「優れたプロパガンダとはプロパガンダと気づかれないプロパガンダである。」ゲッベルス ヒトラーをプロデュースした男 レントさんの映画レビュー(感想・評価)
優れたプロパガンダとはプロパガンダと気づかれないプロパガンダである。
ナチス政権下にてヒトラーの右腕として、プロパガンダを利用しドイツ国民を戦争へと駆り立てた男。
己の出世欲を満たしたいがためにホロコーストに加担しユダヤ人だけでなくドイツ国民をも道連れにした男は最後には罪のない自分の子供たちを道連れにして自死に至る。
ゲッベルスはそのネームバリューの高さから映画として取り上げられやすいが、彼のしてきたことは歴史的に見てそれほど珍しいことではない。
同じようなプロパガンダはあらゆる国で行われてきたし、ナチスドイツに先立ちソ連が建国された際にはレーニンがプロパガンダの重要性を説いた。その右腕であるトロツキーはプロパガンダは優れた娯楽の中にひそかに忍び込ませるのがその効果を最大限に発揮するというようなことを述べており、これは日中戦争当時、思想戦に携わった陸軍情報部の清水盛明中佐も同様の考えを述べている。
本作では映画がプロパガンダとして利用されるくだりがメインで描かれる。映画はプロパガンダにとって最適な手段であるとレーニンも述べてる通りそれが人々の意識に何の抵抗もなく思想を浸透させやすいのだという。
それは優れた娯楽作品であればあるほど良い。映画史にその名が刻まれた1926年公開の「戦艦ポチョムキン」は当時画期的なモンタージュ技法により描かれたオデッサの階段のシーンなど当時の観客を魅了したし、ゲッベルスもこの映画を褒めたたえていた。アメリカのグリフィスによる「国民の創生」も後の映画技法に影響を与えるクローズアップやカットバックなどの画期的な技法が多用されその内容の罪深さは別にして当時の観客を魅了した娯楽作品だった。
これらの作品に共通してるのはプロパガンダを込めた作品は娯楽性の強いものでなくてはならないということだ。
娯楽性が強ければ強いほど観客はその映像に魅了され心を奪われる。そこに何気なく誘導したい思想を汲み入れることで観客は知らず知らずに意識の中にその考えが埋め込まれる。そのように当時からプロパガンダを利用した人間たちは巧妙な手法により映画芸術などをフルに活用した。
大日本帝国は当時のナチスドイツの手法を真似たとされるがそれ以前の第一次大戦終了時からドイツの敗戦理由を研究し、そしてプロパガンダこそがその敗因だと結論付けた。
総力戦の時代に国民を統制できるほどの思想統制ができてなかったのがその敗因であると。
その時から当時の近衛内閣は総力戦のための思想統制に力を入れる。その一役を担ったのが先述の清水である。彼はやはり政治宣伝は娯楽に組み込まれなくてはならないと説いた。
当時のあらゆる娯楽に政治宣伝をさりげなく組み込んだのだ。それがつまらないものであったり、なにか押しつけがましいものであってはならない。
知らず知らずに刷り込ませるのだ。味の変化に気づかせないように料理に少しづつ薬を忍び込ませるように。そして気づいたころには薬の効果が効いているといった具合に。
そうして日本国民は一丸となり先の無謀な大戦へと突入してゆく。ただ、これら当時のドイツ国民にしろ、日本国民にしろ、プロパガンダだけで国民を誘導できたわけではない。その効果が最大限に発揮されるにはその土壌となるものが必要なのだ。たとえばベルサイユ体制の下で貧困に苦しみ不満が溜まっていたドイツ国民、大恐慌時資源のない日本が領土拡大に喜んでいたところアメリカによる経済制裁に不満を持つ日本国民。それらの前提条件があってはじめてプロパガンダは効果を発揮する。それらの国民感情という火にプロパガンダを使い油を注ぐことで。そうして両国ともに崩壊の末路へと至る。
このようなプロパガンダは戦後もどこの国でも大なり小なり行われてきた。北朝鮮でも金正日は映画好きで有名だったが、当時の東宝特撮チームが製作に協力した娯楽映画「大怪獣プルガサリ」にも指導者を崇拝するようなプロパガンダが巧みに組み込まれていたし、日本の戦後最長政権では若者の支持層を伸ばすためにSNSの活用がなされた。
この作品が警告するように平和な時代でも常に我々はプロパガンダにさらされている。それに誘導されないようにするには常に気を付けることも必要だろう。やはり映画や芸術作品に触れる際には作品に込められた真のメッセージがなんなのか常に自分の無い頭で考えるようにはしている。
当時は映画などが大いにプロパガンダに利用されてきたが、いまやSNSの時代になりその役目は主にネット上の動画サイトが担っている。
今回のトランプ再選の決定打になったのは浮動票の獲得が大きかったと言われていて、彼は選挙活動として様々なネット動画に出演しては自分への支持を取り付けた。それら動画の視聴者たちはいわゆるノンポリで今まで選挙に行ったことも無い連中。
彼らに対してトランプは特に政策を語るわけでもなく、ただ気に入られようとアピールしたのが功を奏して票につながったらしい。
これを聞くと日本でも同じようなことが起きていたことが思い起こされる。先の東京都知事選で起きた石丸フィーバだ。彼も動画を利用して多くのノンポリの支持を集めた。特に政策などは語らず支持者は何か彼が新しいもののような気がして多くが彼に投票した。
アメリカでも日本でも有権者が票を投じたのは何も具体的な政策の良しあしで決めたわけではなく、ただイメージだけで票を入れたということだ。これもある意味では頭に良いイメージを植え付けられたことによる投票行動だといえ、今後も新たなプロパガンダの手法として大いに利用されてゆくだろう。
日々ネット上で流される情報にそのように巧みに誘導する情報が仕込まれていないか、それらをただ漫然と受け入れるのではなく注意が必要なんだろう。
ゲッベルスのようなアジテーターはいつの時代にも存在する。先の兵庫県知事選挙に絡んだ元NHK職員の男など典型的なアジテーターと言えるだろう。
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