劇場公開日 2025年3月7日

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「娯楽枠」フライト・リスク R41さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 娯楽枠

2025年12月31日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

フライト・リスク──密室劇の緊張と、閉ざされた想像力

セスナ機という極限の密室で、時間と死が迫る。『フライト・リスク』(2025)は、メル・ギブソン監督が仕掛けたパニック・スリラーである。
この作品は、いくつかの型を巧みに組み合わせている。密室劇、パニック、そして「オフスクリーン・ナラティブ」──視覚を制限し、音声で世界を広げることで観客の想像力を最大化する手法だ。
電話や無線を通じて、見えない外界の脅威が忍び寄る構造は、『ウォー・オブ・ザ・ワールド』(2014)を想起させる。

主人公は保安官補マドリン。
しかし、敵役ダリルにマーク・ウォールバーグを起用したことで、視点は自然と彼に集まる。
これは『羊たちの沈黙』の型に近い。クラリスの背後にレクター博士がいたように、この作品も「異常者の存在感」で緊張を支える。
しかし惜しいのは、ダリルの過去が語られないことだ。彼はなぜモレッティに忠誠を誓うのか?なぜ殺すことに執着するのか?その心理の深淵は閉ざされたままだ。

物語は娯楽として完成している。
スリルは十分、プロットも破綻しない。アラスカという舞台設定が、FBIではなく保安官を捜査の中心に据える必然性を生んでいる点も面白い。司法取引をしたウィンストンの人物像もよく描かれている。

だが、この映画には「考える余白」がない。
観客に問いを投げる構造が欠けているのだ。
過去に私は『不都合な記憶』を評して「この作品そのものがAIによるテストだったのでは?」と想像した。そうしたメタ的な解釈の余地、本作には存在しない。

密室劇の緊張はある。
しかし、その密室は観客の思考まで閉ざしてしまった。
映画的技巧は確かにある。だが、思想的な射程は短い。娯楽としては優秀だが、哲学的深みを求める者には物足りないだろう。

『羊たちの沈黙』が、クラリスの等身大を「実際の事件」で着地させつつ、その背後にレクターという巨大な存在を横たえたように──この作品にも、それが欲しかった。

R41
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