ゲッベルス ヒトラーをプロデュースした男のレビュー・感想・評価
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「シンドラーのリスト」なみに2時間は長い...マスコミの恐ろしさを感じる映画
戦後81年。
迫害された「ユダヤ人」からの反発や周辺諸国への配慮もあるだろう。やっとドイツが自国の歴史を題材とした自国視点の歴史映画を解禁。
所々白黒の現存する実写フィルムも使用、上手く演説と繋ぎ合わせている。
当時のドイツ国民の生活や風俗・流行なども知ることができる記録映画としても価値がある。 フランス映画とは違うが音楽性が高いのもポイント。
さて、本作の主役はヒトラーをドイツの救国のカリスマへと押し上げた宣伝相ゲッベルス。
主演俳優の怪演(表情)で一目で、マトモではないと解る役作り(史実通りサイコパス気質)
そして後の世の権力者やマスメディアに「如何にして自分の都合の良い宣伝で世論を洗脳して思想操作する」実例を示した先駆者。
一度総統就任後、開戦当時の国民の厭戦気運や主人公自身のスキャンダルで干され、どん底からヒトラーの支持率をV字回復させる宣伝手腕は「人心心理学」に秀でていないと不可能だろう。
ヒトラーの晩餐シーンではヒトラーの信任が高い順に座席が決まるが、戦況が悪化していくにつれて席順に変化が伺えるが、ヒトラーの人間性がカリスマから狂人へ次第に幕僚には理解しがたい領域に入り、主人公も尊敬から生命を脅かされる服従へと変わるも後継者に指名されるくらい、相談役であり、助言者でもあった影のフィクサーの証。
軍人らしく、首都や軍需工場を空襲されたり、ソ連軍に攻め込まれた時点で陸軍幕僚たちは「もう戦局を挽回できない」ことを察していたが、ヒトラーは降伏を拒否、愛人と自殺した。この戦局を挽回できないことを既に悟ったが、既にヒトラーに進言する者は更迭されたり過酷な戦線へ左遷されたので相談相手は戦争のド素人のゲッベルスしかいなかった。
自死した後に残った幕僚(陸軍の将軍)が既に戦後の祖国のことを考えて無条件降伏の意思を固めていたことに注目するべき。
〇大日本帝国首脳(戦時の首相は陸軍出身で全員閣僚は軍人)は何の根拠もなく、南方の基地や沖縄を捨て石にして、降伏を「先延ばし」にしていたずらに時間を無駄にした。
自身は安全な場所から命令するだけで戦地は補給物資も既に枯渇し、具体的な指示もなくただ精神論で「死守せよ」「虜囚の辱めを受けず潔く自死せよ」と繰り返す司令部。
最期には「日本国民最後の1人になっても戦う」と道連れにしようとした。
そこにあったのは「責任」ではなく「軍人の面子」だけで日本国民を道連れにしようとしたエリート意識が「自身の(美意識)面子」に拘った結果である。
ハルノートは、1941年11月に日米交渉の最終段階で、アメリカ国務長官ハルが日本側に提案した外交文書。その内容は、中国とフランス領インドシナからの撤退や、アメリカが支援していた蒋介石率いる国民政府への支持など、アジアの情勢を満州事変以前の状態に戻すように、日本に要求するものだった。 日本はこれをアメリカの最後通牒とみなし、12月1日に日米開戦を決定した。
戦争回避の手段がありながら「ハルノート」という、1941年11月に日米交渉の最終段階で、アメリカ国務長官のコーデル・ハルが日本側に提案した外交文書を棄却した。その内容は、中国とフランス領インドシナからの撤退や、アメリカが支援していた蒋介石率いる国民政府への支持、中国における治外法権と租界の放棄、日独伊三国軍事同盟の実質的な破棄などを日本に迫るものでした。
誰一人「早期戦争終結(条件降伏)」という思考に至らなかったところが第三帝国との違い。
因みに大手広告代理店「電通」創業者は大日本帝国陸軍所属の陸軍帰還兵であった。
また当時の陸・海軍士官学校(自衛隊大学校)軍人の必修武道が「相撲」「剣道(柔道)」であったことは看過できない。
現在も高校の体育会系スポーツ界の凄惨な暴力・イジメの源泉は実はこの競技にあることを見逃してはならない。
日本人の戦史は「戦争は悲惨だ」と”被害者意識”ばかりで、「先延ばし」「誰も責任をとらない」ことを直視しようとしてこなかった(なので未だに邦画の戦史モノは見ない)
最期にヒトラーが演説後、ゲッベルスに放った台詞を添えて終わりにする。
マスコミに思想誘導されつつある、現在の日本人がそうではないか?
「SNS」上の確度の低い情報や論者の発言を簡単に鵜呑みにして、「推し活」や「アイドル」に熱狂しているが、そんなことをしている場合ではない!
「若者には刺激のある娯楽を与えよ。お洒落な服や音楽に遊びなどを与え、自ら考えることを放棄させよ。自分で考えず、体制側に疑問を抱かせない様にせよ。」
プロパガンダは諸刃の剣
ナチスの宣伝大臣ゲッベルスの半生を描いた映画
この映画は本物の史実の映像、写真、音声などを組み合わせている映画で
ユニークな作り方をしている。
ただ、史実の映像などでショッキングな映像もあると思うので注意。
副題の「ヒトラーをプロデュースした男」となっているが
プロデュースというよりもヒトラーへの忠誠心だけは本物だったと感じる。
ただ、私生活で愛人をつくったりと
夫婦関係は破綻をしていたが、風紀を乱すために形だけの関係だったように思う。
妻に愛人関係を認めてほしいと告白するのはちょっとドン引きした。
前半でヒトラーが戦争に前のめりな姿勢に対しては
あまり賛成ではなかったが
成り上がるためにプロパガンダを駆使することによって
ナチスドイツは破滅に突き進んでいく
ゲッベルスのプロパガンダは
おそらく当時の最先端の手法だと考えられるが
戦況が芳しくないときでも効果的に作用すると
現実と乖離しているので
ゲッベルスのプロパガンダは天才であるほど
破滅をするときに極端なものになってしまうので
プロパガンダというのは諸刃の剣だなと感じてしまう。
現代を考えるとインターネットによって
プロパガンダが浸透しやすくなっているので
この映画は他人事ではないと感じる
重い史実
ナチス・ドイツ政権の宣伝大臣だったヨーゼフ・ゲッベルスの伝記映画で、オーストリア併合直前の1938年から、ヒトラーの自殺を見届けた後にゲッベルスが自殺した1945年までを描いている。えらく説明的な邦題だが、原題を直訳すると「総統と誑かし(たぶらかし)」になるらしい。
冒頭から監督のメッセージや断り書きの字幕がいろいろ出てきて、それが結構長い。それだけゲッベルスやヒトラーやナチス政権を直接描くことにいろいろと慎重になる必要があったんだろう。入念な史実のリサーチが行われたとのことで、実際の記録映像も大量に交え、ゲッベルスとヒトラーらナチスのプロパガンダが描かれていく。その一方で性的に奔放で好色だったというゲッベルスの家族関係や私生活も詳細に描かれるのが興味深い。ヒムラーやゲーリングやリッペントロップといった他のナチス・ドイツ高官も登場し、彼らの勢力争いを含めた微妙な関係性なども描かれている。
とにかく印象に残るのが、よくこれだけ残ってるなぁというくらい記録映像が出てくることで、ある意味関心させられると共に戦慄もさせられる。本物のゲッベルスやナチスおよび当時のドイツの所業の映像が、フィクションというか俳優が演技してる本筋のシーンとモンタージュ的に融合されて映画に格段のリアリティを増している。なお実際の記録映像には死体や処刑のシーンもあり(ゲッベルス一家の死体のシーンもある)、心臓の弱い人などは視聴に注意を要する。
またゲッベルスが主導して製作された悪名高い反ユダヤ主義プロパガンダ映画『ユダヤ人ジュース』や、大戦末期の戦意高揚プロパガンダ映画『コルベルク』の映像なども出てくるのも興味深かった。高官たちがユダヤ人の“処理”について話すシーンも多いが、淡々と事務的な会話が行われるのがなんとも恐ろしい。ドイツ映画らしく娯楽映画的要素は抑えられ、非常に重みを持って描かれる社会派歴史映画だった。やはり映画館で観るべきだったかな。
小さなゲッベルスと百万票
なかなか、なプロデュース
別の映画見てて何かあるねぇ~て感じ題目見てちょっと気になり見ましたが、なるほどこのゲッベルスなる人物がプロデュースようやっとわかりました。
ふと、この映画見てて思い出しました。テレビの有る放送局で、映画スターチャールズチャップリンが有る映画作ってて、それがヒットラーのパロディー映画その映画の有る目線でその時のヒットラーの演説の画像を見てどう作るかの研究と言うかで有る部分に大勢の郡守又は兵士がヒットラーの演説に合わせて声を上げて場を盛り上げてる部分が有り別の所ではただ聞いてるとかタバコを吸って居るとかでこれは演出してる様で、これをする場面入れて撮ると、これは面白い映画が作れると、判断その部分を強調して作ったそうで、後にその映画は上映禁止ドイツでは見られない話で他の映画館でも上映禁止出でその後数年後放映あったが、こんな話が何ね前かな~特集してました。
もっと生々しいゲッペルス像を期待してましたが…
“現代的な媒体を用いたプロパガンダ(政治的宣伝)の元祖”ともいえるゲッべルスの素顔を描いた映画
プロパガンダを現代社会にも蔓延っていると警告している
表では窺い知ることのない政権内部での会話やエピソードは、極力当時の資料に基づいて再現したと冒頭に解説が入る
映画上の役者の演説に前後して、当時のモノクロ映像の本人によるものも流れる
人間・ゲッベルスの描き方としては、「ヒトラー最期の12日間」での地下本部に子どもたちを連れてきて、夫婦の手により注射で殺してしまうシーンが、私が知る限り一番生々しく、この映画はそれに比べると人間的な側面が浅いと感じた
ナチス的に理想的な家族として褒め称えられた妻・マグダがいるにもかかわらず、愛人を作るゲッベルス
そしてマグダは、(姪のゲルダがソレに当たるが)妻という表立った存在がいないヒトラーにより、総統の妻のような立場で華々しくイベント等で遇される存在に…
(そのくせ子沢山なのは、何故だろう(笑)…?)
その夫婦関係の愛憎と、ナチス思想を最期まで宣伝する男の素顔を描写してくれたら、もっとストーリー的にも惹き込まれたと思うが、製作者の描きたいものはそちらじゃなく、登場人物たちと一定の間隔を保って淡々と描かれていくので、途中何度か眠くなりました
「虐殺会議」でも描かれたが、ナチス政権が戦況が振るわなくなった時点においても、武器や戦闘員を送る貴重な手段を裂いてでも、ユダヤ人を絶滅収容所に送ることを最期まで完遂しようとしていたことがうかがわれるセリフもあった
ユダヤ人の存在を体感で感じない日本人としては、ユダヤ人さえ根絶やしにすれば戦争に勝つんだ!という感覚、日常生活に溶け込んでいる隣人たちをそこまで毛嫌いする理由がわからない
しかし日本国内でも嘘か真が不明な、排斥的な言動がネットで飛び交っている現状を鑑みると、他山の石としてはならないことなのかもしれない、自戒を込めて
ゲッベルス=映画プロデューサー
ゲッベルス=宣伝、プロパガンダプロデューサーとの触れ込みで、
ナチスでは間違いなくそうだと思うが、
この人が今の時代の人だったら、映画プロデューサーとして名を上げたかもと感じた。
そのくらい優秀なプロデューサーだと思う。
ゲッベルスは人間らしい心の持ち主だなと感じたのが、
ユダヤ人と付き合っていたことがある、女性と恋に堕ちたら突き進む、
ナチスにおいても平和を全面に押し出した宣伝活動をしていた、といったエピソード。
これ、ヒトラーにも同じように、人間らしさが垣間見えるエピソードを差し込んでいるので、
今までの彼らへのイメージが少し変わった。人間だったんだなと。
一方で、ナチスの大虐殺やら戦争の最前線で起こっていたことには、目を向けていなかった模様。
あくまでもデスクトップで物事を考えて指示をするだけであり、現場なんて見ていないがゆえに、
自分に直接関わらない人に対する心がない。
ヒトラー次第で自分の常識を変えざるを得ない状況になれば、自分を差し置いてでもそう動く。
もはや皆狂った状態だったのだろう。
これほどの大量殺戮は史上類を見ない。
この経験をした人類が、いまだに戦争が無くせない現状をみるにつけ、なんと学ばないことかと思う。
そういう生物なのかもしれない。
本作は出オチで始まり、
ラストはそこへ収斂されていく。
様々な実際の映像も折り込みながら、映画にして見せていく手法は
リアリティの追求としてはアリだと思った。
それにしてもナチスを取り扱う映画はそこそこ集客力がありそう。
みんな興味はある。でも戦争は無くならない。
戦争史上最悪の罪は消えない
NHK「映像の世紀バタフライエフェクト ゲッベルス狂気と熱狂の扇動者」の録画を観てから鑑賞した。去年の9月位の放映だったのでこの映画の公開を見据えてたんだと思う。映画に差し込まれる当時の映像は同じものが沢山あった。
このテレビドキュメンタリーでもヒトラーとゲッベルスに激しい嫌悪感を持ったが、映画を観てそれは更に増幅し当時の悪政に関わった全ての人とそれに(騙されたといえ)扇動させられたドイツ人市民にも怒りが込み上げてきた。
ヒトラーは「生存圏の確保とユダヤ人撲滅は念願だ」とゲッベルスに話し、「民主国家では宣伝次第でバカでも権力を持てる」との考えでゲッベルスを重用していく。ゲッベルスは「世界征服を目指すユダヤ人に率いられた欧米諸国とソ連がドイツを破滅させようとしている」と嘘の世界を作り上げ世論を操作していく、そしていい気になったゲッベルスは不倫に走る。しかし不倫で宣伝相を失いたくないヒトラーはゲッベルスとその妻を恫喝し不倫を精算させる。ヒトラーの隣の席を守りたいゲッベルスはその後ヒトラーの念願を叶える為に奔走する。
結果、ナチスドイツは当時欧州に1100万人いたユダヤ人の内600万人を虐殺した。
戦況が断然不利となりヒトラーは自決し、翌日ゲッベルスも妻と6人の子供たちを道連れにし死んだ。ゲッベルスは歴史に名を残し伝説になりかったのだろうが、戦争史上最悪のその罪は永遠に消えることはない。
この映画を作ることを熱望し完成させたヨアヒム・A・ラング監督は「この映画は歴史を扱った映画だが、現代に対する警告でもある」と言っている。我々は今、まさに操作された情報、偽情報に常に晒されている。そして世界にはどう考えても間違っている悪の為政者が多く存在する。
それでも諦めてはいけない。未来はある。と思いたい。
カリズマとカルト
いずれも熱狂的。を示す言葉である。
カリズマに惹きつけられ、熱狂的になり狂信者へと
変わり果てたドイツ国民の悲劇を映画化し
教訓とする今だからこそ必要な映画であった◎
キリスト教と一体化した国家が
キリスト教が敵視したユダヤを
徹底的に追い詰めようと
行き過ぎた政策をとったのは
対岸の火事と笑える出来事
ではなく
我が国も古代からの神統元帥と
天皇陛下を祭り上げ戦禍へと飛び込んだ歴史が
あるのだから。
こう言う映画は我が国でも制作されて良いのかもしれない
と、こう書き残しつつふと疑問を持ったが、
なぜここにイタリアが加わったのか??
まぁ、この疑問はじっくり考察するとして
ここ最近の映画鑑賞から一言残す🎬
戦争はいつだって政権とメディアのプロパガンダ
により産み出されるアクション
エンターテイメントである
国民はこれにハマって
カルトに手を貸してはならぬ!だ
優秀な演出家。
第三帝国、ナチス、ビルケナウ系映画は戦争と人間の思考に興味があるんで割と見てる。
ゲッペルスはヒトラーに次いで興味深い人物である。ここ数十年当時掘り込み良作映画が続いて、まるでシリーズ化?と思っていたが、この手の映画は制作費集めやすいという話を聞いた。
さて、話の方は会話などかなり残っていた資料に忠実に再現したそうです。当時の未公開フィルム(たぶんエグ過ぎる内容により未公開)もふんだんに使われています。そこら辺は覚悟して見に行って下さい。
ゲッべルスのご家庭の事、家族とヒトラーとの関係、会議の席順、演出家としての才能、恋人の事、、など知らない事山盛り。
第三帝国最後の最後までヒトラーに信頼された男。
もう後戻り出来ない状況で、やっちまった事の大きさに自分を肯定し総統を支え歴史に名を残すという選択肢しかなかったんだろうなぁ。
他作に比べ総統の描き方が最後まで理性的な人物に描かれていた点が少し違和感あったが、実際見てないので、いつも地下室で部下を「アンポンタン!」と怒鳴り散らしていたわけでもないかもしれない。
70点ぐらい。プロパガンダ担当
派手さはない
ユダヤ人のジュースってナニ?
冒頭で示される新たなったことは何なのか?
よく分からなかった。
映画としてはあまり面白くない。
テーマがテーマだけにおちょくってエンタメにするわけにもいかないけれど、ナポレオンのワールローの戦いにゲッベルスがいたら勝ってたととかはふざけてる💢
馴染みのない俳優さんたち。
ヒトラー役の俳優さんはフリッツ·カール。
進撃の巨人のキャラと混同しそう。
実は戦時中も郊外の別荘で優雅な暮しをしていたヒトラーとその取り巻き達。
NHKの番組、バタフライエフェクトのほうがためになるかも。
ヒトラーが最後に心中した相手は23歳年下のエバという女優。
こいつらろくなもんじゃない。
ヒトラー亡きあと宰相を押し付けられたゲッベルスは翌日一家心中した。
まぁ、そりゃそうだろう。
ヒトラーとゲッベルスはホントに馬が合う映画好きだったのか?
15年間に及ぶ国民社会主義ドイツ労働者党の腐れ縁。
ヨーゼフっていう名前をきくと、ヨーゼフ·メンゲレのほうが映画のオカズとしては南米への逃亡も含めて面白い気がした。
永久不滅の断罪
ゲッベルスにも岐路はあった
私たちには忘れることができない映像がある。それは、95年、NHKスペシャルで放映された「映像の世紀(4)〜ヒトラーの野望」であり、ドイツ国民が、いかにヒトラーの演説に熱狂したのか、当時の映像を用いて隈なく描かれていた。この映画の副題-ヒトラーをプロデュースした男-を見た時、ヒトラーの演説の背後にゲッベルスがいたのかと思ったが、ある程度、その設定、演出に関与したのかもしれないが、やはりヒトラーはヒトラーだった。それどころか、ゲッベルスは、ある時まで、むしろ平和主義者と言っても良く、イギリスのチェンバレン首相の宥和主義に与していたことを、この映画は教えてくれた。
第二次世界大戦の契機は、私たちもよく知っている。チェンバレン首相が、チェコスロバキアのズデーデン地方のドイツへの割譲を決めたのは、38年9月のミュンヘン会談。ヒトラーの真意は、武力侵攻だった。この時、ゲッベルスにはチェコの有名女優と付き合いがあったことが出てきた。それどころか、ゲッベルスは、マウダ夫人との離婚、あまつさえ同盟国である日本大使への転出を望んでいたのだと言う。しかし、ヒトラーは、夫人の訴えを聞き、ゲッベルスの願いを許すことはなかった。ヒトラーは、ゲッベルスの能力は評価しており、かつゲッべルスと夫人が5人の子供たちと築いた家族は、ナチ体制の理想であったからだろう。
翌年3月、ドイツ軍はチェコスロバキアのボヘミアへの進駐を開始、同年9月にはポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が始まる。その間、ゲッベルスがどのような境遇に置かれたか、容易に想像がつく。同僚たちからの揶揄、攻撃もあったことが、この映画に出てきた。彼には、ヒトラーに忠誠を誓うしか生き延びる術はなかったのだと思う。むしろ戦況が悪化すると、彼はヒトラーの代わりに演説を務めるようになっていった。そのハイライトが後半にでてくる43年2月、ベルリンで行われた総力戦布告演説。結局、ヒトラーと運命を共にしたのは、ゲッベルスと夫人を含む彼の家族しかなかった。
誰にでも、岐路はあるのだと思う、私たちも同じことだ。それを改めて、教えてくれる映画だった。ゲッベルスは日本に逃げてもダメで、米国に亡命するしかなかったのだろうが。
そうならざるを得なかった
ナチスの内側から描く、冒頭のこの映画製作の意図には成る程と感心させられた
戦闘、過激派の割にはあれれ総統言動ソフトであった ゲッベルスの嫌味な表情には不快感しかない しかし作中大量虐殺の動機がちょっと弱いように、不倫、家庭の事情メインかいな?と思った ナチスも終戦辺りは実情かなりズタボロだった様子
当時の映像、演説結構残っているのですね
現代も起こりうる危険性というよりはカルトの洗脳とか潰れかけブラック企業の怪しい広報活動みたいでした
正直言って
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