「ジェームズ・ガンズ スーパーマンを堪能、だな」スーパーマン ONIさんの映画レビュー(感想・評価)
ジェームズ・ガンズ スーパーマンを堪能、だな
まさにジェームズガンズ・スーパーマンだった。ひとことでいうとおしゃれ。無駄口とポップミュージックとともに軽やかにアクションがあり(まさにミュージカルやアニメのように)、勝手に生きているキャラクターが事件解決の一点のために協力し、ミッションを完成させる。ジャスティスギャングという連中と犬がまさにそれ。で、随分昔からまるでルパン三世の演出のようなことをしている人が、スーパーマンという超王道ヒーローを描くとどうなるか、というとこうなる。そして、77年の『スターウォーズ』と共に78年の『スーパーマン』が今のクリエイターに与えた興奮と影響というのがよくわかる。改めてジョン・ウイリアムズは偉大だ。
とはいえ、この作品は宇宙の荒くれ者やヒーローではなく、アメリカのヒーローなので、いつもと違って主役のスタンスが大きく違う。スーパーマンというのは「正義」の使命を帯びた人だから。なぜ彼はアメリカのヒーローなのか? そもそもヒーローって? 守らなくてはならないって? そしてアメリカって? という命題の中で「父と母のメッセージの後半部分」において、「地球を、アメリカを守る」使命に従ってた自分が、敵の技術で本来は「侵略する」という使命があったのだと暴露され叩かれ、失墜するというSNS時代のフェイクニュースにより追放されるヒーローとして設定される。ということで、おしゃれであると共にめちゃくちゃ現代性を兼ね備えていて、これを仕掛けるレックスルーサーの憎さといったら尋常ではない。ヒーローを貶めたり地球を崩壊させる危機に巻き込む執念からしたらラストにおとなしく逮捕されるのが腑に落ちないほどだが、まさに世界各地で起こってる悪政、ナショナリズム、やたら金を持って政府に迫るカルト政党の立候補者みたいなのがミックスされてるので余計頭にくる敵役となっており、よりスーパーマンを応援したくなるという。。
超人VS超人というより、予告編でことさら使われてた子供を守る、橋の上でひとりの女性を守る、とかいう誰かの命を体を張って守るというシーンがとっても魅力的で、世界各地で「S」マークを掲げて子供がそれ(正義)がやってくるのを待ている(来るのは別の男だったけど……)というのは目頭が熱くなる。今、アメリカのヒーローってをちゃんと定義した映画でもあった。
スーパーガールの出し方も好き