「月夜みたいな恋をした」平場の月 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
月夜みたいな恋をした
今年初旬の『ファーストキス 1ST KISS』と同じく。恋愛物はほとんど劇場で観ないが、キャスト(堺雅人&井川遥)×監督(『花束みたいな恋をした』土井裕泰)×脚本(『ある男』向井康介)に惹かれた。
また、大人の恋愛映画という点にも。邦画の恋愛物は少女漫画や泣ける小説の若者向けばかり。中には良作や創意工夫もあるが、似たり寄ったり。
そんなキャピキャピキュンキュンじゃない、しっとりした大人の恋愛模様に浸りたい…。
陽光のようなキラキラは無いが、月夜のようなしみじみと穏やかさと美しさ。
ドラマチックな展開も無いが、しっかり地に足付いた物語。
設定もあるあるだが、誰の身にも起こり得るし、置き換えられる。
離婚後地元に戻り、認知症で施設預けの母を見舞いながら印刷工場で働く青砥。
夫と死別後やはり地元に戻り、病院の売店でパートしながら暮らす須藤。
中学時代、青砥にとって須藤は初恋の相手だった。共に訳ありの独り身、50歳。そんな2人が再会し…。
今作で堺雅人は工場の不正を暴いたり、潰れかけの工場の為に奮闘したりしない。悪徳圧力から須藤を守ろうと闘ったりもしない。熱血イメージの堺雅人を期待すると物足りないかもしれない。
だからこそ、堺雅人の巧さが光る。外に出ればそんじょそこらに居るごくごくありふれた何の取り柄も無い平凡過ぎる中年男を、人柄の良さも含めてナチュラルに演じている。半沢や乃木は当然役のイメージ、バラエティーなんかで見る素の雰囲気に非常に近く、人懐っこい親近感も沸いてくる。
井川遥は2005年の『樹の海』から女優として飛躍したと感じた。同作では駅の売店でパートしていたが、本作では病院の売店で。そんは日常に溶け込む役柄が実はどんなに難しいか。それを井川遥もまたナチュラルに演じている。
徐々に分かってくるが、苦労の多い人生。化粧っ気も無く、何処となく疲れた雰囲気を滲ませる。それでいて、美しさやほんのり大人の女性の色気は隠せない。特筆すべきは性格の“太さ”。ぶっきらぼうながらもハンサムウーマンなカッコ良さすらある。
2人の織り成すやり取り、会話の抑圧や間、息遣いまで、それらがひしひしと伝わってくる。
再会して間もない時の絶妙な距離感。近況を伝え合う“互助会”と題した月一間隔の居酒屋飲み食いきっかけで次第に距離を縮める。自然と惹かれ合うようになって、大人同士なら…。ぎこちないキスにドキドキ。
中学時代と同じくお互いを「青砥」「須藤」と名字で呼ぶ。青砥は須藤を「お前」とも呼ぶ。女性は男性にお前呼ばわりされるのを嫌うと聞いたが、須藤も最初は嫌がっていたが、青砥のそれは気心知れた親しみ込めて。
それくらい、意気投合した。お互いにとっても“ちょうどいい”。
中年独り身。気が合えばこの先一緒にどうだ?…と思うのは自然で、青砥はその思いを強くする。
が、須藤は…。今更男に頼りたくない須藤の性格もあるだろうが、展開で何となく察した。
予定調和でもあるが、それがまた染み入る。
良作。始まって数分で確信した。見終わって心満たされた。
星野源によるED主題歌がその余韻を一際格別のものにしてくれる。
『花束みたいな恋をした』ではカルチャー含めた若者ラブストーリーを共感たっぷりに描いた土井監督。テイストが違う情感溢れる大人の恋愛を魅せてくれる。ヒューマン・ミステリー『罪の声』なども手掛ける巧い人なのだ。
ユーモアや中年のリアル滲む会話、丁寧なストーリー展開。向井康介の脚本も巧い。
THE旧友な大森南朋や宇野祥平、職場にそのまま居そうなでんでんや椿鬼奴、フレンドリーだがちとウザい安藤玉恵、姉思いな中村ゆり、クールビューティーな元嫁・吉瀬美智子…。実力派キャストが脇を固めるが、ほとんど2人芝居。
2人の恋路を盛り上げたのが、中学時代の2人を演じた坂元愛登と一色香澄。青砥少年の普通っぽさもさることながら、須藤少女の昔から変わらぬ“太さ”。告白されての「嫌です」には直球過ぎてぐうの音も出ない…。
初々しい頬合わせにドキドキ。このシーンがあったからこそ、大人になっての頬合わせに再びドキドキする。
似た境遇に思えるが、その実は違う。
青砥は言うなればごく平凡な人生だが、須藤は苦難の連続。
中学時代、家族を捨て男に走った母が戻ってきて、父は激怒。最悪な家族の関係を目の当たりにし、軽蔑。
30で子持ちの男性と結婚。時々相手はDVを振るってもそれでも好きで別れなかったが、死別。
若い年下青年に夢中になる。気付けば大金の浪費。夫と住んでいた家を売り払って帳消し。後腐れなく別れる。この年下相手の成田凌の人懐っこさも憎めない。
その後地元に戻り、青砥と出会い…。人生折り返しになってささやかな幸せを見つけたかに思えたが…。
大腸がんが発覚。手術で人工肛門に…。
もし自分やあなたがこんな人生を送ったら嘆くかもしれない。
若者だったらこれからの明るい未来に輝くが、中年ともなるとそうはいかない。
折り返し。これから先に思い悩む。
その道中に、重い病や死すら浮かぶ。
凛としていた須藤もさすがに術後は覇気が無くなり、抗がん剤で体調思わしくなく、やつれる。人工肛門で周囲を気にするようになる。
何事もネガティブに。
一人だったら、そのまま塞ぎ込んでいたかもしれない。
傍にいてくれたから。
どんなに支えられたか。
どんなに勇気付けられたか。
どんなに好きだったか。
性格柄顔には出さない須藤だが、内心は叫びたいくらいだったろう。
周りも自分自身も軽蔑してきた。こんな私でもまた人を好きになっていいんだ。
旅行の約束もする。待ち遠しい。
しかしある日突然、須藤は別れを告げる。
一時は幸せを夢見たが、人に甘えて優しくして貰ってばかりで、そんな自分をやはり軽蔑する。…と、須藤は言う。
納得出来ない青砥だが、その日から一年後の旅行だけは約束し、2人は暫く距離を置く。
突然別れを告げた須藤、一年という期間…。もう何があったか察した。
分かってから開幕すぐのカレンダーの丸印を思い出すと、切なく胸が痛くなってくる…。
青砥をそれを知ったのは約束日の直前。突然の事だった。
あまりにも突然過ぎて泣く事も忘れたかのように、ただただ呆然…。
職場の後輩の出世祝い。奇しくも2人でよく訪れた居酒屋。
祝いの席を離れ、カウンターのいつもの席に座った時、改めて気付く。いつも隣に座っていたお前が居ない。
そこに、あの時流れた曲が流れる。
胸か喉元で塞き止めていた思いが一気に溢れ出る。止めどなく。
青砥が涙を流したのはこのシーンだけ。堺雅人の泣きの名演にまた目頭が熱くなってくる。
初めて訪れた時からよくしてくれて、思い出せなかった曲名(薬師丸ひろ子『メイン・テーマ』)も教えてくれて、大腸がん発覚しても酒を飲もうとする須藤を案じてくれて…。厨房隅の席に座ったままだが、店内を見るのは怠らず的確に指示。
青砥が嗚咽した時も事情を察し、何も言わず音楽のボリュームを上げる…。
店主役の塩見三省氏は本作の陰のMVP。ご自身も死を覚悟するほどの大病を患ったからこそ、病を抱えた須藤への眼差しが暖かい。
この居酒屋“酔いしょ”に行きたい…。
須藤は青砥の初恋相手だったが、須藤にとっても青砥は実は初恋の相手だった。
あの頃から憧れの君。
そんな君と、穏やかで心を満たす、月夜みたいな恋をした。
だけど俺は、これから先、お前と2人乗りして生きて行きたかったよ。
今晩は。
流石のレビューですね。正に”これがレビューだ!”と言うべき、プロレビュアーも真っ青の貫禄のレビューだと思います。
私も、そのうちにこのようなレビュースタイルに変えたいなあ。返信は大丈夫ですよ。では。
共感ありがとうございます!
近大さんのレビューを読んでいたらまた泣けてきました。若くないので、恋愛物を観るか観ないかの判断はよりシビアになってきましたが、この作品は直感で観るべきと判断したのが正解でした。
堺雅人も半沢直樹のイメージが強すぎて恋愛物が上手く演技できるか半信半疑でしたが、そのギャップを埋めてもお釣りがくるくらいの熱演で安心出来ました。
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