「SNSに蔓延る「正義」」ベテラン 凶悪犯罪捜査班 レントさんの映画レビュー(感想・評価)
SNSに蔓延る「正義」
報復殺人を繰り返すヘチと呼ばれる謎の人物。彼は報道やSNSを通じて得た情報から刑を不当に免れたとされる者たちを次々と被害者と同じ方法で抹殺してゆく。
それは「正義」でも何でもない、強いて言うなら「独りよがりな正義」によるものだった。
法治国家では仮にも国民の代表が作った法律に従うのが大前提だ。そしてその法律に基づいて出された司法判断も尊重されなくてはならない。それが個人の正義感により踏みにじられてしまえばたちまち法治国家の意味をなさなくなってしまう。ましてやその「正義」と呼ばれるものが誤った情報をもとに醸成されたものであればなおさら危険だ。
ヘチの正体は交番勤務の警官パクだった。彼がなぜそのようなことをしたのか、劇中でその理由はあえて明かされない。彼の安易なヴィジランティズムによるものなのか、あるいは愛するものが過去に同じような被害を受けたのか、それはわからない。本作の作りては彼をSNSに蔓延る「正義」の象徴、その担い手として描いた。
様々な動機から日々SNS上では「正義」が叫ばれる。犯した罪に対して不当に軽すぎる判決だとして憤る、あるいは罰せられることがないことに憤慨する。失言した有名人をことさらにたたく、過去の不祥事が明るみになりやはりそれをたたきまくる。態度が悪いとスポーツ選手をたたきまくる。誤情報を鵜吞みにして人に対して誹謗中傷を繰り返す。
これら「正義」がSNS上で日々蔓延っている状況下で現れたヘチはまさにこのSNSの闇から必然的に生まれたとも言える。ヘチはSNSに蔓延る「正義」の申し子ともいえた。
そもそも彼にははじめから自分の意思などなかったのかもしれない。SNS上で醸成された「正義」が彼を操り、彼に私刑を繰り返させそれを見たネットユーザーたちが歓喜する。そのユーザーたちの期待に応えるかのようにさらに犯行を重ねる。まさに負のスパイラルだ。
真の敵はヘチではなく、ヘチを創り出したものは今もなおSNSの中に潜んでいるのかもしれない。
ドチョルたちチームはこの強大な敵に対してどう立ち向かうのか。目の前の敵は確かにパクである。だがたとえ物理的に彼を逮捕できても彼は一人ではない。これからも第二第三のヘチがSNSから生まれてくるだろう。
ドチョルたちはこの難問に対する一つのアンサーを提示する。それはチームワーク、仲間同士の信頼関係に基づくチームワークこそがこの敵に立ち向かうことのできる唯一の方法だと指し示す。
人質にされたドチョルの息子をチームが協力して救い出す。それをチャンスとドチョルはパクに反撃し、見事に彼を逮捕する。
ネットワークに蔓延る無自覚な悪意である「正義」に対抗するには人間同士の信頼関係が必要だと本作は暗に訴えている。
広く張り巡らされたネットワークにより見知らぬもの同士が瞬時にまことしやなか情報を伝え合う。それは時として危険なデマや誹謗中傷を広げてしまい標的を攻撃するに至る。
互いの信頼関係もない者たち同士で交わされる不確かな情報を真に受けた者たちがさらにそれらの情報を拡散させる。
SNSに流れる無自覚な悪意である誹謗中傷はひとつひとつは小さな水滴に過ぎないがそれがネット上で集約されて束となり強大な津波となって一気に標的に襲い掛かる。それを浴びせられる人間はひとたまりもない。最近でも兵庫県知事パワハラ疑惑に絡むSNSによる攻撃で犠牲者が出たことが記憶に新しい。
SNSに流される無自覚な悪意はひとつひとつは微々たるもの。しかしそれを増幅させる力がSNSにはある。誰もが軽い気持ちで書き込んだ誹謗中傷がSNSを通じて増幅され強大な威力を持つものへと変化してゆく。
人間同士の信頼関係がなくともそれだけの力を持つSNSに対抗するには人間同士の信頼関係こそが必要であり、信頼できない者による情報を拒否できるようになることそれこそがネットワークにはびこる悪意に唯一対抗できると本作の作りては暗に提示している。本作の結末を見てそのように感じた。
また本作では「正義」を醸成する元となる悪意とドチョル自身が向き合うこととなる。彼自身の中にも犯罪を憎悪するあまり暴走しかねない悪意が潜んでいることを目の当たりにする。ネット上に潜む無自覚な悪意が自分の中にも存在することを否応なく直視させられたドチョルは彼なりの結論を出す。けして感情に左右されない冷静な判断の下で法を執行すると。彼はパクを死なせることなく適正に法の裁きを受けさせるのだった。
最初はダーティハリー2のような内容かと思って見ていたら、それに加えてSNSが発達した現代社会を鋭く風刺した内容でかなり奥が深かった。そして監督の面目躍如ともいえるアクションの見せ場がてんこ盛りでエンタメ作品としても大いに楽しめた。次回作も期待大。
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