十分にあります。
ただし、鑑賞で終わらないよう、戦争とは何だったのか考えていくことが大切なのではないでしょうか。
『命の使い方を 正しい使い方を教えてください』
戦争を美化せずに描いた、1人でも多くの人に見てもらいたい作品
2026年、映画館で鑑賞する映画1作品目として本作「ペリリュー楽園のゲルニカ」を選びました。
通常のアニメ作品以上にほんわかと3頭身にデフォルメされたキャラクターたちが登場しますが、それとは正反対といっても良いくらいの非常に怖いシーンが展開される映画でした。
敵国が優勢となってしまった地に自分が兵卒として投入されたら、こんな気持ちになるのかもという緊迫感に圧倒されてしまいました。アメリカ兵だけでなく自国兵に対しても、自分以外は敵兵と考えざるを得ないような状況が発生するのも、戦争の偽らざる側面なのでしょう。
安全な場所から映画として見ているだけなのに、絶望的な心境になってしまいました。
また、主人公の田丸さんが任命された功績係、これもやるせないですね。兵士の遺族に対して、落命時にこんなふうに敵兵を果敢に倒す功績をあげた、などと時には事実を捏造してでも美談として伝えるのが任務というのは、何とも言えません。
確かに誰かがこういう任務につかざるを得ないのでしょうが、それにしても...とは思ってしまいます。功績係という任務が必要とならないよう、戦争のない世界を目指したいと改めて考えさせられる作品でした。
なお原作コミック未読のため推測となってしまいますが、15巻もの長編ですので、2時間程度の映画1本にまとめるのはかなり難しかったように思います。映画化のため泣く泣く変更やカットせざるを得ない部分も少なくなかったのかもしれませんが、大事なメッセージは十分過ぎるほど伝わってきましたので、敬意を表して★4.5にさせていただきます。
感情移入せざるえない、ごく普通の日本人の物語
戦争を題材にしながらも、この作品は”組織の中で生きるごく普通の人間たちの日常と感情”を描いている。それは軍隊であり、同時にどこか“会社”にも似た場所として映る。
舞台は太平洋戦争末期のペリリュー島。
“楽園”と呼ばれるほど美しい島で、日本兵たちは補給も希望も断たれ、終わりの見えない戦いを強いられるが、戦闘そのものよりも、兵士たちの会話や沈黙、ふとした表情に時間を割く。そこにこそ、この物語の核心がある。理不尽さを抱えながらも会社に属し、与えられた仕事をこなす私たちの姿と重なる部分がある。
登場する兵士たちは、特別な覚悟を持った戦士ではない。
故郷に家族がいて、帰る場所があって、冗談を言い合いながら日々をやり過ごす若者たちだ。彼らが徐々に消耗し、追い詰められていく様子は、声高に「悲惨さ」を訴えなくても、自然と胸に迫ってくる。
印象的なのは、過酷な“会社”のような環境の中でも失われない“人間らしさ”だ。
仲間を気遣う気持ち、絵を描くという行為に救われる心、何気ない日常への執着。
「なぜ戦っているのか」「なぜここにいるのか」という問いが、答えのないまま漂い続ける。
タイトルにある“ゲルニカ”は、ピカソの反戦画を想起させる。
この作品もまた、戦争の正しさを語らない。ただ、壊れていく日常と、それでも生きようとする人間の姿を静かに提示する。
だからこそ、観る側に委ねられる問いが大きく、「会社とは何か」「組織に属するとはどういうことか」という問いが、観る側に自然と残る。
派手な戦闘も、感情を煽る演出も少ない。
それでも観終わったあと、心に重く残るのは「自分だったらどうするか」「この時代をどう受け止めるか」という感情。
戦争の物語であると同時に、組織の中で役割を与えられ、生き抜こうとする人間の物語。
日本に生まれ生きるものとしてこの内容は後世に伝えていきたい作品!
弾丸と口紅
友人が
鑑賞動機:あの可愛い絵柄で凄まじい内容らしいがアニメにしちゃうの? という驚き10割。
2026年の最初は2025年の最後に見逃したコレ。原作は雑誌連載時に偶々見かけたことはあったので、存在は知っていたけれど、ほぼ知識なしだった。
序盤は下ネタあったり、島民ののどかな光景もあったりしたけれど、戦闘が始まってからはハードな描写になる。ただやはりダイジェストになっている部分はちょっと戸惑った。もう少し上手いやり方はなかったかな。激しい場面が止め絵になるのも、興醒めに思えた。逆に敵兵は最初は顔がきちんと描かれていないが、途中から描かれるように変化したのは、「人間」として認識するようになったという、意図的な演出…なのかな。
あれ?それだけ経ったらもう20年8月過ぎてるよね?! と訝しんでからが正念場だった。死なずに済んだかもしれない人が死ぬのはやりきれない。
全人類見てほしい
全373件中、1~20件目を表示
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